ロックマンDASH3 エピソード0


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 少なくとも彼が自分の中で自覚している名前と、この狭い世界の中に存在する者達によって呼称される名称とには若干の違いがある。
 自覚する名前を呼ばれなくなってからどれくらいの月日が経ったのか。それを数えるのを酷く面倒に思う。
けれど今まさに自分自身がしている”意味のない”行動と同じように、彼は一生懸命にそれを思い出してみた。そうだ、もう一年になる――
「トリッガーよ」
 トリッガー。ロックマン・トリッガー。そう呼ばれるのは懐かしい。けれどまだメモリが馴染みきっていないのか、それとももう自分という存在が決してロックマン・トリッガーに戻ることは出来ないのか。
微かな違和感に晒されるロック・ヴォルナット――それが彼の自覚する名前だ――は、手に持っていたトレイを片付けながら返事をした。
「何ですか、セラさん?」
 振り返ると褐色の肌の少女が腕組みをして立っていた。緑色のツインテールがなんとも印象強い。
彼女の名前はマザー・セラ。ロック・ヴォルナット達が今こうして暮らしているヘブンの元守護者だ。
今は分け合ってもう一人のマザーであるユーナの端末を利用している。そのせいで初めは何度も呼び間違えそうになったものだ。
「私の疑問に答えよ。よいな?」
「は、はぁ」
 この一年でロックは人の印象とは外見のタイプよりも寧ろ性格に依存するものだと学んだ。
その理由の一つは、本来陽気な表情を浮かべることの多いユーナの端末を使うセラが、相変わらずの取っつきにくさのプレッシャーを放っている事実であること。
「そなたは何故この地においてもそのような行いをするのだ?ここはヘブン。一切の苦しみなどない世界だというのに」
「ええっと、それは・・」
 どう上手く説明したものかと面食らうロックの言葉に被せるように、もう一つの理由となる者が口を挟んできた。
この一年嫌というほど聞いた声だ。何しろこの広い世界の中で、真面なコミュニケーションが出来る存在は目の前にいるセラと彼女しかいない。聞き飽きるのも無理はない話だろう。
「甘いわよ、セラちゃん。それにそんな風に詰め寄ったら、答えられるものも答えられないじゃない。ね、トリッガー?あー・・ロック君の方がいいんだっけ?」
 ショートの金髪を揺らす妙齢の女性の名はユーナ。少なくとも、ロックとセラは今現在の彼女をそう呼称している。
 彼女の本当の名前はマチルダ・キャスケット。今はとある事情からマザー・ユーナがその肉体を借り受けているため、事実上彼女がユーナということになり、
そのユーナの元の肉体を使用しているのがもう一人のマザーであるセラ。事情を知らぬ者が聞けばややこしい話であるが、とにかく口を挟んできたのはユーナその人だった。
「いえ、お好きな方で呼んでもらって結構ですんで」
「お主の云うことは理解出来ん。トリッガー、そなたの行動もだ。このヘブンの地で、何故に食事などという生命活動に関わる行動をしなければならぬのだ?」
「ふー、全く。やっと最近笑うようになったと思ったら、そんなこともわからないままだったの?」
「わからぬから尋ねている」
 予想通りのセラの反応に、ユーナは大袈裟に片手を上げた。やれやれなんて口で云っているけれど、その表情はどこか楽しげで、同時に何かを懐かしむような、ほんの少しの陰りがあった。
 一体いつから持っていたのだろう。もしかしたらずっと片手に持っていたのに、ロックが気付かないだけだったのかもしれない。
さっきロックが下げたばかりのものと同じトレイを片付けるユーナは、一つロックに目配せをしながら続けた。
「確かにあなたの云うとおり、このヘブンにおいて食事っていう行動はしなくていいものかもしれない。それこそ食べなくても、眠らなくても、いつでも、いつまでも望む快楽を追求することが出来る世界だわ。
 でもねセラ。マスターが望んだものは何だったか覚えてる?ヘブンのような満たされた世界じゃない。不完全な世界だからこそ、そこで燃える命が美しく見えるのよ」
「それとヘブンでの食事にどのような関係が」
