ロックマンXセイヴァーⅡ 最終章~君を忘れない~中編

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「ウィド、下がれ」 「セイア・・」  それはいつものセイアの声だった。しかし逆らえない。有無を云わさぬ何かがそこにはあった。 イクセ等の宿主だっただけのことはあるというのか、それともこれがウィドの知らない戦闘者としてのセイアなのか。 その答えがどちらだったとしても、気が付けばウィドはセイアの云う通りに引き下がっていた。  そしてウィドが射程外に出たことを確認するやいなや、セイアはゼット・セイバーの刃を具現化させた。 それに伴ってイクセ達の闘気も更に威圧感を増す。そして燃え上がる殺気の中で彼等は笑んだ。 「これで心置きなく闘えるか?」 「ウィド君――足手纏い――も消えたことだしな」 「じゃあ、君がこの短期間でどれだけ強くなったか見せて貰うよ!」 「イクセ!」  そして誰が止める間もなく闘いが始まった。  三体のリミテッドが瞬時に三方向へと散開する。セイアは一瞬戸惑ったが、すぐにダッシュで前方へと跳んだ。 そしてセイアが体制を立て直すよりも前に頭上からのレイの剣撃がセイアを襲う。が、紙一重で避けていた。 床に手をつくことでダッシュを無理矢理に停止させたセイアは、すぐにその軸腕を中心に身体を翻し、レイの頬を蹴り飛ばす。 更に二撃目の蹴りをレイの胴に叩き込み、それを足場にして更に跳ぶ。 後方へと持っていかれる途中、空円舞を使い直角の軌道を以て上空へとセイアは飛翔した。 「いい動きだ。だが、空円舞と飛燕脚は同時使用出来まい?」 「イクス!」  空中へと上昇を続けるセイア。それを狙ったのはイクスだった。 地上からタップリとエネルギーを込めたバスターほこちらに向けている。 悔しいがイクスの云うとおり一度空円舞を使ってしまっては更に姿勢移動をすることは不可能だ。  セイアの上昇エネルギーが尽き、ピタリと空中で静止した瞬間にイクスのバスターが爆ぜた。 セイア自身のフルチャージとほぼ遜色ない巨大なエネルギーが一片の狂いもなくセイアを目指す。 目と鼻の先になったエネルギー弾!イクスはクリーンヒットを確信し、ニヤリと口もとに笑みを浮かべた。だが! 「おぉぉぉ!」 「なにっ・・!」  バスターは直撃した。そのエネルギー量は辺りに耳をつんざく程の爆風を残した程だ。 が、その爆風の中から姿を現わしたセイアは無傷だった。いや、無傷とは違う。 バスターへと転換した右手から氷の盾が発生しているのだ。ピキピキと音を立ててヒビを入れる氷の盾に目もくれず、 セイアは着地すると共にイクスの懐まで飛び込んだ! 「フロスト・シールドか!だが!」  しかしイクスも驚愕に躍らされていたわけではない。二発目のチャージ・ショットを既にその腕に込め、 真っ向から向かってくるセイアへと放っていたのだ。 セイアは再びフロスト・シールドによって閃光を受け止める。が、二発のチャージ・ショットを受け止められる程その氷は強固ではない。 バラバラと辺りへ四散していくフロスト・シールド。今からでは武装の転換に隙が出来ると踏んだイクスは、もう一発バスターを放とうと構える。 が、その胴に今度は強烈な回転エネルギーと共に突起が捻り込まれた。高音を発する回転力の正体は、ドリルだった。 「喰らえっ!」 「くっ・・!トルネード・ファング・・!」  既にセイアはフロスト・シールドの下にトルネード・ファングを潜ませていたのだ。  ギリギリと胴体へ侵食してくるドリルを止めることも出来ず、かといってセイアの左手に宿った炎を消すことも出来ず、 イクスはそのまま顎先に強烈なアッパー・カットを叩き込まれた。巨大なセイアの腕力に押されて、イクスはドリルを引き抜かれると共に空へと舞った。 その隙にセイアへと斬り掛かろうと飛び込んできたレイも、 セイアが右腕から射出したトルネード・ファングを受けた後に波動拳で追撃をされ、イクスと同じく後方へと吹っ飛んでいった。 「小僧・・!」  