ロックマンXセイヴァーⅡ 第参章~交差する力~後編

「ようやくここまで辿り着いた。さぁ、姿を現わせウィルス!」
 第六階層へ辿り着くや否や、セイアは声を張り上げた。
 声の波というデータは、プログラム配列の隅から隅までを走っていく。現実世界の常識が通用しないここならば、きっとどこまでも声の波は届いたであろう。
 マザーコンピュータの第六階層。そこはイレギュラー・ハンターの最も深い領域であり、同時にマザーのCPUの中枢。
確かにここを攻撃されればマザーは容易く墜ちるであろう。問題は、ここまで辿り着く程の強力なプログラムがあるかどうか。
――事実マザーが暴走しているのだから、その答えはYesなのだが。
 さっきまでの第一階層から第五階層と較べ、第六階層の作りは偉く単純だった。
簡単に現わすとすれば、真四角のただっ広いフィールド。その側壁にはさっきまでと同じ模様が走っているが、目立った突起物はどこにも見受けられない。
本当に正真正銘の最深部なのだろう。何故かセイアはその作りに納得してしまった。
「・・・!」
 セイアの声が隅から隅まで届いたのを見計らったかのように、セイアの斜め上に光の輪郭が現れ始めた。
ブゥンという不可解な効果音を発しながら、それは少しずつその姿を形成していく。
 セイアが想像していたものよりも随分と現実味を帯びた姿だと思う。
思いの外それは人型だった。いや、動物をモチーフにした人型レプリロイドといった方が正しいのかもしれない。
 赤紫の外装に、大きく伸びた複数の羽。ゲイトのアーマーと同じくらいけばけばしいその姿に、セイアは確かに見覚えがあった。
同時に今までの事柄全てに合点がいく。マザーの暴走も、さっきの複数のウィルスも。
 セイアは呟く。ハイパー・リミテッドの恩恵を受けたであろう、黄泉より蘇った電脳世界の狂気の名を。
「サイバー・クジャッカー・・」
 自分の名を呼ばれ、クジャッカーはクックックと狂気的な笑みを浮かべる。
するとふっと彼の姿が掻き消え、すぐにセイアの目の前へと現れた。
 電脳世界においてクジャッカーは全ての法則を無視して移動することが出来る。
このフィールドは、いわばクジャッカーのクジャッカーによるクジャッカーの為の戦闘領域だ。
現実世界より参入したセイアは、この状況において極めて不利。
 それを理解しつつも、セイアはエックス・サーベルを抜くほか無かった。
コイツが暴走の原因である以上、例えここが奴専用のフィールドであろうとも闘わなければならないからだ。
『セイア、もうオペレートの限界時間が迫っている・・!イ・・ア、・・ア!』
「ウィド!・・一人で闘えってことか」
 ウィドの声が聞こえたのはほんの数秒だけで、すぐにその声はフィードアウトしてしまった。
本当に限界時間を過ぎてしまったのか、それともクジャッカーがジャミングしたのかは判らない。
けれど確かなことは、ウィドの助言を得ずにコイツを倒さなければならないこと。それだけだ。
「・・けど、それでも構わない。兄さんもたった一人でお前と闘い、お前を倒したんだ。ボクだって!」
 戦闘体制を整えたセイアに、クジャッカーは狂気的な笑みでそれを迎える。
リミテッドによって暴走した意識でも理解出来たのだろう。これから楽しい『狩り』が始まる、と。
彼はリミート・レプリロイドにしては珍しく言葉を吐いた。もはや意味を理解することがやっとの、機械的な口調だった。
『オ仕置キノ時間ヨ』
「行くぞ・・!」
 気合の声と共に、セイアは地面を蹴る!フルスピードのダッシュの瞬発力を利用し、クジャッカーの懐まで飛び込んだセイアは、
斬り上げる形で燃え盛る龍炎刃を薙ぐ!