「後はロック君の口から説明してもらいましょうね。さ、ロック君」
「えっ、僕がですか?」
 抗議をするがユーナは取り合わない。そんなことはここ暫くの時間で散々思い知ったことだった。
 マスターの意思を継ぐのはあなただからよ。そんな風に云われると、これ以上抗議することも出来ない。
「その・・確かに食べる必要はないし、眠る必要はないのかもしれません。でもそんなことを続けていたら、きっと僕は自分が生きてるってことを忘れてしまいそうだから。
 ヘブンにいても地球に暮らす人々と同じ時間を歩んでるんだってことを実感したいから・・です」
 ヘブンでの食事は正直な話、地球でのそれと比べると何となく物足りない。空腹にならないことが決め手なのかもしれないが、
元々ヘブンにおける食事とは嗜好品の一種でしかなく、生き残ったシステムが用意してくれる食事もバリエーションが少なく、味もお世辞にも地球のそれより上回っているとは云えなかった。
 それでもロックが毎日食事をし、睡眠を取り、地球での生活と同じようにこの一年を過ごしてきたのは、もちろんマスターの意思を継ぎ、それに同調したということもあるだろう。
しかしそれ以上にロックの根底に根ざしているのは、地球に待つ人々を思う気持ちだった。あの星に住む皆と同じ時間に食事をして、同じ時間に眠り、同じ時間に起きたら、
遠く離れていても一緒に生活をしているような、そんな気分になれる。
「生きることの実感・・か」
「そうだ。良かったらセラちゃんも一度食べてみたらいいじゃない。お腹が空かないのがちょっと残念だけど、案外はまるかもよ?」
「・・少し考えてみることにしよう」
 ぽんぽんと肩を叩いてくるユーナに、セラは苦笑混じりにそう答えてお茶を濁す。最近セラはこうしてよく笑う。
そのほとんどがユーナに対する苦笑だとか、呆れを含んだ笑みばかりだけれど、ロックの・・特にトリッガーとしての記憶に残る彼女と比較すると驚く程の変化だ。
 結局セラはしつこくまとわりついてくるユーナを鬱陶しげに払うと、すたすたとどこかへ行ってしまった。
セラはいつもあんな感じだ。どこで何をしているのかロックには皆目見当も付かないが、彼女はいつでも忙しそうにしている。古き神々・・という奴だろうか。
「あらあら。ごめんねー、ロック君。セラちゃんも悪気はないんだけど」
「いえ。セラさんの云うこともわかりますから」
「本当、トリッガーにしろロック君にしろ、相手を立てるのが上手いんだから。それじゃま、私はまだ調べることとかあるから、また夕食の席でね」
「はい。また後で」
 云いたいことだけを云いきって、ユーナは去っていく。外見上はロックよりもずっと年上の女性なのに、中身がユーナなせいでまるで同年代と話しているみたいだ。
それでいてしっかりと肉体的には大人の女性なものだから、ふとした瞬間にドキリともさせられるのも困りものだ。
無論それに気が付いているユーナがロックをからかう為に仕掛けてくることなのだが、生憎マチルダ・キャスケットの肉体が相手ではガッツポーズを決めるだけの余裕もない。
「まぁ、退屈しないことは救いだと思うけど」
 そう独りごちるロックは居住区の一室から出ると、七色のゲートを通って中央に位置する島へと渡った。
 かつてロックマン・トリッガーとしての自分が頻繁に出入りしていた場所。そして最後の人類であるマスターが永いときを過ごした場所。
この一年間、ロックが毎日のように足を運んでいる場所だった。



 ――人類再生プログラム。かつて存在していた人類が、いつの日か地球の環境が回復した際、復活する為に用意されたシステムの名称だ。
 現在地球に住む人々――今は『デコイ』と呼ばれている――は旧人類が自らの眠る間、地球に住まわせておく為に創り出した人工の存在だ。
その存在理由は地球環境の浄化状況を逐一確認する為のものなのか、それとも自らが眠る一瞬でさえ、地球の王たる存在が人間でなければならないという旧人類の傲慢さ故のものだったのか。
それはロック・ヴォルナットにはわからない。トリッガーならその詳細な意味を知っていたのかもしれない。それでもトリッガーとしての記憶を取り戻しきってはいないロックには、未だもってあずかり知らぬものだった。