呻くレイの言葉も無視し、セイアはすぐに気配を探った。イクスとレイの戦闘力は見る限りそれ程脅威ではない。 だが一番の問題は奴なのだ。そう、三人の中で最も強力であろうイクセだ。あの電脳空間内での闘いの時のことを考えると、最大の脅威はイクセただ一人。 「どこだ・・イクセ」 「ここだよ」 「っ!?」  何が起こったのかセイアには判らない。気が付いた時、既に自分の身体が壁に減り込んでいたということだけしか、彼には知覚することが出来なかった。 イクセは笑っていた。今までセイアが立っていただろう場所で。奴は、セイアの背後から攻撃を仕掛けてきたのだ。  背後――ならいつ背後に回られたのか。常に背後にも注意を怠らなかった筈だというのに。 いや、少なくともレイを吹き飛ばした瞬間背後には誰もいなかった筈だ。つまり奴はレイを捌き、イクセの姿を捜した半瞬の中で自分の後ろに回ってきたことになる。 「くっ・・・っ」 「ほら早く起き上がってきなよ。まさか優しく叩いただけでギブアップなんてことはないよね、セイア?  強くなったんでしょう。その力を見せてよ」  ソウル・ボディやダーク・ホールド等という小細工では決してない。奴は純粋なスピードで背後に回ってきたのだ。 それは奴の口ぶりから察せられる。奴の性格上何か小細工をすれば糞真面目に解説を寄越す筈なのだから。  セイアはバラッと崩れた壁によって地面に放り出された。なんとか手をついて持ち直すが、イクセの元には既にイクスとレイが戻ってきているのが見える。 セイアは戦慄した。やはり奴等は強い。強すぎる。電脳空間内でイクセに勝てたのは、クロス・アーマーのお蔭に過ぎなかったのだ。  次に三対一で攻められれば防ぐ手立てはない。その気になればイクセはいつでもセイアの首を刎ねることが出来るのだ。 「イクスとレイを捌いていたらイクセを躱しきれない・・。どうすれば・・」 「驚いた。まさか俺とレイを同時に捌くなんて離れ業をやってのけるなんてな。君は強くなった、セイア」 「だが小僧。調子に乗るなよ」  イクスのバスターとレイのセイバーがセイアを粉砕しようと再び向けられる。 セイアはくっと息を飲みながらに思考した。奴等全員を一気にの捌ききる為に必要な技は、特殊武器はなんだ。 考えろ。考えろ。考えろ。よく考えれば必ず何か手がある筈だ。何か。 「イクス兄さん、レイ兄さん!」  が、セイアの思考とイクスとレイの闘気を止めたのは意外にもイクセの声だった。 突然呼ばれたことに驚く二人をよそに、イクセはつかつかと数歩前に出た。 セイアとイクセの視線がぶつかり合う。こうしているとまるで内側全てを見透かされたような可笑しな気分になってくる。 そして同時に言い様のない嫌悪感が走る。やはりイクセの云うとおり、人――セイアはレプリロイドだが――は自分を見ると不愉快になる・・のだろうか。 「ふふん、セイア。強くなったのはいいけど、やっぱり三人同時に相手にするのは君でも不可能みたいだね」 「・・その気になれば一人でも充分みたいな云い方だな」 「そういったつもりはないんだけど、不愉快にさせたなら謝るよ。っと、ここで一つ提案があるんだ」 「提案?」 「そう。ねえ兄さん達、ボクにセイアと一対一で闘わせて貰えないかな?」  視線を向けられた二人は顔を見合わせたか、拒否の意思はないらしかった。 「好きにしろ。どうせ結果は変わらない」 「ただし、俺達にも暇つぶしさせて貰うよ」 「ふふ、こっちの方は承諾したみたいだね。君はどうだい、セイア?」  再び視線がセイアへと向く。その視線から提案の意味を見出せないセイアは再び身構えた。 相変わらず人を小馬鹿にしたように笑うイクセは構えすら取らない。それが気に入らなくて、セイアは思わず声を荒らげた。 「相手が貴様一人だろうがどうでもいい!ボクと闘いたいんだろ、早くかかってきたらどうだ!?」 「全く君って人はどうしていつもいつもこう興奮するのかな。まあ当然だろうね。ボクが君を見て滑稽だと思うように、君もボクを見て不愉快になってる」 「だ、黙れ!!」 「ふふ。サシの勝負の始まりだ。