 データにあるクジャッカーの弱点攻撃はソウル・ボディと龍炎刃。もっと云えば、高エネルギー密度を持つ武器と、炎属性を持つ武器だ。
セイアの武装リストを漁れば、そんな武装は幾らでもある。クジャッカーがエックスと闘ったときよりもパワーアップしていることは明白だが、
セイアには数知れない武装の利がある。
「っ!?」
 だがセイアの龍炎刃は空を掻いた。
これが現実世界であれば確実に斬り込まれていただろう刃は、クジャッカーが直前で姿を消した為に外れてしまったのだ。
 すぐに着地してクジャッカーの居場所を突き止めようと身体を捩るセイアだが、それよりも早くクジャッカーがセイアの背後に現れ、
その孔雀を模した大きな羽の一撃を彼の背に突き立てた!
落鳳破の元となったクジャッカーの羽の一撃は、成る程確かにエネルギー消耗の激しい技の元となっただけの威力がある。
すれすれで飛燕脚により急所を外したのは幸いだったけれど、このダメージはかなり重い。
飛行途中でバランスを崩され、セイアは地面に激突する形で先程の目的を果たした。
「ぐっ・・!ちぃっ!!」
 起き上がり様にチャージ・ショットを見舞うが、やはり直撃の寸前でクジャッカーは姿を消してしまう。
 どこだ――セイアはクジャッカーの姿を追うものの見つからない。だとしたら、クジャッカーは・・・自分の背後にいる!
「くっ!」
 再び落鳳破の一撃を受けそうになりながらも、咄嗟に発動させた氷狼牙がセイアを救った。
瞬時に天井までの大ジャンプを行い、難を逃れたセイアは、そのまま天井を蹴り、断地炎をクジャッカー向けて放つ!
流石にクジャッカーの処理速度もついてこれなかったのか、断地炎の炎がクジャッカーを包む。
 男性型にしては高過ぎる気色の悪い声で悲鳴を上げつつ、炎上したクジャッカーはのたうち回る。
セイアはその隙を見逃さない。すぐに両掌にエネルギーを収束させると、一撃必殺の波動拳を二発!
「時間がないんだ。眠れクジャッカー!」
 が、セイアの波動拳が放たれるよりも、クジャッカーが断地炎の炎から逃れる方がほんの少し早かった。
波動拳がクジャッカーの残像を砕く。「なに!」とセイアが声を上げた瞬間には、セイアの背をエネルギーの槍が打っていた。
 前につんのめりそうになりながらも、セイアは前転する形でなんとか体制を立て直す。
槍の飛んできた頭上を見上げると、両手を大きく伸したクジャッカーが眼下のセイアを見ていた。槍だと思っていたのはクジャッカーの羽だったのだ。
よくよく見ればセイアの胴の部分にロックオンのグラフィックが重なっている。恐らくあれがエイミング・レーザーの元となった技に違いない。
「くっ・・。人の背後ばかりを狙う戦法は相変わらずか」
 エックスが闘ったクジャッカーも、場所は違えどサイバー・スペース内のものだった。
その際もエックスは背後ばかりを取るクジャッカーの戦法に苦しめられた。全く兄弟揃って舐められたものだと、セイアは舌打ちするが、
この状況を打破出来ないのであればどうしようもないこともまた事実だった。
『逃ガサナイワヨ』
「やる気だな・・!」
 クジャッカーの無数の羽が、ホーミング弾として次々とセイアを襲う。
ロックオンされた標的をしつこく狙うホーミング弾は、止まることを知らない。データにはエイミング・レーザーには射程距離があると記されているが、
リミテッドによってパワーアップしたクジャッカーにそんなデータは通用しそうもない。躱すか打ち消すしかないのだ。
 ある程度ダッシュと三角蹴りを駆使して逃げ回ったセイアだが、留まることを知らないクジャッカーの連射に、いつまでも逃げきることは不可能だった。
二、三発諸に受け止めてしまったセイアは、やがて躱すことを止めた。
真っ直ぐ一番遠い壁までダッシュで移動したセイアは、雨のように群がってくるエネルギーの槍の雨に、
バックパックの右側のセイバー・・ゼット・セイバーを抜いた!
「ボクがいつまでも逃げ回ってると思うなよっ!はぁぁっ!!」
 エックス・サーベルとゼット・セイバーの二刀流!両の剣に同時に天空覇を付加し、更に双幻夢を使って己の姿を二つと分ける!
