ロックマンXセイヴァーⅡ 第弐章~脅威~

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 ロックマン・セイヴァーは、片手に繋がれた様々なコード類を見詰め、ゴクリと喉を鳴らした。  傍らでは、懸命にPC画面と睨めっこしつつ、ウィド・ラグナークがキーボードを叩いていた。 目的はそう、突如として変化を遂げたセイアのバスターのデータを解析することだ。  クリアレッドと変わったセイアのバスター。 その出力は元の姿の比ではなかった。先程の試し撃ちでは、的どころか、そこら一帯を完全に吹き飛ばす程の威力を見せている。 フルチャージですらない射撃で、だ。 まだフルチャージ・ショットの試し撃ちはしていない。が、もしフルチャージで放つことになったら、 果たしてこの正体不明のバスターはどれ程の威力を暴走させるのか。 考えただけでもゾッとした。  そもそもバスターの変化は、あのストーム・フクロウルの残骸から出現した謎のメカニロイドとの接触にあると考えたウィドは、 セイアにバスターの解析を勧めた。セイアもそれに賛同した、というわけだ。  PC画面に流れていく文字列に、セイアは眉をしかめる。 殆ど申し訳程度の知識しかないセイアには全く読み取れない専門用語だらけの文字列。 ウィドはそれを見て何やら唸っているようだった。セイアは、そんな彼の様子を見て、なんだか不安にかられる。 「ウィド」  話しかけても、余程集中しているのか、ウィドは振り返らない。 もう一度呼びかけてみたが、結果は同じだった。  セイアは、仕方無しにもう一度PC画面を覗き込んだ。 流れていく文字列はその流れを止めていた。代わりに、真っ赤な文字でアラートが表示されていた。 かなりの重要ファイルなのか、それとも単に操作ミスなのか。 セイアが何かを尋ねようと声をかけたときには、ウィドは既にそれを突破し、その先のファイルを開いている途中だった。 流石だなと舌を巻きつつ、セイアは彼の背中を見る。 セイアは、ふと誰かの背中を見た気がした。 ウィドと同じ、髪の色こそ違えど長い髪をした、孤高の剣士。 セイア自身は一度しか逢ったことがないが、その力強さと優しさは確かに伝わった、誰か――  セイアがその者の名を口に出しそうになったとき、それを遮るようにウィドが呟いた。 「『H・L』」 「エイチ・エル?」  セイアが鸚鵡返しすると、ウィドはようやくセイアの方へと振り返った。 セイアの右手に繋がれたコード類を取り外しつつ、ウィドは少し皮肉混じりの笑みで答えた。 「『ハイパー・リミテッド』の略さ」 「ハイパー・リミテッド?なに、それ?」  完全にコード類を取り払われ、自由になった腕を軽く振るセイア。 ウィドに「もうアーマーを解除していいぞ」といわれ、セイアはアーマー解除シグナルを出し、徳川健次郎へと還った。  解除されたアーマーはすぐに部屋の隅っこにあるカプセルへと転送される。 第三者視点から見たクリアレッドの両腕を見て、健次郎は複雑な気分に陥った。 健次郎の右腕――あの謎のメカニロイドを受け止めた方の腕だ――にも、大きな痣が出来ている。 医療ユニットによって治療されても尚残ったこの痣は、今でも時々ズキズキと痛む。 「『リミテッド』。セイアは聞いたことないのか?」  そっとコールドスプレーで冷やした健次郎の痣に当てながら、ウィドは尋ねた。 ヒンヤリと冷たい布の心地よさを感じながら、健次郎はふるふると首を横に振った。 「ううん、聞いたことないや」 「そうか」  ウィドは溜め息交じりにそういうと、手近な椅子にゆっくりと腰掛けた。  ズキッ。また痛み出した痣に顔を顰めつつ、健次郎は口を開いたウィドの言葉に、静かに耳を傾けた。  