全力でかかっておいでよ、宿主!」  セイアの放った蒼と紅のチャージ・ショットは反対側から放たれた全く同出力のエネルギーによって相殺された。 それが弾けるとほぼ同時に真っ向から突っ込んでいく両者。セイアのゼット・セイバーとイクセのサーベルが凄まじい余波を辺りに吐き散らしながらに激突した。 その余波はトレーニングルームの防護ガラスに風圧だけでヒビを入れる程だ。 隅っこでことの顛末を見届けていくウィドは、危うくそれだけで吹き飛ばされてしまいになった。 「イクセ・・!」 「楽しいよセイア。君とこうして闘っている時だけ、ボクはボク自身の存在意義を見出すことが出来るんだ」  セイアの左の拳とイクセの右の拳がぶつかりあう。ガン、ガン、ガン。三回拳がぶつかった次の瞬間には、 セイアとイクセの両者の膝が凄まじい金属音を響かせながら拮抗していた。その威力においては両者ともにほぼ同等だったが、 一手イクセの方が素早かった。イクセの強烈なブロウを頬に受けて、セイアはロケットのような衝撃と共に後方へと吹っ飛んだ。 クルリと空中で姿勢を整え、後方に壁に着地する。  つーっと口の端からオイルが垂れてくるのが判った。それをグイッと拭い取ったセイアは、必要以上に息を荒らげていく自分に気が付いた。 体力を消耗しているわけではない。単に興奮しているに過ぎないのだ。殴り飛ばされたことでほんの少し平静を取り戻したセイアは、 今の自分の状況にようやく気が付いた。 「君はイレギュラー・ハンターとしてボクと闘っているかもしれない。もしかしたら感情だけで闘っているかもしれない。  或いはワイリーの遺産であるボクを倒す為かもしれない。どれにせよ君は大義名分を持っている。  感情的になるのはボクが君と同じ姿、同じ声をしているからに過ぎないよ」 「・・何の話しだ。大体、貴様等の本当の目的は一体なんなんだ」  記憶の底に眠る長い金の髪の青年に叱り飛ばされた気がして、セイアの呼吸が鎮まりを見せ始めた。 それに伴って言動も少しずつ感情的なものから分析的なものへと変わっていく。 セイアのその様子に感心したのか驚いたのか、イクセはパチパチと瞬きをしたあと、ニコリと笑って続けた。 「へぇ、少しは真面な会話が出来るようになったみたいだね。・・なんて軽口を叩くとまた君がお話をしてくれなくなっちゃうから、話を続けようか」  イクセの姿が消えた。それに続いてセイアもその場から瞬発的に跳ぶ。 目にも止まらぬ早さで振り下ろされたイクセのサーベルが裂いたのはセイアの残像だけだった。 瞬時に真後ろに回り込んだセイアは超至近距離で特大のチャージ・ショットを放つが、それを貫いたのもイクセの残像のみ。 すぐに頭上を見上げたセイアは空中で波動拳を放とうとエネルギーを集中させるイクセの姿に、 渾身の力を込めた神龍拳を打ち上げた! 「君はボク達の目的を知りたいらしいね。それについて教えて上げようか」 「くっ・・・!」  神龍拳の出よりも波動拳の方が半瞬早かった。波動拳によって地面へと逆戻りさせられたセイアは再び跳躍し、イクセの懐へと飛び込む。 その場で拳と蹴りの応酬が巻き起こった。もはやA級の凄腕ハンターですら捉えられない程のスピード。 端から見ればほぼ互角の打ち合いに見えることだろう。けれど実際にはイクセの方が数段素早かった。 「ボク達の・・デス・リミテッドの開発コンセプトは君も知っての通りエックスの抹殺だ。  ワイリーはデス・リミテッドを自分に使用して更に強力な力を得ようと考えていた。  けど、目的は既に達されている。エックスは既にこの世にいないんだから」 「なら何故貴様等はまだこうして存在しているんだ!それともワイリーを倒したボクに復讐したいって云うのか!?」 「半分正解で半分は間違い。元来リミテッドに個々の意思はない。ボクがこうして話しているのも君という宿主が元になっているからに過ぎない。  じゃあボク達の目的は一体何なのか。答えを云っちゃうとそんなものは・・ない」 「無い・・だと・・・・ぐあっ!!」  遂にセイアのラッシュの勢いが競り負けた。