ロックマンXセイヴァーⅡ 第弐章~脅威~後編

「くっ・・!」
 思いの外素早いキバトドスのパンチをサーベルで受け止め、セイアは呻いた。
なんて重い拳圧だ。こちらは両手で受け止めているのに、吹き飛ばされてしまいそうだ。
 姿勢を低くし、パンチを受け流し、ダッシュで真横へと移動しながら、バスターを浴びせ掛ける。
この強化されたバスターの威力なら、多少は効果がある筈だ。
 しかしキバトドスの装甲は、動きからは想像出来ない程に分厚く、
チャージのないセイアのバスターは、氷で覆われたその装甲の前に、無残に散らされた。
 ならば、とチャージしてバスターを放つが、キバトドスが眼前に配置したフロスト・タワーを貫くことは出来なかった。
「・・っ!」
 キバトドスの弱点は判っている。焔だ。
ファイヤー・ウェーブ。ラッシング・バーナー。ライジング・ファイア。マグマ・ブレード。
そして龍炎刃。翔炎山。
セイアが現在使える武装はこれだけだ。これをいかに有効的にキバトドスにぶつけるか。
 最も使いかってがいいのはマグマ・ブレードだ。
これなら通常のサーベル感覚で扱えるし、使用エネルギーも少ない。
「たぁぁぁ!」
 キバトドスは巨体だ。それ故小回りが効かない筈。
一度三角蹴りで壁に駆け上がり、エアダッシュでキバトドスを跳び越え、視界から消える。
そしてキバトドスが振り向くよりも前にマグマ・ブレードの一閃を叩き込む!
 一気に辺りに水蒸気が散乱し、二人の視界を奪った。
しかし、確実に斬り込んだ手応えはあった。
「・・くっ!?」
 しかし甘かった。水蒸気で視界が悪い中、唐突に頭部を鷲掴みにされ、セイアは思わず小さな悲鳴を上げた。
 エックスの強化アーマー並の剛性を誇るセイアのヘルメットが、ミシリと音を立てた。
セイアの数倍、下手すると十倍はある握力だ。こんな握力をいつまでも加え続けられたら、
それこそ一巻の終わりだ。
 セイアはつかまれたままバスターをチャージし、キバトドスの頭部目掛けて放った。
流石にフルチャージは堪えたのか、少しの隙が出来た。その隙に掴んでいた掌を引っ剥がし、
キバトドスの苦手とするだろう懐へと飛び込み、灼熱のサーベル、翔炎山を切り上げる。
 悲鳴を上げて反り返ったキバトドス目掛け、更に焔の塊――ラッシング・バーナーを連射!
「うぉぉぉ!!」
 直撃、直撃、フロスト・タワーに掻き消された。
二発のラッシング・バーナーを受け、キバトドスは悲鳴を上げて炎上する。
手応えはありだ。しかし、まだ油断は出来ない。なにせ、相手はフロスト・キバトドス。この程度で倒れるようなら、
とっくの昔に倒せている筈だ。
 セイアはバスターの照準をキバトドスに向けたまま、ゆっくりとチャージを始めた。
キバトドスが飛び込んだ際に放つつもりだ。真面に浴びせれば、大ダメージが望める。
 再び氷の装甲を帯びたキバトドス。不意に拳を振り上げたかと思うと、
何もない空間に向けてねじ込んだ。
一瞬、セイアはその動作を理解することが出来なかった。理解したのは、見えない空圧に吹き飛ばされた瞬間だった。
 拳圧だ。拳圧だけで空気の弾丸を捻り出したのだ。
 校舎の壁に貼り付き、体制を立て直す。
だが三角蹴りで反転するよりも前にキバトドスがセイアの片足を掴み、セイアの比にならない程の腕力で、
彼を振り回し始めた。
「くそぉっ!離せっ!!」
 ライジング・ファイアを装填し、放とうと狙いを定めるが、
ぶんぶんと振り回される中、手元がぶれて狙いが定まらない。
 やばい!――セイアが心の中で叫んだとき、彼は空へ投げ飛ばされていた。
目の前にある校舎の窓硝子が、凄い勢いで通りすぎていく。
二階、三階、四階。次々と流れていく窓硝子の中、クラスメイトの姿がセイアの視界に一瞬入った。
「みんな・・!」
 呟いた時、流れていた窓硝子が途切れた。屋上まで投げ飛ばされたのだ。
すかさず壁を掴み、三角蹴りで駆け上がる。