リミテッド。それは悪魔の技術だ。初めにウィドがいったのは、その一言だった。  かつてのDr.ドップラーの反乱時、彼が開発した悪魔の技術。それがリミテッド。 それはレプリロイドを強化・再生・進化させる特殊メカニロイドで、 ドップラーはそれを利用し、今までエックス達によって破壊されたイレギュラーを復活。 『リミート・レプリロイド』と呼ばれる特殊兵器と化し、彼等を襲撃したという。  リミート・レプリロイトと化したイレギュラーの戦闘力は、再生前を圧倒的に凌ぎ、エックス達を危機に陥れた。 エックス達は過去の経験と特殊武器、そして協力を以てリミート・レプリロイド達を撃破。 首謀者であるDr.ドップラーを撃破した。  過去三度、リミテッド絡みの事件は勃発しているとデータは残っていた。 そしてハイパー・リミテッドとは、第三次リミテッド事件内で出現した強化型のリミテッド。 今回確認されたリミテッドは、ハイパー・リミテッドに近いデータ構造をしていたらしい。 「つまり何らかの原因でリミテッドは復活し、再び姿を現わした、というわけだ」 「ハイパー・リミテッド。リミート・レプリロイド。強化・再生・進化・・」  告げられたばかりの事実を、健次郎はぼそぼそと反芻する。  兄から今までの闘いについては全て聞かされたつもりでいた。 Dr.ドップラーについても、名前だけは知っていた。しかし、リミテッドという単語は、今まで聞いたこともなかった。 全てを聞く前に兄は帰らぬ人となったのか、それとも兄は意図的に話すの拒んでいたのか。 今となっては確認する術はないが、それが今になって表面化してきたのは、一体どういうわけなのか。 「リミテッドの出所はまだ判らない。だからいつリミート・レプリロイドが出現するかも判らない。  はっきり言って、今のハンター内でリミート・レプリロイドと闘えるのはセイア、お前だけだ」 「・・・うん、判ってる。僕が闘わなきゃいけないんだよね」 「あぁ。すまない、戦闘面では殆ど力になってやれない。オレは・・」 「いいんだ、ウィド。兄さん達はもういない。僕が兄さん達に代わって、闘う。それでいいと思ってるから」 「セイア・・」  グッと拳を握ってみせて笑う健次郎の姿に、ウィドは少し寂しそうな笑みを見せた。 本人は俄然やる気と出してみせた拳だろうが、その腕に深々と根づいた痣が痛々しい。 時々激痛に見回れて顔を顰める健次郎が、ウィドにはどうしようもなく辛かった。 「アーマーの調節と調査の続きはオレがやっておく。セイアは部屋に戻ってゆっくり休んでくれ」 「僕も手伝うよ、こんな凄い量のデータ、一人で片付けるの大変でしょ?」 「いや、オレ一人でやる。セイアはまだ前の闘いのダメージが残っているんだ。  いざという時闘えないんじゃ仕方ないだろ?」 「あ、そっか」  腕が痛んだらもう一度来いと言付け、ウィドは健次郎の背中を見送った。  軽く腕を抑えて出ていく健次郎の姿は、やはり痛々しくて―― ウィドは少しの無力感を感じた。何故、あの時もっと早く気付いてやれなかったのか。  振り返って健次郎のアーマーを見る。変化した両腕のクリアレッドの装甲は、 未だにキラキラと輝かしく煌めいていた。 それは端から見れば酷く美しく、素晴らしいものに見えるだろう。 しかしウィドから見れば、酷く醜く、惨いものに見えた。 「ちっ」  クリアバスター。健次郎には告げなかった、変化したバスターの名称。 かつてエックスが健次郎と同じようにリミテッドに侵された際に生み出した両刃の刃。 出力を大幅に上げる代わりに、自身の身体を、精神力を削る。 リミテッドはどんどんと精神を侵していき、破壊衝動を煽る。 