四本の刃が降り注ぐエネルギーの雨にを迎え撃つ。余りにも一瞬の間に数多くのエネルギーがぶつかった為、その付近一帯を爆風がさらった。
勿論双幻夢を駆使したセイアもその爆風に呑まれる。クジャッカーはその様を見てけたけたと腹を抱えて笑った。余りに悪趣味な笑いだった。
 やがて爆風が晴れ、ボロボロの仮想ボディを抱えたセイアが姿を現わす。
メット部分のデータが吹き飛び、髪が露出し、肩アーマーは両肩共にない。酷く足りなくなった少年は、立っているのがやっとだった。
二本の剣のうち一本を失ったらしく、その手には申し訳程度に刃を具現化する光学剣が一本しかない。
それを地面に突き刺して杖代わりにしているのだ。今の彼に、攻撃力は殆ど残されていないだろう。
 しかしクジャッカーに慈悲という言葉はない。無情にもカーソルをセイアの胴にロックオンすると、
再びエネルギーの雨を降らせた。今度は四つの天空覇など放てないセイアは、次の瞬間には砕け散るだろう。
そして仮想ボディを破壊されたセイアは死ぬ。メインプログラムを破壊され、完璧に消滅するのだ。
『オーッホッホッホッホ!!』
 ザンっ!!
「砕けるのは・・・お前の方だ!」
『グギャアッ!?』
 クジャッカーの笑いが止まった。
 クジャッカーの胴には、光の刃が生えていた。
それを刺しているのは、キラキラと輝く紅の鎧に身を包んだ少年だった。
 クジャッカーが悲鳴を上げると共に、雨のようなエネルギーに晒されたボロボロの少年のデータが消滅する。
もはや修復不能にまで破壊されたあのデータは、もう二度と同じ姿には戻らないだろう。
「双幻夢だ・・クジャッカー。お前が例えこの電脳世界で自由に動き回れるとしても、ボクはその更に上を行かせてもらう!」
 そのままゼット・セイバーを振るい、クジャッカーを地面に叩き付ける。
そして自らも落下しつつ、ソウル・ボディを発生させる。
空中で停滞したソウル・ボディと、そのまま着地する本体。落下速度がやけにゆっくりだったクジャッカーより、セイア本体が着地する方が早かった。
 セイアは握り締めた右の拳に炎を宿す。エックス・ラーニングがフル回転しているのだ。
セイアのプログラム内で、再び二つの技が一つになった。今回チョイスされた必殺技は、昇竜拳と龍炎刃。
共に対空攻撃の頂点に君臨する必殺技の初代と新米。その二つが完全に一つとなった時、
セイアは地面を砕くほど強大な炎と共に飛び上がった。燃え盛る炎を携えた拳と共に!
「神龍拳ーっ!!」
 そして同時に神龍拳となった新ラーニング技のデータを転送されたソウル・ボディが、
空へ再び舞い上げられたクジャッカーに、炎の昇竜拳の連撃を見舞う。昇竜裂破だ!
『グギャアッアッァァツァッァァッァ!!』
 新たなラーニング技を二発も受けても尚立っていられる程、クジャッカーは頑強ではなかったようだ。
全身にグラフィックの炎を燃え上がらせたクジャッカーは、なんとかそれを振りほどこうと空中でもがくが、セイアの炎は決して甘くはない。
除々にクジャッカーの身体を蝕んでいく炎。それでもクジャッカーはしぶとくセイアを狙おうとしているのか、
セイアの胴にカーソルを合わせた。
「まだ動けるのか・・!?」
 が、クジャッカーのエネルギー弾がカーソルに届くことはなかった。
「君はもう用済みだ。足掻くのはみっともないよ」
「・・・!?」
 ダークグリーンの閃光がクジャッカーを呑んだ。
余りにも一瞬の出来事だった。気配すら感じさせず、それを放った者はセイアの後ろにいた。
 微かに煙の立ち昇るバスターをふりふりと振りながら、やってのけたこととは程遠い笑みでセイアを見る彼。
パラパラと落ちてきたクジャッカーのクズデータを見る目は、その笑みとは裏腹に酷く冷たかった。
「イクセ・・!」
「やぁ・・セイア。何を遊んでいるのかな?早くコイツを倒さないとマザーが危なかったんじゃないの?