よろめく身体を何度かの側転で支え、ホッと一息。しかしゆっくりしている暇はない。
すぐに校庭へ降りてキバトドスを倒さなければ、被害が広がってしまう。
 屋上の金網に足をかけ、飛び降りようとするセイア。
そんな彼の背中を、不意に灼熱の炎弾が直撃した。
「ぐっ!?」
 前につんのめりそうになったところをギリギリで堪え、セイアはすかさず後方へむけてバスターを放った。
しかし、それは撃ち落とす形で放たれた二発目の炎弾に掻き消され、相殺の形でその場で弾けた。
 炎弾を放った張本人の姿を確認して、セイアは苦笑少々、驚愕少々の複雑な表情を作る。
マグマード・ドラグーン。灼熱の格闘家の姿がそこにはあった。
姿が変わっている。スパイダス、フクロウル、キバトドスと同じように、リミテッドに感染しているのだ。
「ドラグーンまで・・!」
 前門の虎、後門の狼とはこのことだ。
セイアはすぐにダブル・サイクロンをバスターに装填した。ドラグーンの弱点は風。
使える武器はストーム・トルネード。ダブル・サイクロン・ウイング・スパイラル。
そして疾風。
 ドラグーンの素早い動きに対応するには、ダブル・サイクロンと疾風が有効だ。
まずはダブル・サイクロンをぶつけ、動きを止め、疾風を叩き込んで止めを差す。
 波動拳と呼ばれる炎弾をジャンプで避けたセイアは、すかざす二発のダブル・サイクロンを浴びせ掛けた。
だが、バックスウェーで躱したドラグーンは、セイアと同じように跳躍すると、
空中からの焔を纏ったキックを、深々とセイアの腹部に打ち込み、コンクリートに叩き付けた。
「くっ・・!!」
 呼吸が止まりそうになりながらも、追い打ちの踏みつけを身体をねじることで躱し、
代わりに起き上がり様に疾風を叩き込み、後退させる。だが、いかんせん咄嗟に放った攻撃。
殆ど効果はない。
 代わりに昇竜拳――アッパーカットを顎先に叩き込まれ、セイアは再びコンクリートに背中から叩き付けられた。
「・・・強いっ」
 キバトドスもドラグーンも、兄達が苦戦した強敵だ。
 いかに有効な特殊武器を持っているといっても、実力差が立ちはだかった。
しかも相手はリミテッドで強化され、更にその戦闘力を上げている。
まだ兄達を完全に超えきれていないセイアに、この二体は荷が重すぎた。
 強化アーマーを転送すればなんとかなりそうだが、生憎一年前の闘いで殆どのそれを破壊してしまった為、
今は装着することが出来ない。
 どうすればいい――セイアは上半身を上げながらに自問した。
 どうすればこの二体を倒せる。どうすれば――
『セイア、チカラガ欲シイノカイ?』
「・・・――・・!?」
 不意に頭の中で声が響いた。聞いたことのある声。
それは、自分と同じ声――
『欲シイヨネ。ダッテ、ソウスレバアイツ等ヲ倒セルモノ』
「なっ・・・」
『コンナ風ニ強ク、サ』
「・・・!?」
 奇妙な違和感を感じたセイアは、慌ててバスター化した自らの右腕を見やった。
 そして、驚愕。
 クリアレッドの装甲が、じゅくじゅくと蠕動し、形を変え始めていた。
一回り大きく。そして、バスターの四隅に小型のブラスターを更に増設して。
『ボクヲ受ケ入レテヨ、セイア』
「なにっ・・!くっ!?」
 再び灼熱の蹴りを見舞う為に飛び込んできたドラグーンに、セイアは慌てて変化したバスターを向け、放った。
さっきの数倍はある巨大なエネルギーの塊は、ドラグーンを一気に飲み込むと、彼をそのまま後方の壁にまで押し退けた。
チャージもそこそこの、咄嗟に放ったバスターだというのに、今まで放ったどの攻撃よりも、鋭くドラグーンを射止めた。
 その状況が理解出来ないまま、セイアはフラリと立ち上がった。
バスターの威力に満足げに笑う、頭の中の声。クスクスとした笑い声が、セイアの耳の奥で木霊した。
『ドウ?コノチカラハ。素晴ラシイデショウ、セイア。ボクヲ受ケ入レバ、モットモット強クナレルヨ。
 モットモット強ク。ソウ、兄サン達ヨリモモット、ネ』