そして最終的にそれが頂点に達したとき、エックスは―― 「『イクス』・・」  ウィドはモニタ内に映る深緑のアーマーのレプリロイドを、憎々しげに見、その名を呟く。  『イクス』。それは、リミテッドに精神を侵されたエックスが、 その呪縛を体内から追い出した際に生み出した、彼のコピーであり、戦闘型リミテッドが具現化した姿。 エックスを上回る戦闘能力を持ち、彼を惑わした悪夢。 最終的には悪夢に打ち勝ったエックスによって撃破されたが、果たして健次郎・・セイアは――  セイアは打ち勝てるだろうか、リミテッドの呪縛に。 そして、或いは生まれてしまうかもしれない、イクスと同じ彼の影に。 「セイア、負けないでくれよ」  自分自身に―― 「お願いだから・・」  心の中で、セイアの映る鏡が砕けたように気がした。  自分に光を、差し込めてくれた唯一の鏡が。 粉々に砕け散った鏡の先にあったのは、永遠の暗闇だった。  グチャグチャとジェル状の液体に包まれた、気味の悪いメカニロイド。 それは撃ち抜かれ、倒れたレプリロイドの傷口から、粘着質な音を立てながら這い出してくる。  ジュルジュルと全身をくねらせ、動く姿はさながら吐き気すら催す。 レプリロイドを撃ち抜いた紅の鎧の少年目掛けて、それは思い切り飛び込んだ。  少年がそれを躱す暇もなく、それは抵抗する少年をいとも簡単に取り抑え、倒れ伏した。 程なくして起き上がった少年の鎧は、変化していた。 初めはバスターだった。クリアレッドの装甲に弓のような外装がついた両の腕。 そして次はボディだった。グチャリグチャリとまるで生物の鼓動のように、ゆっくりと全身の外装が変化していく。 その全容がクリアレッドの装甲と化し、最後に少年の表情が変わる。 血に塗れたような真紅の瞳に、もはや別人かと思われる程に凍りついた表情。  彼はゆっくりゆっくりとこっちへ近付き、変化したバスターを向ける。 破壊的なエネルギーと、何も感情を宿さない表情が、こちらへ向く。 そして、彼が凍りついた顔のまま薄く笑った瞬間、彼は口からドッと血を吐き、倒れた。  煙が上がっていた。少年の左胸にポッカリと穴が開いていた。 崩れ落ちる少年の影から、それは姿を現わした。  彼にそっくりな姿をした、同年代の少年だった。 深緑の髪に、真紅の瞳。倒れた少年よりも更に攻撃的なデザインをした鎧も、やはりダークグリーン。 顔に稲妻のような刺青がある少年。その右手は、バスターとなっていて、煙が上がっていた。 今まさに発射したばかりだということを示す、狼煙が――  彼は倒れた少年の身体を踏みつける。 声は聞こえない。それでも、狂気的な笑みを浮かべ、大声で笑っているのが判る程、大きく口を開いて。 ぶしゅぶしゅと倒れた少年の身体から真っ赤な液体が噴水のように上がる。 少年はそれを全身で受け止めて、また笑った。  倒れている少年は、真っ赤な液体で汚れたセイアだった。 「――っ!!?」  不意に意識を覚醒させたウィドは、びっしょりと汗をかいた身体で、必死に呼吸を整えた。  全身が熱い。そして、寒い。こんなに汗をかいているのだから、無理もないだろう。  一向に呼吸が整わなかった。全身が小刻みに震える。酷く頭が痛い。 自分を確かめるように抱き締める。その感覚すら、怪しげにぼけやているような気がした。  ――夢だった。  謎のメカニロイド――ハイパー・リミテッド――がセイアに取り憑き、 彼を少しずつ変貌させていく。  最初はバスター。次に装甲。そして最後は彼自身をも脅かしていく。 冷たい表情の彼。真紅の瞳をした彼が、凍りつくような笑みを浮かべる。  その矛先がウィドに向こうとしたとき、セイアは撃ち抜かれ、倒れた。 撃ち抜いたのは――撃ち抜いたのは? 「・・・嘘だ」  撃ち抜いたのは、彼自身だった。  