 その割には随分手を抜いてたみたいだけど。大きなお世話だったかな?あは」
「くっ・・」
「それとも・・これが君の実力だなんて云わないよね。そうだとしたら、ボクはガッカリしちゃうかな」
 相変わらずの軽い口調には反吐が出る。云っていることは要約すれば「君はこんなにも弱い」・・ということ。
わざわざここに来たのはセイアに自分との力の差を見せる為か、それとも単に遊びに来たのか。
 どちらにしても太刀合わせに来たことは間違いない。セイアは、キッとイクセを睨み付けた。
「あーん恐い恐い。そんなに睨まないで欲しいなぁ。そんなに慌てなくっても、君とはゆっくり遊んで上げるよ」
「何の用だ・・!」
「随分表情が硬いなぁ、セイア。学校に居たときはもっとにこやかだったじゃない。健次郎君」
 いちいち人をおちょくったような言動を放つ奴だ。
セイアはカッと全身が熱くなるような感覚を憶えながらも、なんとかそれを抑えつけるコイツを相手に怒りを解放すれば、コイツの思う壺だ。
 しかしイクセはセイアの感情を奥の奥まで理解しているのか、また嫌味っらしい蔓延の笑みを浮かべた。
「あれあれ?随分と気が立ってるみたいだね。ボクがそんなに気にくわないかい?」
「・・・」
「あはは。当然かもね。知ってるかい?
 人は自分を見ると不愉快になるんだ。だから君はボクを認められない。ボクを見ると不愉快になるんだよ」
「だ、黙れ!ボクと闘いにきたのなら、素直にそう云ったらどうだ!!」
 ブンッと頭を振って怒鳴るセイアだったが、それもイクセには通用しない。
イクセにはセイアの全てが判っている。セイアの性格も、セイアの感情も、セイアの闘い方も全て。
もしゼロが今のセイアを見たのなら云ったことだろう。「闘いの中で無闇に感情を乱すことは死を招くことだ」、と。
「闘いたいのは君の方じゃないのかい?うふふ、まぁいいか。どうせボクは君の云うとおり、君と遊びに来たんだから」
「くっ・・勝負だイクセ!!」
 マザーの機能が完璧に戻ったというのに、再び闘いは始まってしまった。
 セイアはすっかりダイヴアウトのことすら忘れていた。目の前の自分自身の影に、それ以外のものが見えなくなってしまっていたのだ。
『セイア!セイア、応答しろ!』
 既に回復した通信で、何度もウィドはセイアに呼びかけていた。が、答えはなかった。
正確に云えば答えの代わりにセイアの怒声だけが聞こえていたと云うべきだろう。
「イクセぇぇぇっ!!」
「あはははは、そんな直情的な攻撃がロックマン・エックスの名を継ぐ者の闘い方かい?大笑いだよ!」
 セイアのバスターはイクセを掠るすら出来ない。
紅の光弾の弾道を全て読みきっているのか、イクセはひょいひょいとわざわざセイアを馬鹿にするような動きでそれを躱し、
その度に嫌らしい笑い声を浴びせた。
 セイアがゼット・セイバーによる接近戦を仕掛けると、イクセも同じようにバックパックのサーベルを抜き、それに応じた。
だがセイアの斬撃はどれも当たらない。イクセが的確に受け止める刃によって、セイアの斬撃は全て受け流されてしまうからだ。
「つまらない。つまらないなぁ、セイア。もっと本気で闘って欲しいよ」
「黙れ・・黙れぇぇ!」
「それともまだ本気になれないのなら、ボクがさせて上げるよ」
 イクセのサーベルの動きが、セイアには全く予想出来なかった。咄嗟にガード・シェルを出して防御したつもりの攻撃が、
いつの間にか背後から放たれていて、セイアは地面に倒れ込んだ。