「もっと、強く。兄さん達よりも・・」
 セイアにとって、『強さ』はある種のコンプレックスだった。
 いつも兄エックスの背中を見てきた。セイアにとってエックスは、誰よりも強い最強の戦士だった。
だからセイア自身、強くなりたかった。目的はなかった。ただ、兄に近づきたかった。
彼に認めて貰いたかった。そして、兄と共に闘いたかった。
 実際に兄と共に戦線を共にしたのは、最後の闘い。あのワイリーとの因縁をかけた闘いだけだった。
 兄は自分を庇って死んだ。それは弱かったからだ、誰でもない、セイア自身が。
 そして、今も自分は弱い。弱いから、キバトドスとドラグーンに対して劣勢なのだ。
このままでは、負ける。負ければ、あの時と同じ――次に失うのは、クラスメイト・・友達だ。
『サァ、ボクヲ受ケ入レテヨセイア。サァ』
「・・・僕は」
 セイアの瞳から、除々に光が消えていく。
『ソシテ最強ノレプリロイドニナロウ』
「最強の、レプリロイドに・・・」
 身体が浮いた。起き上がったドラグーンが、昇竜拳でセイアを殴り上げたからだ。
しかし痛みはなかった。実感もそれほど沸かなかった。
 落下していく感覚はあった。真横で、さっきとは逆方向に窓硝子が流れていく。
『サァ・・・』
 次に変化したのは、全身だった。
グチュグチュと装甲が変化を始める。それが姿ずつ形になっていくにつれて、力が漲ってくるような感覚が、セイアを包んだ。
 どぼんっ!
「・・・!」
 ハッとしたように、セイアは意識を覚醒させた。
 息がくるしい。ついでに視界が多少ぼやけ、全身が一気に冷却され始めている。
一気に落下速度を削がれた中、地面と思しき場所を蹴り、空へと舞い上がったところで、
セイアはようやく今自分が置かれている状況を確認すると共に、ぼやけていた意識を急速に目覚めさせた。
 プールだ。どうやら屋上から昇竜拳で吹き飛ばされて、そのまま校舎裏のプールに落とされたようだ。
「まずいな・・」
 ボソリと口の中で呟いたセイアは、スタッとプールサイドに着地する。
 屋上にはドラグーン。そして、校庭には未だにキバトドスがいる筈だ。
そして・・・――そして、今までの経験を考慮するなら、ここにも一体――
「くそ、またかっ!」
 水面が波打っているのが見える。
光の加減でよく見えない位置に、セイアよりも少し大きいくらいの影が、水面下で動くのが見えた。
 スパイダス。フクロウル。キバトドス。ドラグーン。それは全てレプリフォース大戦時に兄達と闘ったレプリロイド達だ。
もし今回もレプリフォース大戦時のレプリロイドが出現するとしたら、
あそこにいるのは、水中での戦闘を得意とするレプリロイド。ジェット・スティングレン。
「ショットガン・アイ・・」
 姿が見えた瞬間、弱点武器である氷を放とうとしたセイアだったが、
水面から手だけを伸したスティングレンに不意を突かれ、そのまま再びプールへと引きずり込まれた。
 ショットガン・アイス。クリスタル・ハンター。フロスト・シールド。
フロスト・タワー。ジェル・シェイバー。アイス・バースト。
そして氷烈斬に飛水翔。氷狼牙。スティングレンに使用出来る武器はこれが全部だ。
 足首を掴まれ、プールの中を引きずり回される状況の中、使用出来る武器は限られてくる。
それにここはプールの中だ。迂闊に氷の武器を発射すれば、辺り一面を全て凍結させる羽目になる。
そうなれば自分も不利だ。弱点武器は使えない。
 炎と電気も駄目だ。炎で水を熱すれば、下手をすれば自分もダメージを受ける。
電気もまた然り。
 このままではどっちにしろ埒が明かない。プールの中にいる限り、セイアの不利は覆せない。
「コイツっ・・!」
 どんどんとスピードが加速し始めている。
どうやらこのまま加速をつけたままセイアを壁に叩き付けるつもりらしい。
そうなったら大ダメージだ――この変化したアーマーの力がどれ程かは判らないが――
そうされる前になんとかして脱出しなければ――!