セイア自身が生み出した、リミテッドの化身。 ダークグリーンのアーマーを着た、セイア。雷の刺青をした、セイア。  彼は彼自身が撃ち抜いたセイアを、楽しそうに弄び続ける。 蜂の巣にし、斬り刻み、蹴りを入れ、その全身を朱と染めながら。  そして、そして――?  そしてどうなった――?  彼は――セイアは、セイアは死んだ。  自らの化身に玩具にされ、粉々になり、ただの鉄くずとなって。  ウィドを置いて。また彼を、独りぼっちにして。 「セイア・・」  いつの間にか消えていた照明。ウィドは、真っ暗やみに向かって手を伸した。  それを掴んでくれる者は誰もいない。 不意にそんな錯覚がウィドを襲った。  今部屋を出ても、誰もいない。 驚いてセイアの部屋にいっても、彼はいない。今まですぐ傍で頬笑んでいた彼は、いない。 街に出ても、学校へ行っても、人も、レプリロイドも、誰もいない。 何も無いカラッポの世界に、ウィドはたった一人。 街も、木も、海も、山も、全てが硝子細工となって消えていく。 そして最後に残った暗闇の世界で、たった独り。  そんなウィドに声をかけたのは、冷たい笑みを浮かべた、セイアにそっくりなダークグリーンの少年。 彼はセイアと同じ顔、同じ声でこう云う。 『さようなら』  そう云って、真っ赤に染まった銃口をウィドに向ける。 そして、そして―― 「あ、あ、ぁっ・・うぁぁぁあぁぁああぁっあっぁぁっ!!」  耐えきれず絶叫したウィドの声は、誰もいない研究室に静かに木霊した。  PC画面には、依然として『イクス』のデータが表示されたままだった。  コードネーム『IX』。リミテッドがロックマン・エックスに付着した際に生まれた彼の幻影。 その戦闘力もさながらエックスを惑わし、一時は彼を鬼へと変える。 だが、ゼロの助けもあり、復活したエックスにより撃破。後にマザーリミテッドの一部となるが、 マザーリミテッドも直後、エックスとゼロにより撃破される。  その後第三次リミテッド事件時に復活。その際のコードネームは『Return・IX』。 更に強化された戦闘力でエックス達を苦しめるも、その後出現したシグマ・リミテッドとの戦闘時、 エックスに協力。シグマ・リミテッドを撃破した。  そして、その後は――その後のデータは入力されていなかった。  健次郎は一通り見終えたデータファイルを閉じ、はぅっと息をついた。  閉じられたデータファイル名は『特殊武器』『ラーニングスキル』。 兄達が今までの闘いの中で得た特殊武器とラーニング技について纏めてあるデータだ。  特殊武器・ラーニング技にはそれぞれどの大戦で入手したか、 またどのレプリロイドから入手したか、そしてどのレプリロイドとの闘いで効果を発揮したかが明記されている。  特殊武器とラーニング技は、その数八十。 改めて確認すると、健次郎自身も使ったことがない武器やスキルが出てきて、圧巻だった。  兄達はこの八十もの力を、永い永い闘いの中で手に入れ、強敵に打ち勝ってきた。 そして今健次郎自身も、きたるべきリミート・レプリロイド達を相手にするには、 この八十の力が必要なのだ。  八十の特殊武器とラーニング技。出来る限りの特性を覚え、使いこなし、 それに対応するリミート・レプリロイドが出現した際、効率よく使用出来るようにしなくてはならない。  そして或いは闘いの最中でエックス・ラーニングシステムをフル活用し、再ラーニング。 新たな必殺技として放つ必要がある。  現在健次郎がロックマン・セイヴァーの姿で放つことが出来る新必殺技は、四つ。 電刃Ⅹ。フルムーンⅩ。Ⅹ滅閃光。そしてフクロウルとの闘いで再ラーニングしたⅩ落鳳破。 