イクセの強烈なパンチ・ラッシュを全身に叩き込まれたセイアは地面に転がった。 所々のアーマーが割れ、破片が飛び散る。破壊された箇所がバチバチとスパークを上げる様は、最強のハンターとしては何と情けないことだろう。 イクセはゆっくりとセイアへと歩み寄ってきた。ここでバスターを放てば勝負がつこうものを、彼はそれをせずに話を続ける。 「そう。無いんだ。ボク達に確固たる目的なんて、ね。強いて言うなら君と闘うことかな」 「ボクと闘うことが目的って・・どういうことだ」 「君が強いからさ。ボクの基本人格は君を元にしているから、必然的にボク達は強い者を求める。闘いたいんだよ、凄くね」 「ボクが、ボクが闘いを求めているとでも云うのか!?」  立ち上がり、拳を捻り込むセイア。だがその拳はいとも簡単に受け止められた。 ギリッとアーマーが軋むほどの握力が込められる。そのまま腕を砕かれてしまうような錯覚を覚え、セイアは思わず呻いた。 「ぐっ・・・ぁっ」 「君だって気付いてる筈だ。イレギュラー・ハンターを続けていく内に、リミート・レプリロイドと闘ううちに。そしてワイリーを倒し。  闘うために少しずつ少しずつ理由を捜し始める。飛び散る血だけを見たくなってくるのさ」 「ボクが・・戦闘狂だって・・云うのか」 「別に恥ずべきことじゃあないよ。闘いの中で高揚を覚えるのは戦闘者の特徴だからね。君のゼロ兄さんだって立派な戦闘狂だった。  そしてそんな君から生まれたボク達も、闘いを生きがいにしている」  戦闘狂――そう云われて初めて、闘いの中で高揚を覚え始めていた自分を自覚する。 強い敵と闘う度に。自分が強くなっていく度に。どうしようもない高揚を知る自分。 ハンターとして。エックスとゼロの弟として。イレギュラーを、リミート・レプリロイドを倒してきた。 そして今、目の前のデス・リミテッド達を倒そうとしている。それは何故だ。ワイリーの遺産を倒す為か、相手がイレギュラーだからか。  違う――自分は、自分はリミテッド達との闘いを楽しんで・・いるのか? 「別にエックスもゼロもワイリーも、何もかももうどうでもいいんだよ。こうして君と対峙する瞬間がボクにとって最も大切なんだ。  どんどん強くなる君と闘って、闘って、闘って。君を侵食し始めている腐食部分こそボク自身なのさ!」 「腐食部分・・!?」 「君だってとっくに理解している筈だよ、セイア。レプリロイドのためとか、  人間のためとか、そうやって理由をつけて闘う内に心のどこかが確実に腐り始めていることを。  もう素直になったらどうだい。ボクは今まで君が闘ってきた者達の中で最も強い。君の欲求を最も満たすことは出来るのは、このボクだ」  自分の欲求。それは強い者と闘うことなのか。それとも、本当にエックスとゼロの意思をつぐことなのか。 その答えは――ほんの昨日までなら胸を張って答えられただろう答えは、今となっては口を動かしてはくれない。 迷っているのだ。目の前の自分と同じ顔のイレギュラーに核心をつかれ、セイア自身が把握していない自分を曝け出され、困惑しているのだ。  セイアの拳を押し込む力が弱まった。それを見計らったようにイクセのバスターがセイアの胴に叩き付けられ、彼の身体を数m吹き飛ばし、 床へと転がせる。つかつかと歩み寄ってくるイクセの姿を見据えつつも、セイアは立ち上がることが出来なかった。 「頑固者だな、君は。それとも自分で思ってたほど自分が綺麗な存在じゃなくて困惑しているのかな。  どっちにしても手加減はしないけどね。どうせボクが本気で君を殺そうとすれば、君は真の姿を曝け出す」 「あ・・・あ・・ぁ」  立ち上がることも、バスターを向けることも出来ないまま、セイアは身を退け始めてしまった。 さっきまで全身を包んでいた闘気も、鋭く射抜く眼光もそこにはない。ただ認めたくないものを眼前に突き付けられたちっぽけな少年が、 その事実に脅えているだけだった。セイアにもう戦意はない。それを判った上で、イクセはサーベルを喉元へと添えた。  もう逃げられない。イクセがほんの少しサーベルを押し込むだけで、自分は死ぬのだ。 