「やばい・・!」
 セイアがダメージを覚悟した矢先だった。
「セイアっ!」
 声が響いた。と、同時に束縛が外れ、セイアは勢いのままにプール内の壁に貼り付き、
プールサイドを掴んで水上へと駆け上がった。
 水中のスティングレンの胴と、セイアを掴んでいた右手から、少量のオイルが漏れていた。
どちらも鋭い穴がぽっかりと一つ空いている。どうやら、かなり出力のあるレーザー銃を使用したのだろう。
「セイア、大丈夫か!」
 レーザー銃で更に水中のスティングレンを牽制しつつ、声の持ち主は素早くセイアの横へと駆け寄ってきた。
セイアもバスターをプールへと向けるが、彼はいまのセイアの姿を見て、思わず絶句したようだった。
 クリアレッドの装甲。それは、今さっき目にしたばかりのセイアの姿とはかけ離れていた。
所々がシャープになり、突起が現れ、攻撃的なデザインとなっている。
良く良く見ればバスターも更に変化していた。四つの小型ブラスターを四隅に搭載した、さっきよりも一回り大きな形へと。
「セイア、お前一体・・」
「駄目だ、ウィド!!」
 ウィドの言葉を遮り、セイアはどんっとウィドの身体を押し退けた。
 プールから飛び上がってきたスティングレン。
セイアはスティングレンが連発してきたエイの形をした機雷をサーベルで斬り裂きつつ、
空中のスティングレン目掛けて跳んだ!
「飛べっ!!」
 懐へと飛び込み、バスターを至近距離から放つ。
 その威力で吹き飛んだスティングレンをプールサイドで引っ掴み、
校庭の方向目掛けてぶん投げたセイアは、それを追い掛ける形で跳び去ってしまった。
「ま、待てセイア!」
 ウィドは慌てて手を伸したが、セイアには既に届いていなかった。
 通常弾でスティングレンを吹き飛ばし、落下したスティングレンを校庭まで吹き飛ばす程の力。
ウィドの知るセイアのスペックでは、それは有り得ないことだった。
フルチャージならいざ知らず。強化アーマーならいざ知らす。
いや、寧ろ強化アーマーのバスターを超えていた。腕力を超えていた。
「セイア・・・」
 一瞬目を離した隙に変化していたセイアのアーマー。
      • ――リミテッドの感染が広がっている?
 リミテッドの力がセイアに回り始めている。セイアが、少しずつリミテッドに侵され始めている。
あのアーマーは、バスターは、その証拠なのではないだろうか。
 早くセイアを止めなければ――ウィドは直感的に悟った。
 早く止めなければ、取り返しのつかないことになる。そう、ウィドの直感が悲鳴を上げている。
早くセイアをなんとかしなければ、
セイアは・・セイアは、セイア自身から生まれた闇によって――悪夢がウィドの脳裏をよぎった。
「セイアっ!!」
 ウィドは走った。校庭目掛けて。セイアを止める為に。
セイアを侵食し始めているリミテッドを、阻止する為に。



『ドウダイ、セイア。強クナルノガ判ルダロウ?』
 校庭へと跳ぶセイアの脳裏を、再び自らの声が埋め尽くす。
『今ノチカラナラ、アンナ奴ラヲ倒スコトナンテ造作モナイコトダ』
 声が響く度、全身が一つの『力』となっていくのが判った。
『サァ、消シテシマオウ。今ノ絶対的ナ『チカラ』デ』
 麻酔をかけられたように、身体の感覚が浮き上がっていく。
その反面、全ての動きがスローモーションに見え始める。まるで、自らのスピードが辺りを一気に超越したかのように。
校庭に激突したスティングレンの次に放つ攻撃も、手にとるように判った。
いつの間にか集結していたキバトドス、ドラグーンは攻撃のモーションすらとっていないが、
同様に彼等が次に放つ攻撃がどういったものなのか、本能が教えてくれた。
「遅い」
 スティングレンのエイ型の機雷をダッシュで真横へ移動しつつ躱し、
その方面で待ち構えるキバトドスの懐へ、一気に飛び込む。
ホーミングしてきたエイ型の機雷をギリギリまで引き寄せ、セイアはその場で跳躍。
その動きに反応しきれなかった機雷は、そのままキバトドスを直撃。
セイアは空に浮いたまま、足元から波動拳を連発してくるドラグーンに向かってショットガン・アイスを放ち、
それを相殺する。そして続けざまにフロスト・タワーを投げつけ、着地。
起き上がったキバトドスに向かって、
灼熱のアッパー・カット――ドラグーンからラーニングした新必殺技『昇竜拳』――を叩き込む!
