ロックマンXセイヴァーⅡ 最終章~君を忘れない~

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 ありがとう 兄さんへ――

 あなたは沢山のことを教えてくれました 沢山のものをくれました

 ありがとう 兄さんへ――

 あなたは強い心をくれました あなたは僕に剣をくれました

 ありがとう――友人達へ

 あなた達は僕を受け入れてくれました あなた達は僕に笑顔をくれました

 ありがとう――みなさんへ

 あなた達がいてくれたから 僕は楽しかったです

 とてもとても楽しかったです

 暖かな人生を歩めました 全てが僕の想い出です


 ごめんなさい――親友へ

 あなたを置いていく僕をどうか許してください

 あなたと過ごした時間は 僕の宝物だから...

 さようなら――親友へ




 君を忘れない






「なあ、セイア」
 ウィド・ラグナークがふとロックマン・セイヴァーに声をかけたのはいつだったか。
確かウィドが忙しくキーボードを叩いている様を見詰めている時だったように思う。
 彼の邪魔にならないように、とこちらから話しかけることを避けていたセイアは驚いた風に返した。
その拍子にぶちまけってしまった砂糖の塊がコーヒーの黒い波の中に呑み込まれる。
もう手遅れだなと諦めつつ、セイアはそれを自分で飲むことに決めた。
「何、ウィド?」
「お前は一番の願いが何かと聞かれたら、どう答える?」
「一番のお願い?」
 カチャカチャとスプーンでコーヒーを掻き混ぜ、一口口に含んでみる。
ミルクも入れていないブラックコーヒーは、余程身を投じた砂糖の量が多かったらしい。
甘党のセイアでもうぇっと顔を顰める程に甘かった。こんなものをブラック派のウィドに渡してしまったらと思わず肝を冷やす。
きっとコーヒー独自の味わいが失われただの、豆の美味さを台なしにしているだの云われるのだろう。
幸いウィドはキーボードを叩いた姿勢のまま振り向かないので、その事実は雲隠れしてしまいそうだが。
 何やらカチャカチャと慌ただしいセイアの様子をいぶかしげに思ったのか、振り向こうとするウィド。
セイアは慌てて手の中の甘すぎるコーヒーを飲み下した。ウィドが見たのはうぇーと顔を顰めるセイアの顔だけだった。
「・・何してんのお前」
「え、た、たまにはコーヒーでも飲んでみようかなって」
「なんでまたコーヒーなんか飲んでいるんだ、そんなしかめっ面までして」
「えーっと・・ちょっぴり大人さ!みたいな?」
 今の答え方は随分だったらしい。呆れたように溜息をつくウィドは、また振り返ってキーボードをたたき始めてしまった。
自分でも今の答え方はないだろうと内心苦笑しつつ、セイアはもう一個のマグカップにコーヒーメーカーからコーヒーを注いだ。
もうかれこれ数時間はキーボードを叩いている友人への労いの為だった。
「・・で?」
 暫くの間をおいて、ウィドの疑問の声が飛んでくる。見やるとまたウィドはキーボードを叩いているようだったが、
きっとさっきの質問の続きをしているんだろうとセイアは思った。
「・・・。僕の一番のお願いごとか」
「あぁ」
「なんでまたそんなことを?」
「ただの興味だ。答えたくなければ答えなくてもいい」
 不貞腐れたような云い方をするウィドの表情は、セイアには見えない。
だからセイアはきっと自分が答えるのを手間取った為にウィドが機嫌を損ねてしまったんだと思って、
慌てて答えようと口をぱくつかせる。改めて考えた、自分の一番のお願いはなんなんだろうと。
「僕の、僕の一番のお願いは」
「・・・・」
 いつの間にかウィドはキーボードを叩くのを止めていた。けれどそのことにセイアは気付かない。
俯くように、そして天井を見上げるようにセイアは云った。ウィドにその顔は見えなかったが、
きっとセイアは心底本音を云ったんだろうと彼は思った。
「落第しないでちゃんと進級して、学校を卒業することかな」
「学校を卒業すること?」
「うん。みんなと一緒に進路はどうしただとか、テストがどうしただとか、
 そんな風に普通の会話をしながら学校に行って、みんなと一緒に卒業したいんだ」
 ウィドは思わずプッと吹き出した。その答えが最強のイレギュラー・ハンターの発するものだとかは信じ難く、
それと同時に実にセイアらしい答えだったからだ。
 本当は腹を抱えて笑いたかったけれど、流石にまずいだろうと懸命に肩を震わせるウィドだが、
笑っていることがばれないわけがない。しっかり答えたつもりのセイアは、顔を真っ赤にしながら怒鳴り声を上げた。
「ちょっと!人が折角本音で答えたってのに笑うことないでしょ!」
「くくくく、いやいやすまん、実にお前らしい答えだと思ったら・・。くっくっくっ」
「全く。もうウィドに何か聞かれても真面目に答えて上げないよ」
 べえと舌を出すセイアに、ウィドは振り返って手を合わせた。
それでも彼はなかなか許してくれず、結局その日は仕事が進まなかった。
その所為で次の日は学校に遅刻してしまい、二人揃ってクラスメイトに笑われた。
 その時は気付かなかった。その時のセイアの顔に憂いがあったことを、今になってようやく思い出す。
何故あの時は彼はそれを云わなかったのか、ウィドには理由が判らなかった。
その時既にリミテッドは出現していたけれど、まだ比較的危機感を持っていなかったからかもしれない。
「そういうウィドの一番のお願いごとは?」
「秘密さ。人には黙秘権というものがある」
「ちょっ、人に喋らせておいてそりゃーないでしょ!」
「黙秘権の公使は自由権限だ」
 ウィドの一番の願いごとは、ゼロを目覚めさせることだった。