これらの健次郎オリジナル技は、威力は申し分ないが、いかんせんエネルギー使用量が大きいという弱点を持つ。 ブラックボックスのゼロ・ラーニングシステムを無理矢理にコピー。 更に扱いやすくエックス・ラーニングシステムとして健次郎に搭載したのが祟っているのだ。 しかし、それに見合った威力はある。あとは、健次郎自身がどこまで有効に使用出来るか、だ。 「・・・頑張らなくちゃ」  健次郎は、再び開いた一覧表を睨み付けたまま、呟く。  エックスとゼロがいない今。闘えるのは自分しかいない。 相手が例え、悪魔の技術と云われるリミテッドでも、怯まず闘わなければならないのだ。 一年前のワイリーとの決着の時、健次郎は誓ったのだから。 エックスに代わり、イレギュラー達を倒す、と。そして、過去からの因縁を全て引き受けると。 「兄さん、ボク頑張るよ」  健次郎は、PCのデスクトップ壁紙にしている兄達の姿に向け、静かに笑った。  楽しそうにじゃれあっているエックスとゼロの写真だった。 エイリアに頼み込んで捜してもらったところ、たった一枚だけ出てきた、少し古い写真。 丁度、イレイズ事件が終わった頃の写真だとか。撮影者はレプリフォースのアイリスだと云っていた。  無論そこに健次郎の姿はないし、この時は健次郎が生まれる等ということは、二人も夢にも思っていなかっただろう。 楽しそうな笑みを浮かべた二人の姿は、なんだか酷く寂しかった。 自分には決して向くことのなかったエックスの笑みと、見たこともないゼロの笑み。 健次郎が生まれた頃には、ゼロは既に還らぬ人とされ、エックスもイレギュラー・ハンターとしての覚悟を決めていた。  健次郎はこの写真を見る度、思う。  自分もこんな笑みを浮かべた二人と、少しの間でも一緒に過ごしたかった、と。 *    *    *  科学者型レプリロイド――Dr.バーンは、何度目か判らない溜息をついた。 「ウィド、そこの計算間違ってるぞ」 「えっ、あっ・・!」  指摘され、少年は慌てて訂正を始める。 まだ十歳前後の小さな少年。その年齢に適わない、複雑極まりない計算が、彼の手元では繰り広げられていた。 その傍らには、レプリロイド工学の最先端技術の書籍が、 その更に上にはDNA構造について・・一口で云えばバイオテクノロジーついてにのデータファイルが乗っている。  ポリポリと頬を掻きながら最初から計算をし直すウィド。 Dr.バーンは、そんな彼の後姿に肩を竦めながらも、小さな笑みを浮かべた。 Dr.バーンにとってウィド・ラグナークと名付けた少年は、実の息子の様な存在だった。 レプリロイドであるDr.バーンには一生知ることがないと思っていた親子の情。 それを知ることで、Dr.バーンは人間とはこれ程までに暖かい生物なのだと知った。 そして、愛情を知らなかったウィド自身も――  ことの始まりはつい半年かそこら前だった。  イレギュラー・ハンター・ゼロ。彼とDr.バーンは古い知り合いだった。 まだゼロが第十七精鋭部隊に配属されたばかりの頃からの。ふとしたきっかけで知り合ったのだが、 そのきっかけがなんだったのか、Dr.バーンは覚えていない。  半年前、第三次リミテッド事件が終結した。決着をつけたのはゼロと、その親友であるエックスだった。 その後イレイズ事件等もあったらしいが、二人は苦戦しつつも問題なく解決していた、そんな時期だった。  ゼロがとある極秘任務――第零特殊部隊はその名の通り特殊任務を熟す――で潜入した施設内で保護されたのが、 このウィド・ラグナークと名付けた少年だった。  彼は試験管ベイビー、簡単にいえばホムンクルスだった。 数あるホムンクルスの中で、唯一生き残った成功作。その目的は、権力者のそっくりさんを作ったり、 戦闘力に長けた者、頭脳に長けた者を創ることだったらしい。  