 イクセの突きが、セイアの左胸を深々と裂いたのだ。これが現実世界なら一撃で機能が停止していただろう攻撃だが、
この電脳世界ではどこに心臓部があろうと関係ない。しかし受けたダメージが深刻なことに代わりはなかった。
 立ち上がろうと地面に手をついても、ぶるぶると腕が震えて力が入らない。
どれ程の一撃だったのかが一目で判る程のダメージだ。少しずつ視界がぼやけ始めて、嫌らしいイクセの笑みから遠くなっていく。
「くっ・・・そっ・・ぉ」
「・・正直期待外れだよ、セイア。君がボクの宿主だったと思うと、本当に残念だ」
「っ・・ちっく・・しょぉっ・・」
 ――駄目ダ・・・コイツニハ勝テナイ
 頭のどこかで誰かがそっと囁く。それは絶望的な言葉だった。
 ――コイツハ強スギル・・
 自分の攻撃が全く当たらない。どんな技も、的確に躱されてしまう。
 ――ボクハ・・コイツニ殺サレル・・
 視界がぼやけていくほど、頭の中の声は絶望の度合いを増していく。
 勝てない。殺される。負ける。強すぎる。恐い。恐い。
 コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
『諦メルノカ』
「だ・・れ」
 もはや意識が半分以上消失したところで、セイアに呼びかける声があった。
 ウィドの声ではない。かといってゲイトでも、勿論イクセのものでもない声。
 肉声・・ではない。この電脳世界内で肉声というにもおかしな表現だが、ともかくそれは空気が振動して伝わってくる声とは違う気がした。
 頭の奥に直接叩き込んでくるその声は、酷く機械的だった。まるで20XX年代のロボットのように。
『私ハ・・マザー』
「マ・・ザー・・?」
『ソウ。トハイエ、私ハソノ末端ニ過ギナイガネ』
「ふふ、どうしたの、もうお終いかい?最初の勢いはどこに行っちゃったのかなぁ」
 マザー。そしてそれと話すセイアの声がイクセには聞こえないのか、彼は倒れ伏したセイアを余裕の笑みで見下してくる。
勝利と落胆の入り交じった声で話すイクセの笑みは、セイアには酷く嫌悪感の対象として映るだろう。
けれど今のセイアにそれはない。意識は頭の中で話すマザーの方へ向いてしまっていたからだ。
「ど・・して」
『セイヴァー。君ガウィルスヲ除去シタコトデ君ニアクセススルコトガ出来ルヨウニナッタノダ』
 頭の中の声に意識を集中させながらも、セイアはぐっと身体を持ち上げた。
 イクセはそんなセイアの抵抗が嬉しくて堪らないのか、ようやく起き上がったばかりのセイアを思い切り蹴飛ばした。
後方の壁まで叩き付けられたセイアは力無く呻く。それでもまだ痛ぶり足りないというのか、イクセはつかつかとセイアに歩み寄ってきた。
『・・セイヴァー、今カラ君ヲダイヴアウトサセル』
「なん・・だって・・!?」
『君モ判ッテイルコトダロウ、セイヴァー。目ノ前ノ敵ニ君ハ手モ足出テイナイ。デリートサレル前ニ・・』
「嫌だっ!」
「・・へぇ」
 マザーに向けて怒鳴った声は、どうやら実際にも口に出していたらしい。
イクセは自らの拳を受け止めたセイアが、自分自身に向けて放った言葉だと思ったらしく、クスリと一つ喉で笑う。
 力いっぱいの握力でイクセの拳を握り締め、セイアは思い切りそれを引き寄せた。
意外なセイアの握力に驚いたのか、イクセが抵抗するより先に、彼のダークグリーンの鎧が紅蓮の鎧に吸い寄せられる。
セイアは頭の中でマザーに必死で抗議しつつ、もう片方の紅蓮の拳をイクセの顎先目掛けて叩き込んだ!