 燃え上がり、悲鳴を上げるキバトドス。
セイアを後方から狙い、突撃してくるスティングレンを、セイアは振り返り様に掌で受け止め、
その顎先を蹴り上げると共に自らも跳躍し、氷烈斬で地面に向かって斬り下げる。
 セイアが着地した瞬間、三体のリミート・レプリロイドは同時に膝を地面に突いていた。
不思議と、息切れはしなかった。特殊武器・ラーニング技を連続使用したにも関わらず、疲れもそれほど感じない。
全ての感覚が悦へと変わっていく。バスターを放つ感覚が、サーベルを振るう感覚が、
敵の悲鳴を拾う感覚が――全てがセイアの心を奥底から打ち震わせる。
「セイア、セイア止めるんだっ!!」
 ウィドが追い付いてきたとき、
セイアはキバトドスを両掌から放った極太のエネルギー――ドラグーンからラーニングした『波動拳』で、
消滅させた後だった。
 パラパラと降り注ぐキバトドスの破片の中、セイアはゆっくりとウィドの方を見た。
そして、戦慄。ウィドに向かって頬笑むセイアの双眼は、真っ赤だった。
「そんな・・・」
 既にリミテッドに取り込まれてしまったのか――ウィドが怖じ気付く間にも、セイアのアーマーは更にその形状を変え始める。
更に攻撃的に、もっとシャープに、今以上に狂気的に。
グチャグチャとセイアのアーマーの上で蠕動するリミテッドに、ウィドは吐き気すら覚えた。
「こんなに、早く・・・」
 そんなセイアの背後から、エイ型の機雷と波動拳が同時に襲う。
しかしウィドがセイアの名を呼ぶより早く、その二つの攻撃は火に水をかけるように瞬時に消え、
セイアの姿は残像を残しながらスティングレンの懐へと移動していた。
 グシャッ。音を立てて、セイアはスティングレンの頭部を乱暴に握りつぶす。
突然に指令を失った全身が痙攣を起こし、ピクピクと動くのを、今度はショットガン・アイスで氷付けにしたのち、
ファイヤー・ウェーブで粉々に砕いた。
 空中から灼熱の飛びげりを放ってきたドラグーンの攻撃は、首を傾けることで静かに躱す、
身体を翻してその片足を掴み、力任せにへし折った。
ドラグーンが地面に落下するより早くその両腕を掴み、今度は胴体から引っこ抜く。
もはやただの物質となったドラグーンの両腕を投げ捨てて、セイアは顔面にかかった返り血――オイルをペロリと舐め取る。
そして最後にピタッとその胴にバスターの銃口を突き付け、破壊的な紅の閃光が迸った。
「・・・セ、イア」
 ウィドには信じられなかった。
セイアの形相も、目の前で起きている惨劇も。
 睡眠不足から来ているのだろう気怠さが、ウィドを一瞬、これも夢の中の出来事だと錯覚させる。
全てが夢であればいい、と。もうすぐ目覚まし時計が自分を現実に引き戻し、平和な朝が来るのだと。
 これは、夢――?
違う、現実だ。セイアから放たれるプレッシャーも、がくがくと震えすら覚え始めた両足の感覚も、
そして、校庭いっぱいに散らばるレプリロイド達の破片も、オイルも。
 カチャッ。静かにセイアのバスターがウィドに照準を定めた。
そして、視線はウィドから教室へと移る。ウィドを撃った後は、生徒たちを撃つ。まるでそう云っているかのように。
「セイア、嘘だろう・・・?」
 ウィドが呼びかけても、セイアは一向に表情を変えない。
いつも通りの、いつもと同じセイアの笑みを浮かべて、『彼』はウィドを見る。
 いつもと同じ笑み。変わらない、何も変わらない。
それでも、全く違う笑み。違う、セイアの頬笑みはこんなものじゃない。こんな、無表情の笑みじゃない。
心の中が悲鳴を上げた。自分が撃たれるからではなく、セイアがリミテッドに負けたことから。
 あの光弾を受けたら、ウィドは死ぬだろう。意識する間もなく、木っ端微塵となって。
そうすれば、何も意識することはなく死ねる。死ぬことに、それほど抵抗はなかった。
 しかし、あのセイアに撃たれて死ぬのは嫌だった。
セイアに、初めての友達の弟に、そして今は自分の最も大切な友人に撃たれて死ぬのだけは――
孤独を抱えたまま死ぬのは、嫌だ――
「セイア、やめて、くれ・・」
 喉が、押し潰したような、悲鳴に似た声を紡ぐ。
 セイアは、そんなウィドの呻きにも似た声を聞くと、初めてピクリと眉を潜めた。
 それ以上は声が出なかった。何も、云えない。全身が麻痺したように。
セイアのバスターは止まらない。止める要因は、無いのだ。
 しかし、要因はあった。止めたのは、一番近くの教室の窓からセイアに向かって投げつけられた、一つの筆箱だった。
「・・!?」
 飛んできた方向を、セイアとウィドは同時に見やる。
ウィドは見開いたままの瞳で、セイアは無表情のままの瞳で。
 そこは、セイア達のクラスだった。2-C。