野心に溢れたクズ野郎。それが、ゼロが放った首謀者への言葉だった。 そしてウィドはゼロに保護され、ハンター本部へは隠蔽したまま、Dr.バーンに彼を預けた。 ゼロはただの気紛れだと云っていたが、Dr.バーンには彼の気持ちが判る気がした。  ハンター本部にウィドを引き渡した場合、彼はどうなるか判らない。 組織の実態を探る為に解剖されるかもしれない。もしくはそのまま処分か。 どっちにしろ有利な方へは持っていかれまい。ウィドには何の罪もないのだ。 そんな犠牲者であるウィドを玩具にしたくはない。Dr.バーンには、ゼロがそう云っているように見えた。 「これ終わったら、ゼロを見に行っていいかな」 「全て正解出来れば、な」  Dr.バーンがそう答えると、ウィドは更に張り切って問題を解き始める。  カプセルの暗闇から救い出したのがゼロだった為か、ウィドはゼロが好きだった。 実際に逢うと殆ど会話はないが、それでも。  現在ゼロはDr.バーンの研究室のカプセルの中で眠っている。 修復プログラムにその全身を任せて。  数ヶ月前のコロニー落下事件の際のダメージの所為だ。 宿敵シグマとの闘いの際に受けたダメージは深刻で、世間では行方不明とされている。 実際はDr.バーンが極秘裏に回収、修復を行っている。が、数ヶ月という月日をかけながらも、 ゼロは一向に目を覚ます兆しを見せなかった。  来年。或いはもっとかかってしまうかもしれない。 それほどまでに、ゼロのボディを修復することは難しいのだ。 「ウィド、そこの計算また間違えてるぞ」 「あ、しまった・・!」 「ウィド、ウィドったら!」 「また間違え?・・まさか、そんな、俺はちゃんと確認し・・」 「ウィード!」  三度、自分の名を呼ばれ、ウィドはようやく顔を上げた。 視界に入ってきたのは、全くといった感じの健次郎の顔と、班のメンバーたちの面々だった。  電子ブラックボードに表示されているのは、何かの役割決め。 どうやら学活の時間に居眠りしてしまったらしい、「悪い」というと、健次郎は「もう、ちゃんと起きたの?」と、 額をつんっと人指し指でつついてきた。  適当に相槌を打ちながら、ウィドは机に頬杖をついた。 研究所の時と数えて二回。居眠りするなんて、自分らしくない失態だ。 ここのところ課題詰めだったからだろう。思えばろくに眠っていなかった。  懐かしい夢だった。まだ、Dr.バーンのところで勉強を教えられているときのこと。 あの頃は世間が色々と騒がしかったらしいが、別に気にすることなく、勉強に没頭することが出来た。 部屋へいけばカプセルに入ったゼロに逢えるし、Dr.バーン――父親は優しく、厳しかった。  あれから四年。 勉強の過程を修了したウィドは、自らの研究を始める為、Dr.バーンの元を離れた。 Dr.バーンも「可愛い子には旅をさせるべきだ」と快く承諾してくれた。 ゼロもどうやら復活したらしいが、復活したゼロとは逢っていない。 最後に父に逢ったのは、丁度ゼロが封印された直後のことだった。  あの頃とは違い、ろくに会話をすることもなく、別れた。 ただ一つの預かり物を受け取って。差出人はゼロから、そして受取人は――セイア。  本当は最初に出逢った際に渡そうと思っていたけれど、破損が酷く、すぐには渡せなかった。 今はもう修理を完了しているが、セイアの心理上、今はまだ兄のことを思い出したくはないだろう。 だから、まだウィドは預かり物を渡すつもりはなかった。 いつかセイアが本当にそれを乗り越え、落ち着いたときにでも渡そうと思っている。 この、いつでも懐に忍ばせている、金色の柄を――  ふと見ると、健次郎が少し表情を引きつらせているのが判った。 