『馬鹿ナ・・。勝チ目ガナイコトハ判ッテイル筈。ココハ大人シク引クノダ』
「嫌だ・・、嫌だ。コイツから逃げるなんて、僕は・・僕は!」
『マテセイ・・・・・。・・イイダロウ』
 なおもセイアを引き留めようとするマザーの台詞は、途中で止まった。
 またウィルスが再発したのかと思いきや、それは違う。次に紡いだのは、無謀とも云えるセイアの行動を承認する言葉だった。
「昇竜拳か。ドラグーンなんかより一味も二味も鋭いよ。けど・・それじゃあボクには勝てない」
『外部カラ君ニアクセススル者ガイル。インストール所要時間ハ約三秒。ソノ隙ヲ、私ガツクリダソウ』
 昇竜拳を受けたイクセは、吹き飛ぶどころか顎すら仰け反らない。
顎の力だけでセイアの拳を押し返し、お返しとばかりに暗黒の炎を宿した昇竜拳でセイアを天井へと叩き付ける。
打撃の衝撃と衝突の衝撃を諸に受け止めたセイアは、受け身をとることもままならずに地面に激突する。
が、彼はまだ倒れなかった。頭の中で呟いたマザーの言葉を信じ、三度立ち上がったのだ。
「判った・・お願いするよ、マザー」
 セイアに直接データをインストールしようとしている者。それは、セイアの予想通りウィドとゲイトだった。
 現実世界では今丁度ゲイトがザコ掃除を終え、研究室に戻ってきていた。
ウィドは応答しないセイアに怒鳴り声を上げ続けていて、ゲイトが驚いて状況を確認した、ということだ。
「セイア、セイア!応答しろっ!!」
「ウィド君。そんなに声を上げては喉を壊してしまうよ」
「煩い!セイアが応答しないんだ。今セイアは・・!」
「・・・セイアと同じデータがダイヴした形跡があるね」
「・・何っ?」
 ウィドの怒声とは裏腹に、落ち着いた仕草でキーボードを叩いていたゲイトが呟いた言葉だった。
 ゲイトは「ふうむ」と疑問符を浮かべている様子だったが、ウィドは違った。
セイアと・・ロックマン・セイヴァーと同じデータ・シグナル。そんなものを持つ者は少なくともウィドの記憶の中では一人しか浮かばなかった。
「・・イクセだ」
「うん?」
「セイアは恐らくイクセと闘っているんだ。奴もマザーにダイヴしていたんだ」
「イクセ・・。ああ、確かセイアにそっくりなリミテッドの名前だったかな」
「・・だとしたら、セイアに勝ち目はない」
 セイアは今、殆どなんの追加装備もない状態でマザーにダイヴしている。
各種アーマーのデータも殆どが破損していて、仮想ボディとしてですら強化することがままならなかったからだ。
追加装備があると云えばゼット・セイバーが新たなに追加されたのみで、あとは全くのノーマル状態。
 そんな今のセイアがイクセに勝てる確立は殆ど無い。
恐らくはサイバー・クジャッカーとの闘いでエネルギーを消耗しているのだから間違いない。
「今すぐダイヴアウトを!」
「待つんだウィド君」
「なんだ。ダイヴアウトしなければ、セイアがデリートされちまう」
「だが仮想ボディをダイヴアウトの状態に切り替えなければダイヴアウトは不可能だ。
 それを無理矢理実行したら、それこそセイアが消去されてしまうよ」
「ならどうしろって云う・・・。・・いや、待てよ」
 ゲイトの胸ぐらに掴み掛かりそうな勢いだったウィドだが、何か思い当たる節があったらしく、わたわたと忙しく走り回り始めた。
何かを探し回っているらしかったが、なかなかそれが見つからないらしい。イライラし始めたウィドに、
ゲイトは懐から一枚のデータディスクを取り出して見せた。
「捜し物はこれかい?」
「それだ!」
 ほとんどひったくる形でディスクを受け取ったゲイトは、すぐにそれをモバイルのスロットに差し込んだ。
ガチャガチャとキーが潰れそうな勢いでキーボードを叩く姿は、まさに鬼気迫る感じだな。
ゲイトはそう思った。
「その未完成のアーマーをどうするつもりだい?」
「このデータをセイアに転送する。例えこれが未完成でも、奴を退けるだけの力はあるはずだ」
「・・もしデータにエラーがあれば、セイア自身に影響があるかもしれないよ」
「それでもイクセにセイアを倒されるよりはマシだ」