 ヘブンに残された最後の人類・マスターと呼ばれる者がデコイ達に興味を持ち始めたのはいつの頃からだっただろう。やはりその始まりの瞬間を思い出すことは出来ない。
けれどマスターがデコイ達の姿を楽しそうに見詰める時、トリッガーとしての自分は常に傍にいたことは覚えている。懐かしむような、それでいて羨むような。楽しげで、しかし悲しげな瞳をしていたことも覚えている。
 一体どれくらいの時間をそうして過ごしただろう。本当に必要な記憶だけをバックアックしていた為か、トリッガーとして思い出すことの出来る記憶はマスターと共に過ごした時間が殆どだ。
とにかく長い時間だったように思う。恐らく、ロックとして行きた時間と同じかそれ以上の時を、マスターと共にデコイ達を見て過ごした。
 人が悩む時間としては長すぎたくらいだっただろう。けれど今考えれば、マスターはデコイ達を観察し始めたその時から決心していたように思う。
 マスターの願いを聞き届け、トリッガーとしてのロックは彼を連れて地上へと降りた。ヘブンを離れては生きてはいけない身体だと知っていたのに、下界へと降りたマスターの顔は満足げだった。
 システムを破壊して欲しいと頼まれたのはその時の事だ。旧人類の傲慢さ、愚かしさ。完全無欠とまでいわれたヘブンでは決して手に入れることの出来ない、デコイ達にとっての当たり前の幸せ。
マスターにはそれがとても眩しいもののように思えたのだろう。結局トリッガーとしてのロックはシステムの破壊を阻止する為に立ちはだかったセラとの闘いで瀕死の重傷を負い、
積み重ねられた記憶と引き替えに肉体のリセットを行い、ロック・ヴォルナットとして生きることになったのだが。
 赤ん坊にまで戻されたトリッガーはデコイに拾われ、デコイとして育てられた。
そしてつい二年ちょっと前まで、自分はロック・ヴォルナットでしかないと何の疑問も持たずに育ってきた。カトルオックス島でロックマン・ジュノと名乗る者と出逢うまでは。
 しかし、とロックは思う。トリッガーとしての記憶、ロックとしての記憶を統合した今だからこそ理解することが出来る。マスターの考えが。マスターが何故システムの破壊を願ったのか。
 もちろんトリッガーとしてもマスターの考えは理解しているつもりだった。しかし、今思えば実感していたかと云われれば嘘になる。マスターがそう云うから、マスターがそう願うから。そんな気持ちが心の奥底にあったのだ。
 ロックとしての自分は違う。一年前の闘いでセラが人類再生プログラムを始動させようとした時。ユーナによって記憶の再構成を行われた時。ロックの気持ちは最初から決まっていた。
マスターの願いだから。かつての自分がその為に動いていたから。それもあるだろう。しかしそれ以上にロックとしての自分は確固たる思いでセラと対峙した。デコイ達を滅亡させるなんて、間違っている。
 いやもしかしたらデコイそのものの為でも、旧人類に対する諦めでもなかったのかもしれない。ただ単にロックは大切な人々を失いたくなかっただけだった。
赤ん坊のロックを拾い、育ててくれた人。子供の頃からずっと一緒に育った子。何度も何度も小競り合いを繰り返している内に、腐れ縁のようになってしまった空族と、その家族。旅の中で出逢った人々。
全世界の人々の為なんて、そんな大規模なことを考えられるだけの力は単なるディグアウターに過ぎないロック・ヴォルナットにはなかったのかもしれない。
けれど身近な世界の為だからこそ、ロックは闘うことが出来たのだ。トリッガーとしては勝つことが出来なかった、マザー・セラを相手に。
 最もその闘いが原因で地球へ帰る術を失ったロックは、セラとユーナと三人でヘブンに残る羽目になってしまったのだが。

「さて、と」
 手慣れた手つきでロックはかつてマスターが使用していたシステムを起動した。一年前に通った時は壊れていて動かなかったものだが、半年かけてようやく修理して使えるようにしたのだ。
 完全無欠と呼ばれるヘブンでの生活は、はっきりいって退屈だ。もちろんユーナと接していれば退屈な時間などないのだが、それにも限界がある。