こんな状況になっても殺意も戦意も沸いてこない。戦闘狂ならば、こんな時どうするのだろう。ついこの前の自分なら、立ち上がって闘っていた筈だ。 自分は戦闘狂でもなければ、盲目的に自分の意思を信じる強者でもない。それを理解したとき、イクセはサーベルを振りかぶっていた。 「安心しなよ。すぐには殺さない。もっともっと君の真の強さを見せてもらうよ。・・どんな手を使ってでもね」 「――・・!」 「さぁ見せてみろ。最強の戦闘狂の力を!」  が、イクセの斬撃は中断された。中断せざるをえなかった。 イクセは振り向いた。自らの背から立ち昇る煙を見たあとに、それの原因となった人物を、銃口を見る。  ウィドだった。震える手でレーザー銃を握り締め、それでも強い瞳でこちらを見据えている。 突然の飛び入りに口の端をつり上げるイクセと、驚いたまま目を見開くセイア。ウィドが最初に呼んだ名は、情けない親友の名だった。 「セイア!!」 「・・・ウィ、ド」 「何をしているんだセイア。そんな奴の口車に乗って、それで戦意喪失か。よく思い出せ、お前はいつだってエックスとゼロの意思を継いで闘うと云っていた筈だ。  学校の友達が常に笑っていられる世界にしたいと云っていた筈だ。その言葉は嘘だったのか、ただの口先から出たポーズに過ぎなかったのか。答えろセイア!!」  その台詞に、セイアは頭をガンと殴りつけられた気がした。今まで光を失っていたセイアの瞳に、一瞬にして炎が舞い戻る。 セイアは立ち上がった。立ち上がると共に拳をイクセの頬に叩き付ける。そして怯んだ矢先に鳩尾に膝を入れ、屈んだ上に強力なチャージ・ショットを叩き付ける。  セイアの闘気が舞い戻っていた。さっきと同じ、いやそれ以上の闘気が。 対してイクセは怯んだ姿勢のまま顔を上げた。今までとは違う、狂気的な笑みがそこにあった。 「そうだ・・。ボクは、ボクはロックマン・エックスとゼロの弟だ。彼等の意思を継ぐ者だ。ボクには兄さん達に託された希望がある。  ボクは・・ボクは戦闘狂なんかじゃない。イレギュラー・ハンター・・ロックマン・セイヴァーだ!  そしてイクセ、お前は・・イレギュラーだ!」 「ふふふふふ、はははははは。あーっはっはっはっはっは」  エックスは死んだ。ゼロも、もはやセイアの目の前にはいない。 そうだ。地球を幾度となく護ってきた英雄はもういない。同時に自分を叱り付けてくれる者も、護ってくれる者も、不始末を拭ってくれる者もいない。 そして――自分の代わりに闘ってくれる人もいない。  エックスは死ぬ直前になんと云ったのだろう。セイアは燃え上がる戦意の中でも、薄らとそれを思い出す。 『お前は俺の弟だ』  それが絶対の言葉。ロックマン・エックスが。英雄が。何より兄が自分に向かって云った言葉。  それを思い出して、セイアはやっと理解した。イクセの言葉なんかより、余程盲目的に信じてきたのはいつだって兄の姿だった。  確かに云われてみればセイアは戦闘に身を置くことが多い。闘うことは嫌いではないし、もっと強くなりたいといつだって思う。 けれどそれは闘うために理由を捜しているのではない。エックスのように、ゼロのようになりたかったのだ。  既に皆からエックスとゼロを越えたと称賛されるセイアだが、自分ではそんなこと微塵も思ってはいない。 だから強くなりたかった。闘って闘って闘い抜いて、強くなりたかった。兄に追い付きたかった。 そう、イレギュラー・ハンターとして。イレギュラーを・・倒すために! 「あははは。まさかウィド君のそんな一言で闘志が蘇るなんて思ってもみなかったよ。そのまま大人しくしていれば楽に死ねたのにさ。  全く、君はいつもいつも邪魔ばかりしてくれるね、ウィド・ラグナーク。あの電脳世界での闘いの時もそうだった」 「貴様なんかにセイアをやらせてたまるか。セイアをここまで侮辱した罪は重いぞ」 「・・やっぱり君は邪魔者だ。その減らず口を、いい加減閉ざして上げるよ。  イクス兄さん、レイ兄さん。二人の暇つぶしは彼でいいかな?」  