片手でもう片方の腕を抑えている。抑えているのは、あの痣が出来ている部分だ。  額には冷汗が浮かんでいる。顔色も、優れない。 「セイア」  耳元でそっと耳打ちする。健次郎は、辛そうな表情のまま、ウィドの方を見た。 「な、なに?」 「大丈夫か?なんなら、保健室に行こう」  健次郎は、少し微笑を浮かべつつ、小さく首を横に振った。  キョロキョロと何かを探るように辺りを見回しつつ、健次郎は云った。 「嫌な予感が、するんだ」 「嫌な予感?」 「うん。まるで、何かが近づいてくるような、そんな気が――」  リミテッドに引かれ合っているのか――ウィドは、健次郎が抑える腕を見て、ふと思った。  リミート・レプリロイドを支配しているのはハイパー・リミテッド。 そして、健次郎の腕とセイアのアーマーに寄生しているのも、同じくハイパー・リミテッドだ。 もしハイパー・リミテッドが既に健次郎の精神にまで寄生しているとしたら、 リミート・レプリロイドが近くにいる場合、その存在を感じるかもしれない。 だとしたら、危険だ。ここは学校、非戦闘員が多すぎる。こんなところで戦闘に突入したら、被害は免れられない。  ウィドが健次郎に「教室を出るぞ」と呼びかける直前、健次郎が不意に立ち上がり、叫んだ。 「みんな、伏せろっ!!!」  突然の呼びかけに、クラスの半分以上が反応しきることが出来なかった。 「間に合わない」と小さく叫んだ健次郎は、 アーマーを素早く転送すると共に、教室の側面にある窓硝子に向け、撃った。  リミテッドの影響か、バスターと同じクリアレッドの光弾が飛翔し、 逆方向から飛来した氷の塊を撃ち抜き、その場で蒸発させた。  教師を含んだクラス全員が硬直した。当然だ。突然に教室内でバスターが発砲されたのだから。 「ウィド、みんなを頼むっ!」  ロックマン・セイヴァーと化した健次郎は、その叫ぶと共に窓硝子を蹴破り、校庭へと跳んだ。  ここは一階ではないが、セイアの瞬発力・運動性・アーマー強度なら幾らでも耐えることが出来る高さだ。  セイアの行く先を追って窓硝子に殺到するクラスメイト達を必死で宥めながら、ウィドはセイアの後姿を確認した。 既に戦闘は始まっていた。エックス・サーベルで氷の塊を受け止めるセイアの前には、 彼の二、三倍はあるであろう巨体が動いていた。 「フロスト・キバトドス」  やはりリミート・レプリロイドと化しているのが一目で判るが、 それは確かにフロスト・キバトドスだった。 武装はその豪腕と、フロスト・タワーと呼ばれる巨大な氷の力。 記録によれば、エックスを一度瀕死に追い詰め、共に出撃したフローズン・バッファリオを機能停止にまで追い込んだ強敵だ。  キバトドスはその後、レプリフォースのトップであるジェネラルに反逆者として破壊されたが、 その戦闘力は目を見張るものがある。恐らく、通常装備のエックス一人では勝つことは不可能だっただろう。  確かにセイアは強い。その強さはエックスとゼロをも既に超えているかもしれない。 しかし、相手はエックスを瀕死に追いやったキバトドスが、リミテッドによって更に強化されたキバトドス・リミテッドだ。 クリアレッドのバスターは強力だが、セイアは未だに使いこなせていない。この闘い、危険だ。 「みんな、絶対に外に出てくるな!いいな!」  ウィドはクラスメイト達にそう一喝すると、素早く教室を出た。 走りながら腰のレーザー銃を確認する。大丈夫だ、エネルギーは充分にある。 小型のレーザー銃と云えど、真面に直撃させれば、隙くらいは作ることが出来る。 セイアと上手く連携すれば、勝ち目はある――

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