その窓際にはクラスメイト達が押し寄せていて、一人の気の強そうな女子生徒が、
筆箱を投げつけたままの姿勢で、セイアを見ていた。その大きな瞳に、止めどなく涙を溜めて。
「止めて、徳川君!!!」
 涙声を無理矢理に張り上げた為に、裏返った声だった。
それでも、それでも懸命は女の子はセイアを睨め付けながらに叫ぶ。
元は必死で制止していたクラスメイト達も、少しずつ呼応し始め、次第には教師を含めてのクラス全員が、
セイアに向けて声を張り上げていた。
 本当のセイアを、クラスメイト達は知っていた。
徳川健次郎という名の本当のセイアを。
ドジで天然ボケで、よく転んで、甘ちゃんで、他人にはとびきり甘くて、それでも闘うときは強い意志を持って臨むセイアを。
ウィドと同じように。そして、ウィドよりももっと、沢山のセイアを。
「・・・――っ」
 クラスメイト達の声の中で、セイアは頭部を抑え、苦しそうに呻いた。
バスターの銃口に収束していたエネルギーが弾け、素手へと還った右腕は左腕と共に頭部を抑える。
 クラスメイト達の声に反応している?――ウィドは、薄れかけていた自意識をなんとか覚醒させつつ、思う。
まだリミテッドはセイアの心を完全に支配してはいないのだ。
セイアがウィドを、クラスメイト達を撃てないのがその証拠だ。真紅になっていたセイアの瞳も、翠に戻りつつある。
 濁音だらけの呻きを上げながら、セイアは苦し紛れに再び右手をバスターへと変型させ、
今度はそれをクラスメイト達へと向ける。
銃口には真紅のエネルギー。それを発射すれば、あの程度の教室を粉々にすることなど、あのバスターにとっては他愛のないこと。
 まずい!――ウィドがレーザー銃をセイアに向けようとしたとき、それはウィドよりも早くセイアを制止した。
「やめろっつてんだろうが徳川っ!!」
 グラリとセイアの姿勢が揺れた。
 見覚えのある少年だった。セイアと自分の斜め前の席に座っていた、
クラスメイトの、確かフレッド・ミルド。
 いつの間に校庭へ飛び出してきていたのか。今にもバスターを放とうとするセイアに向かって、
無謀とも思える飛びげりをかましたのは、彼だった。
勿論効く筈がない。セイアは、ロックマン・セイヴァーは今や最強のイレギュラー・ハンター。
それに対してフレッドはただの男子中学生。その力の差は歴然だった。
 セイアの攻撃目標が教室からフレッド一人へと移り変わっただけだった。
不意にバスターを向けられたフレッドは、「っ!」と声にならない悲鳴を上げる。
ウィドは、咄嗟にフレッドへ向けて跳んでいた。
「止めろセイアっ!」
 紅の閃光がウィド達の真横ギリギリを掠め、校庭にクレーターを作り上げる。
ゴロゴロとフレッドを抱えたまま何度か転がったウィドは、起き上がり様にフレッドを怒鳴り付けた。
「馬鹿野郎っ!何故出てきたっ!!」
「煩ぇっ!アイツは、徳川健次郎は俺のダチだっ!止めるために決まってんだろうがっ!」
「それが馬鹿だと・・」
 言い終わる前にウィドとフレッドの足元が爆ぜ、それを遮った。
 ウィドはどんっとフレッドを背後に回し、再び声を張り上げた。
「お前は逃げろ!お前がいたところでどうこう出来る筈がない!」
「だったら手前は出来んのか!?そんなレーザー銃で何が出来んだよ!」
「健次郎は、セイアはまだ飲み込まれたわけじゃない!」
 乗り出してくるフレッドをもう一度押し退けて、ウィドはキッとセイアを睨み付けた。
 さっきまで竦んで動くことが出来ずにいた自分が、酷く恥ずかしかった。
力のない者達の方が余程勇気がある。いつ撃たれるか判らない者を相手に筆箱を投げつけ、声をかけるクラスメイト達。
そしてそのクラスメイト達が撃たれようとしたとき、命を賭して、友を止めようと向かってきたフレッド。
 少なくとも彼等よりも力のある――この状況のなか、クラスメイト達を護るべき立場にいる自分。
そんな自分が、竦んでいるわけにはいかない。彼は、セイアはかけがえのない友なのだ。
その気持ちは、クラスメイト達に負けていないと自信を持って云える。
「止めろ、セイア」
 バスターを向けたまま、ウィドを睨み付ける真紅の瞳に向かって、ウィドは云った。
「お前はまだ完全にリミテッドに侵されたわけじゃない筈だ!」
 セイアは表情を変えない。さっきまでの呻きも、かといって微笑すら、そこにはなかった。
ウィドを観察するように、様子を見るように、ただ何も無い、無表情。
「お前は自分の手でクラスメイト達を、友達を殺したいのか?違うだろう!?」
 ザッとウィドが一歩踏み出すと、セイアはそれに押されるように一歩後ずさりする。
一歩、また一歩とウィドが踏み出す度に、セイアは後ずさりを繰り返す。
 ウィドは服の中にしまっていた金色の柄をそっと手にとり、叫んだ!