 そして黙々とキーボードをたたき続けるウィドに、ゲイトはそれ以上何も言おうとはしなかった。
 しかし――ゲイトは思う。果たしてこんなモバイルから、こんな膨大にデータをマザーが受け取ってくれるのだろうか、と。
普通ならば復旧されただろうファイア・ウォールが発生してそれを拒んでしまう。
それを突破するとすればかなりの労力だ。今からそんなことをしていたら恐らく間に合わないだろう。
「よし・・・!」
 が、ゲイトの予想とは裏腹に、未完成のアーマーのデータはマザーへと転送されていった。
 そんな馬鹿なと頭の中でも思うものの、事実は事実だ。
かつてエックスが云っていた、データだけでは観測できないものがあるというのはこれなのだろうか。
 それは単にセイアと会話するマザーがデータをインポートしてくれたに過ぎないのだが、
ウィドやゲイトにとって、それはまさに『奇跡』だった。

『ヨク聞ケ。私ガ床ノ一部ヲ爆破シ、奴ニ隙ヲツクル』
「あははは、それそれそれ!」
 イクセのバスターを二刀流の天空覇で打ち消すことが、今のセイアの限界だった。
 戦況は防戦一方。セイアは初めから全力で闘い、イクセは依然として余裕な表情を崩さないところを見ると、その力の差は明らかだった。
 だが、そんな戦況が一気に覆された。マザーの宣言通りにイクセの足元の床が破裂し、彼に一瞬の隙を作ったからだ。
「うあっ!?」
『ソノ隙ニ一撃ヲ叩キ込ムノダ。三秒間デイイ。奴ヲ食イ止メラレル一撃ヲ』
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 マザーに後押しされ、セイアは叫ぶ。
 咄嗟に両掌にエネルギーを集中し、増幅させ、そして放つ!
今のセイアが出来るであろう全ての力を込めた波動拳だ。
「くっ!」
 完全に防御を解かれたイクセが、そのまま後方へと吹き飛び、側壁に激突する。
 姿勢を崩しそうになりながらも、セイアはマザーが直接浴びせ掛けたデータを、文字どおり全身で受け止めた。
『Move Cross Armor To Saver』
 その瞬間光が迸った。セイアの胴を、四肢を、バスターとサーベル・・セイバーを貫く閃光。
蒼の光。紅の光。それがセイアのアーマーの上に、更に一回り大きな鎧の輪郭を描き始める。
 ――暖かい。
 疲れきった身体を包み込む温もりに、セイアは思わず眼を閉じた。
懐かしい誰かの温もりに抱かれて、ロックマン・セイヴァーは進化する。
そう・・かつての英雄の、兄達の、ロックマン・エックスとゼロの温もりに抱かれて。
 ――兄さん!
「おぉぉおぉぉぉぉっ!!」
 セイアの絶叫と共に、彼の全身を包み込んでいた光が晴れた。
 その鎧は、変わっていた。恐らく彼と彼の兄達を知る者ならば、全員が彼等三人全てを連想するだろう不思議な鎧。
 セイアの傷も疲労も、全てを包み込む新たな鎧は、セイアが今まで着けてきたどの鎧とも違った。
 力が漲るのを肌で感じる。いや、それ以上に荒れ荒んだ心が落ち着いていくのが判った。
「ふふふ、それが君の奥の手かい?面白いじゃないか!」
 初めてイクセの表情が変わる。余裕の笑みから、勝敗の判らない闘いへ臨む者の顔へと。
 パッパッと埃を払う仕草をするイクセは、やがて真っ直ぐにセイア目掛けてバスターを向けた。
初めてイクセのバスターに光が宿る。通常弾でも恐るべき威力があったイクセのバスターは、果たしてどれ程凶悪な破壊力を吐き出すのか。
さっきまでのセイアなら、その威力に恐れ戦いたことだろう。けれど今は違う。
「兄さん、もう一度ボクに力を貸して・・!」
 静かに頭上に掲げるゼット・セイバーから、天をも貫く勢いの巨大な刃が現れる。
 このクロス・アーマーのギガ・アタックのエネルギーを全てゼット・セイバーに流し込んで放つ、セイアの奥義。
 それはかつてDr.ワイリーとの最終決戦の際に一度だけ放つことを許された禁断の技であり、
二人の兄の最強の必殺技を寄り合わせた究極の一撃。
「勝負だイクセ!」
「さぁ・・見せてご覧よ。君の力をさぁっ!!」
「うぉぉぉぉ!!」