さっきまで一体どこにいたのか。イクセに名を呼ばれたイクセとレイは半瞬後にはウィドの背後に立っていた。 不意に現れた気配に振り返るウィド。すぐにレーザー銃を構えるが、イクスとレイはそれを見ても眉すら動かそうとしなかった。 「俺に異論はないな。レイはどうだ?」 「少々不満だが我慢してやろう。だがこの小僧を始末したらそっちに参加させて貰うぞ」 「はいはい。だけどボクも楽しみたいから、程々に焦らして上げてね」  とんでもないことをさらりと云ってのけ、イクセは再びセイアへとサーベルを向けた。  ウィドは一旦間合を取り、レーザー銃を構える。持っている武装はこれと、あとは懐に入っているビーム・メス程度だ。 どう考えても勝率は低い。が、もはや逃げ道はないのだ。 「ウィド!」 「おっと、君の相手はこのボクだよ。他人の心配していられるほど、余裕はないんじゃないかな」 「・・悔しいがそいつの云うとおりだ、セイア。コイツ等は俺が食い止める。お前はイクセを倒すことだけを考えろ」 「ほら。彼もそう云っていることだし、そろそろ第二ラウンドを始めようか。見せてよ、吹っ切れた君の力を!」 「くっ・・・!!」  そして再びセイアとイクセ、そしてウィドとイクスとレイの闘いが始まった。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  一方のハンターベースで、Dr.ゲイトは珍しく焦っていた。 他の隊員も同じように焦ってはいたが、事の重大さはゲイトが取り乱していることからも充分推測出来るだろう。  ともかくゲイトは焦っていた。セイアが行方不明になったこともあるが、それに続いてウィドまで姿を消してしまったからだ。 さっきまでベースの隅々までを捜したけれど、その姿はどこにもなかった。 喫茶室にも、オペレータルームにも、セイアの自室にも、総監室にも、談話室にもいない。 女性隊員に変態扱いされてまで女子トイレを捜索したが、彼の姿はどこにも見当たらなかった――というよりもそこで見つかることはそれはそれで問題だが――  結局焦りを残したままに研究室に戻ってきたゲイトは、奇妙なものを見つけた。 ウィドのモバイル端末だ。別にそれ自体には何の変哲もない端末だが、いつも彼はこれを持ち歩いている。 こんなところに置き去りにされているとは考えづらい。端末は電源が入りっぱなしで放置されていた。 彼の性格上有り得ない状態で置かれていた端末を、ゲイトは飛び込むようにして開き、そして焦りの上に驚愕を上乗せされた。  ディスプレイを開いた端末に表示されていたのは、メーラーだった。 送信者はイクセ。それはいうなれば脅迫状の類だった。  セイアを預かった。返して欲しくば旧ハンターベースまで来い。 そしてこれを最後の決戦としよう。要約すれば、こういった内容だ。  ゲイトは焦っていた。今の弱体化したイレギュラー・ハンターにセイア達の闘いに割って入れる程の実力者はいない。 だからといってゲイト自身にも彼等と闘う力はないだろう。ナイトメア・アーマーを使ったところで勝負は見えている。 ゲイトは考えた。考えたが、結論は出なかった。この状況を打破する考えは、天才と云われた彼ですら捻り出すことが出来なかった。  それでもふと考えたゲイトは、慌ててある物を捜した。が、それも無駄に終わった。 完成直前のクロス・アーマーのチップが消えていたのだ。恐らくウィドが持っていたのだろうが、 もしアレを使うようなことがあれば未だ不完全なアーマーはセイアの身体にも支障をきたすだろう。  もはや頼れるものはない。ガラにもなく勝ち目のない闘いに飛び込もうとすら考えたゲイトは、完全に手詰まりだった。 「なんてことだ。こんなことになるとは、やはりあの時セイアを向かわせるべきではなかったのか」  ゲイトの口から弱音が漏れたことをセイアが知れば、きっと飛び上がって驚くに違いない。 けれどそうなっても仕方がないのだ。ゲイトにはどうしようもなかったのだ。恐らくこのまま何も無ければ、ゲイトは闘いの場へと突っ込んでいったに違いない。 