「そんな程度のものに負けるのか!?エックスとゼロに何を教わった!!」
 そしてセイアのバスターをも無視し、金色の柄の真の姿――ゼット・セイバーの刃を具現化させつつ、
セイアに向かって飛び込む!
 ザンっ!――ゼット・セイバーのエネルギーの刃は、セイアのアーマーに触れる直前のところで、
ダークグリーンの掌によって遮られていた。
「なにっ!?」
『アハハハ、面白イ茶番ダネ』
 セイアとは違うねもう一つの声がウィドの耳を打つ。
にゅるりと、セイアのアーマーから生えていた腕はそれを中心にゆっくりとその全容を現わし始める。
静かに、ゆっくりと。出現したのは、どす黒い色をした、球体だった。
 それはフワフワと浮かび、セイアとウィド、フレッドから十歩分程離れた場所まで行き、そこで止まった。
ぐにゃぐにゃと動き始める球体は、次第に三つの塊へと別れると、その場の地面へと降り、
それそれがそれぞれ、違う姿の人型を象り始めた。
「アレは・・」
「っ・・・」
 不意に倒れ込んできたセイアを、ウィドとフレッドは慌てて受け止めた。
クリアレッドのアーマーが消え、真紅の瞳も元の翠のものへと戻ったセイア。
意識はあるらしく、人型が完全にその形容を現わしたときには、セイアもまた、その姿を見届けていた。
「来る」
 ボソリとセイアが呟いた瞬間。三体の人型は静から瞳を開いた。
開かれた六つの瞳は、全てが真紅。セイア達には、それは血の色に映った。
 一体は丸っこいダークグリーンのアーマーの青年だった。真紅の瞳、アーマーの所々に走る雷のマーク。
 一体は銀の長髪をヘルメットから垂らし、鎧の色は漆黒。瞳の色はやはり真紅。
 そして最後の一体は、ダークレッドのアーマー。頬に走る雷の刺青。
口もとに浮かぶ妖しい微笑。そして、他の二体にはない、何か不思議な威圧感。
 セイアは、ウィドは、フレッドは、その姿を見て絶句した。
 それはエックスだった。それはゼロだった。それはセイアだった。
三体全てが、細部は違えど、エックスの、ゼロの、セイアの姿をしていた。
 セイア達が戦慄していると、セイアの姿をしたリミテッドは、クスクスと笑いながら云った。
「吃驚だったよ。もう少し楽しめると思ったのに、思ったよりも早く振りほどかれちゃったね」
 語尾に音符がつくような、弾んだ口調だった。
しかしその言葉に好意的意味はない。所々に殺気すら見え隠れする、そんな口調だった。
「でも、そっちも大分吃驚してるようだね。セイア。当然かな?
 そうだよね。なんてったって、エックス兄さんとゼロ兄さん、そして君自身と同じ姿をしているもんね、ボク達」
「何者、なんだ・・」
 セイアが尋ねると、セイアの姿をしたリミテッドは、大袈裟に意外さをアピールし始めた。
「尋ねる必要なんてないんじゃない?それとも、ボク達の名前を知りたい?