毎日食事をしたり、睡眠を取ったり、ディグアウターとしての勘を失わない為の運動も続けているが、退屈なものは退屈だ。
 そんなロックがこの半年間、唯一趣味と呼べるようになったものがこれだった。マスターの使っていた部屋に残されたシステムを使い、地球を観察することだ。
上手く操作すれば地球を遠目に見るだけでなく、地表のズームも、人間一人一人の表情がわかるくらいまで接近することが出来るのもわかってはいるのだが、
残念ながら操作方法がわからない。トリッガーとしての記憶にも操作方法は残されていないから、きっとマスターが個人的に構築したシステムなのだろう。
 瑠璃色の地球は美しかった。セラに云わせれば毎日代わり映えのない惑星を見詰め続けて何が楽しいのかわからない、ということだが、ロックには充分過ぎるほどの退屈しのぎだ。
始めは確かに代わり映えしないように思えた地球だが、最近ではちょっとした変化にも気が付くようになってきている。今日はあの島は曇りだな、とか、あの大陸はかつて冒険したあの場所だ、とか。
そこに息づく人々と同じ時を過ごしているみたいで、何だか嬉しくなってくるのだ。それがたまらなく楽しくて、ロックは毎日地球を見ている。
 ――本当はあの星から飛び出して、こっちに向かってくるものが見える日が来るのを待ち望んでいるのだけれど。
「はぁ・・・」
 それを意識するとなんだか溜息が出てくる。折角心の隅に追いやっていたものが戻ってきてしまった。最近は一週間に一度くらいの頻度でこういうことになる。
とはいえ発散する方法もないので、努めて普通の生活をする他に道はない。そうしている間に、このとっかかりがまた心の隅に移動するのを待つのだ。
 今日とて同じことだ。ただひたすら時間が過ぎるのを待って、心が軽くなるのを待つしかない。今日とて同じことだ。
 しかし、今日はこの半年間一度も経験したことのない事柄が起きた。突然鼓膜を震わせた警告音に、思わず身体がビクンと跳ねる。
次々に鳴り響くアラーム。さっきまで地球が映し出されていたスクリーンを埋め尽くす異常報告の文字列。口々に状況を報告する電子音声が、頭の中をぐちゃぐちゃと掻き回す。
「何だ・・!?」
 予想だにしなかった事態にロックは思わず声を上げた。だがトリッガーとしての記憶がそうさせるのか、身体は勝手にキーボードを叩いて状況把握に勤しんでいた。
一年前の闘いで様々な場所にシステムの不備が発生してしまっているせいで細かな状況まではわからない。そのくせ警告音や情報に不備のあるメッセージばかりが表出するので最悪だ。
とにかく一等粛正官の権限を行使してそれらを黙らせたロックは、それらの警告が指し示す場所を特定することに成功した。
「シャトルベイに問題?くそっ、出動するリーバードの数がとんでもないことに・・!」
 問題解決の為に差し向けられたリーバードの数はとんでもない数値を示していた。システムの不備が原因なのか、それとも発生しか問題が原因なのか。
とにかくこのままでは大変なことになる。ディフェンスエリアのリーバードが総出動するような状況になれば、最悪はこの居住区にまでリーバードが溢れかえってしまう。
「ユーナさんは相変わらずマザー認定されないし、セラさんは本調子じゃない。ここからの操作は受け付けないし・・。やっぱり直接行って原因を取り除くしかないか」
 どちらにせよここからシャトルベイの詳細な状況が確認出来ない以上、直接出向く他はない。
 すぐに決意したロックはマスタールームを飛び出した。ゲートを幾つか超え、いつも使っている居住区の一室に飛び込むようにして入る。
そしてずっとしまったままにしていたアーマーを身に着けた。ゆうに一年ぶりのアーマーだが、身に着けた瞬間にブランクなどすぐに忘れた。
 シャトルベイに向かう。本当なら居住区から直通でシャトルベイに移動するエレベータがあるが、生憎とディフレクターをシステムの復旧の足しにしたので今は動かない。
 やはりディフェンスエリアを抜けるしか方法はないだろう。ロックは気を引き締め、バスターの奥でギュッと拳を握り締めた。
「Mission Start!」
 鳴らない通信機の代わりに、ロックは初めてその言葉を口にした。