「こんなときに君達がいれば。エックス、ゼロ」  そんなゲイトの小さな願いも今となっては叶わない。  絶望的な感情に襲われ、ついに闘いの場へと向かおうと決意したゲイトを引き留めたのは、 意外にも突然ディスプレイに割り込んできた通信だった。 『君らしくもなく取り乱しているようですね、Dr.ゲイト』 「・・!き、君は」  特別セキュリティの厚いゲイトのメインコンピュータに苦もなく侵入した画面の向こうの科学者型レプリロイドは、 困惑するゲイトを見てそう云った。突然のショックでゲイトは驚いたが、そのお蔭でなんとか少し平静を取り戻すと、 ゲイトはディスプレイに向かってこう返した。 「・・『Dr.バーン』。君から連絡をよこすとは、全く予想外だね」 『なにせ非常事態ですからね』 「その様子では、ウィド君の端末のメールを読んだんだね。おおかたウィド君のメーラーに届いたメールは自分のところにも転送されるように仕組んでいたんだろう?」 『相変わらずあなたは勘がいいですね。その通りですが、今はそれよりあのリミテッド達への対処を考えましょう』 「君にしては一手遅かったね。もうセイアもウィド君もあっちで闘ってるよ。ボク達に出来ることはないんだ」  自分の口でそんな台詞を云うことに酷い嫌悪感を催しつつも、分析力の高いゲイトには紛れもない真実だった。 そしてゲイトがそう云った以上、その計算を疑うことはしないバーンは、それに対しては何も抗議をしないままに続けた。 『・・開発途中であった新アーマーは?』 「ウィド君が持っていってしまったよ。あのまま使えばセイアの身体にも異常が起きるというのに」 『ウィドが何か武器を持っていった様子は?』 「・・?いや、彼は自前のレーザー銃があるから、それ以外持っていった形跡はないよ」 『・・そうですか』  目に見えてバーンの顔が歪むんだのを、ゲイトは見逃さなかった。 「どうかしたのかい」 『気になることが一つ』 「気になること?」 『最近ウィドに変わった様子はありませんでしたか』  訊ねられ、ゲイトは顎に手を当てて思い返した。  ここ数日はウィドと研究室にこもっていたものだから、誰よりもウィドの様子を見ていた自信がある。 一日一日の記憶を遡り、注意深く分析していく。そしてその中からようやく共通点を見つけたゲイトは、半秒後にぽんと手を叩いた。 「そういえばしきりに右腕を抑えていたようだったよ。どうしたと聞いても、腕が疲れたとだけ云っていたけど」 『・・やはり』 「・・。やはり?今、やはりと云ったのかい?」  バーン自身も思わず漏らしてしまった言葉だったのだろう。一瞬しまったという顔をしたあと、彼は観念したように頷いた。 ゲイトと同等かそれ以上の科学力を持ち、冷静さも持ち合わせている彼にしては珍しい表情であったが故に、ゲイトも思わず眉をひそめる。 敢えて何も云わず、バーンが口を開くのをゲイトは待った。 『Dr.ゲイト。もしやとは思いますが、ウィドはセイヴァー君と共に出撃していたりは・・』 「残念だけどしているよ。彼のスナイプ能力はかなりのものだからね。セイアもそれで幾度か助けられたと云っていた」 『あのレーザー銃を使ったのですね』 「ウィド君がいつも持っているレーザー・ガンのことかい?アレはよく整備されていて、あのサイズでは考えられない程の出力を持ち合わせ・・」  そこまでいってゲイトはハッとした。あのレーザー銃はウィド自身が改造し、出力やら速射性やらを向上させたと聞いているが、 アレは元々人間用に出来ている武装であり、並の人間に扱えるギリギリのレベルを保たれたものだ。  ウィドは人間だ。今まで共に研究をしていたり、セイアと肩を並べてリミート・レプリロイド達と闘っていたことで失念していたが、 彼は間違いなく人間なのだ。彼の生立ちは遺伝子改造型人間だが、頭脳を除いて身体能力は抜群の運動神経以外並の人間と大差ないのだ。  そんな彼が人間が扱えるギリギリの武装を更に出力を上げて使用していたということは、つまり・・。 『忠告はしました。ウィドの身体強度ではあのレーザー銃を使い続けることは出来ないと。