 イクセのバスターが火を吹いた。同時に、セイアが振り下ろした巨大なゼット・セイバーから、刃を模した強力なエネルギー波が飛んでいく。
 現実では不可能だろう速度で飛翔する二つの力は、二人の丁度真ん中で激突する。
一瞬の均衡のあと、それに勝利したのは・・・――
「ソウル・・ストライクっ!!」



 ――・・・そして静寂が戻る。
 立っていたのは蒼と紅の鎧、残ったのは抉られた電脳の床だった。
 セイアは仮想ゼット・セイバーが砕け散り、ガクんと膝をつく。
さっきまでイクセが立っていた場所には・・何も無い。イクセが砕け散ったクズデータも何も。
「・・・・」
 セイアは振り返る。本当なら気付きもしないだろう小さな気配に。
「ふふ・・油断したよ」
 イクセは立っていた。ザックリと胸に斬り込まれた傷を抱えて。
もしこれが現実世界ならば致命傷になっていただろう傷だが、
余程頑強なデータ構造をしているらしい、デリートには至らなかったようだ。
「イクセ・・」
「まさかこんな隠し玉があるなんてね。流石のボクも吃驚だ。
 今回は引くしかないみたいだね。でも、遊びとしては面白すぎたくらいだよ。ありがとうセイア」
 けどね・・・、とイクセは付け足す。
 ニコッと彼は頬笑んだ。彼を知らない者なら、可愛らしい無邪気な笑顔だと形容するだろう。
けれどセイアは違う。彼の裏側にあるドス黒い部分を知るセイアには、それがただの仮面にしか見えなかった。
 そして案の定イクセは言葉を紡ぐ。その空気に触れた血のようなドス黒い表情を表に出しつつ。
「次はないよ」
 そしてイクセは消えた。己が光の線となって、天井の方へと。
 ダイヴアウトしたのだ。セイアが同じことをすれば、彼と同じようにこの電脳空間から排出されるだろう。
 後に残ったのはイクセの笑い声。もはや狂気的という言葉がピッタリかもしれない程、狂った高笑いだった。
「エックス兄さん、ゼロ兄さん・・」
 ダイヴアウトすれば消えてしまう、自らを包む二人分の温もり。
セイアはそっと胸の部分に手を当てた。こんなに暖かいのに、
こんなに実感があるのに、現実の世界に戻れば消えてしまう温もりが今のセイアには酷く寂しかった。
 けれど同時にセイアは感じていた。兄達の絶大な力を。
その力はきっと、セイアに闘えと云っている。奴等を止めるために。自分達の代わりに、皆を護れと。
 セイアは内側から聞こえてくる彼等の声に、静かに頷いた。
自分に課せられた責任を確認するように。自らが彼等を生み出し、そして自分自身で倒さなければならないという決意を胸に。
 ――うん・・判ったよ兄さん達。ボクはロックマン・セイヴァー。だからボクは・・。
『セイア・・聞こえるか』
「・・ウィド?」
『無事、だな』
「・・・うん、ありがとう」
 身を包むクロス・アーマーとの別れを、セイアは感じていた。
ダイヴアウトが近いからだ。けれど、セイアは決してそれを拒否することはしない。
次に現実でこれを身につける時は・・これを着けるに相応しい心でこれを受け止めたいと思うから。
『ダイヴアウトするぞセイア。かなりの疲労が溜まっている筈だ。すぐに休息を取れ』
「判った。任務完了、これよりダイヴアウトします」
 己が身体が光の線となるのを感じながら、セイアは一粒の涙をこぼした。
 判ってはいたし、覚悟はしていたことだけれど、まるで再び兄達との別離を迫られたような気がしたからだ。
 ――セイアの感傷を尻目に、光の線となったセイアは、電脳世界の天井へと呑み込まれていった。



次回予告

闘いは終焉へと向かう。
イクセ達リミテッドに捕えられた僕と、呼び出されたウィド。五人の最終決戦が始まる。
違う!お前達は兄さんなんかじゃない!
究極の鎧を再び携えた僕の前に、遂に最凶の敵・デス・リミテッドが立ちはだかる!
これが最後だデス・リミテッド!勝つのは・・・勝つのは僕だ!
次回 ロックマンXセイヴァーⅡ 最終章~君を忘れない~
    • そして少年は・・・――

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最終更新:2012年09月11日 17:36