 だったら教えて上げる。ボクの名はイクセとでも云っておこうかな」
「イクセ・・・」
「そう。そして彼等はイクス兄さんとレイ兄さん」
 データ通りだ、とウィドは内心で呟いた。
 やはりエックスの姿をしたリミテッドの名はイクス。
しかし、レイというリミテッドが発生したというデータは残っていない。
やはり、エックスとゼロのDNAを持ったセイア自身が生み出した、新たなリミテッドの一体なのか。
「自己紹介も終わったところで、ボク達を振り切ったセイア、君と少し太刀合わせがしたいな」
「くっ・・!」
 セイアがエックス・サーベルを構えようとバックパックに手を伸したとき、
イクセを止めたのはレイ――ゼロの姿をしたリミテッドだった。
「やめておけ。ここで闘う必要はない。それに、いずれ嫌でも闘う羽目になるんだ。慎め」
「レイの云うとおり。俺達三人を一気に相手にさせちゃ、彼が可哀相だ。
 それにどうせ闘うのであれば楽しみたいだろう。勝敗が判っている闘いならなおのこと」
 レイに続いたのはイクス。兄と同じ声だった。
「あらら、兄さん達はこう言っているようだし、またの機会にしよっか、セイア?」
「彼は体力を失っている。それに、大切な『オトモダチ』もいるようだし」
 イクスの付けたしに、イクセはクスクスと笑う。
 セイアは、ギリリと歯軋りをしつつ、その反面でこのまま闘っても勝てる可能性が限りなく薄いことを実感した。
「と、いうわけで。また逢おうね、セイア。その内みんなで遊びに行くからね」
「少しは楽しみたいものだ。それまでに、腕を磨いておけ」
「大丈夫だ。暫く休んでいてやる。その間に、やり残したことを済ませておくんだな」
 イクス達はそう言い残し、次々と光の線となり、上空へと消えた。
 セイアは三本の光を見送り、呟く。
「イクセ、レイ、イクス・・・」
 そして、グッと拳を握り締める。
アレは、セイア自身が生み出してしまったものだと判っていたからだ。
 自分と同じ姿のイクセ、エックスと同じイクス。そしてゼロであるレイ。
戦闘力はオリジナルの比ではない。自分が生み出した為か、皮肉な確信を持てた。
「セイア」
「徳川!」
 振り向くと、ウィドとフレッドがニッと笑ってセイアを見ていた。
教室の方を見ると、ホッと胸をなで下ろした生徒達が、こっちに向かって「徳川君」と呼びかけている。
 セイアは、その姿に、声に、不意に涙が出そうになった。
結果としては闘う羽目になったが、セイア自身がリミテッドの呪縛を振り払えたのは皆の、友達のお蔭だったからだ。
 溢れそうになる涙を拭い、セイアは再びイクセ達が消えていった方の空を見る。
ウィドが足元に落としたビーム・セイバー――ゼット・セイバーを拾い上げ、展開する。
「ウィド、どうしてこれを?」
「そ、それは。ぐ、偶然頼まれたんだ。ゼロに。お前に渡してくれって」
 嘘だった。しかし、まだウィドはセイアに自分の素性を明かしたくはなかった。
それに、下手に事実をばらすより、今のセイアには前を向いていて欲しかった。
「そっか。ありがとう、ウィド」
 そして、思い切り上空を向けて電刃Ⅹを放つ!
「リミテッド。イクセ、レイ、イクス。・・・僕は、ボクは闘うよ。逃げやしない!!」
 電刃Ⅹのエネルギーの刃が消えていく上空から、イクセのクスクスとした笑い声が降ってきたような、そんな気がした。
それでもセイアは瞳を逸らさない。胸に手を当てれば、エックスが最後に残した言葉が蘇る。
そして今、右手の中にあるゼット・セイバーは、兄・ゼロの心をセイアに運んできてくれた。
 奴等は三人だ。イクセ、レイ、イクス。
しかしセイアの中にも、エックスとゼロの志は生きていた。
 それが生きている限り、もう二度と負けない!――セイアは、上空を見上げたまま、心の奥で決心するのだった。
「兄さん・・・見てて」


次回予告

イクセ、レイ、イクス。突如して僕から生まれた、三体の強力なリミテッド。
その足どりを追う中、容赦無くリミート・レプリロイドは僕達に襲い来る。
なんだって!?ハンターベースのマザーコンピューターが暴走してる!?
行くしかないか、電脳世界へ。マザーコンピューターのセキュリティを掻い潜り、
侵入した謎のプログラムを除去出来るのは僕しかない!
来るなら来い!イクセ!僕は全力で闘うまでだ!

次回 ロックマンXセイヴァーⅡ 第参章~交差する力~
「・・・負けないよ、絶対」


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最終更新:2012年09月11日 17:34