しかし、あの子は忠告を守らなかったようですね』 「Dr.バーン。もし、このままウィド君が決戦の中でレーザー銃を乱発した場合、一体・・?」  訊ねるまでもなかった。が、ゲイトは半ば縋っていたのかもしれなかった。 勝てる筈のない敵にセイアを奪われ、たった一人でウィドを向かわせ、その他のハンターは全く役立たず。 自分が行っても恐らく、いや確実になんの役にも立たないだろうこの状況で、ほんの少しでも救いを求めてしまう。  ゲイトはバーンにこう云って欲しかったのかもしれない。ウィドは大丈夫だ。セイアは無事に帰ってくる・・と。  だがゲイトが珍しく見せた弱音とは裏腹に現実とは無情なものである。バーンは俯き、フルフルと首を振った。 『今のままでも危険領域を出ないのです。もし、今回の敵を相手に最大出力の攻撃を加えた場合・・・』 「・・・・」 『最悪はウィド自身の身体が破壊され、再起不能になるでしょう。スナイパーとしても研究者としても。そして、人間としても――』 「――・・・!!」  ゲイトは声にならない声を上げながら目の前のコンパネに両拳を当てた。 コンパネは破壊され、バチバチとショートする回路が露出する。元々それ程頑丈に出来ていないゲイトの拳からもつっとオイルが零れ落ちた。  これがかつてナイトメア事件を引き起こした張本人とは思えない程に無様な姿を晒す彼に、バーンは何も云わなかった。いや、云えなかった。 彼がどれ程自らの息子に愛情を注いでいるか、一番よく知っているのはバーンかもしれなかったからだ。  知り合ったその日から、彼が自分の息子達に注ぐ愛情を知らずにはいられなかった。今それはロックマン・セイヴァーに、 そしてバーンの息子であるウィドをも対象として注がれていることも知っている。 『Dr.ゲイト・・・』 「なんてことだ・・!ボク達は彼等を助けることも出来ないだなんて!もう耐えきれない、ボクは・・!」 『Dr.ゲイト!』  条件は同じだというのに、冷静に物事を見詰めてしまう自分を、バーンは内心で嘲笑った。 バーンもゲイトと同じように息子達の為に感情を爆発させられたらどれだけいいのだろう。 大切な息子の為に無茶を云うことの出来るゲイトがいつも羨ましかった。  もしかしたらバーンはセイアのこともウィドのことも作品の一つとしか捉えていないのかもしれない――気づき始めてしまった自らの醜悪な本性を認めつつも、 バーンは冷静さを失うゲイトに声を荒らげた。  この科学者は、親友は優しい男だ。対して自分は何故これ程までに冷たいのだろう。 技術を互角以上に競いつつも決して越えることも出来ない壁を感じるバーンは、それから目を背けるようにゲイトを叱咤した。 『他のハンター隊員を向かわせることも出来ない者達を相手に、君は何をしようというのですか。  あなたがしようとしていることは絶望に耐えかねた自殺行為に過ぎません。彼等が無事に帰ってきたときのことを、あなたは考えていますか』 「・・・!」  バーンの口ぶりは酷く冷静であり、同時に冷めていたが、今のゲイトにはそれすら究極の正論に聞こえてしまう。 ゲイトはギリッと拳を握り締めたまま目を背けた。自分の無力さから、この絶望的な状況から逃げ出すように。 『リミテッド達を相手に通常のハンター隊員では死に行くだけのようなものです。そして今のあなたにはクロス・アーマーもない。  勿論私にもあなたにも彼等を止める力はない。ならば、信じて待つしかありません』 「・・信じて、待つ・・」 『えぇ。信じましょう。ロックマン・セイヴァーとウィドを』  言い放ったバーンをよそに、ゲイトはもう一度コンパネを叩いた。  今度こそ止めを刺されたコンパネは完全に破壊されて、ディスプレイに映されていたバーンの顔も消え去る。通信も途絶えてしまったようだった。 「――エックス、ゼロ・・」  ゲイトは生まれて初めて祈った。神にではなく、かつての英雄達に――

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