「セイア、今思えばあの時お前は何を云いたかったんだ・・?」
 今まさにスプリット・マシュラーム・リミテッドの心臓部を貫いたレーザー銃を静かに降ろしながら、
ウィドはあの時の出来事を思い出すように呟いた。煙を上げる銃口とは裏腹に、ウィド自身の意識は全壊したマシュラームへ一片たりとも注がれてはいない。
ウィドの瞳に映っているのはその先の光景だけだった。
 余りに自然という単語からかけ離れた世界。木々は一本たりとも生えず、辺りにはもはやレプリロイドだったと判別することも出来ない機械の破片の山。
乾いた風は破片の隙間を通り抜けて不気味に音を発する。それはさながら使者の悲鳴のようで、常人にはお世辞でも居心地がいいと云える場所ではない。
つい十年と少し前までは活気で賑わっていたこの場所は、今はもはや現世の阿鼻叫喚と云えた。
 旧イレギュラー・ハンターベース跡。今とは違い、部隊数も隊員数も圧倒的に多かった頃。そう、あのシグマがまだ第十七精鋭部隊の隊長を務めていた頃、
イレギュラー・ハンター達が籍を置いていた場所だ。今となっては見る影もないが、昨今に較べ、
あの頃のイレギュラー・ハンターはなんと安定していたことだろう。そう思うことすら、今となっては虚しい思考に過ぎない。
 さりとて旧イレギュラー・ハンターに所属していたわけでもなく、シグマの反乱を目にしたわけでもないウィドにとっては、
そんなことは眼中にすら入らない。ただただ静かに足を進め、一歩一歩とそびえ立つ廃墟へと歩いていく。
 巷ではもはや心霊スポットと騒がれることすらない程に不気味な廃墟。深夜に訪れる者なら、その光景を見ただけで背筋を凍りつかせるだろう。
事実、あそこには沢山の魂が散乱しているに違いない。魂というものが実在するかどうかウィドには判断しかねるが。
 旧ハンターベース跡で命を落とした者は数知れない。ある者は反乱する者達を止めようと。ある者は反旗を翻し、かつての同胞に撃たれ。
ある者は襲撃を試み、返り討ちにされ。そして襲撃され、闇討ちされた者。
ここが魂の集積所でなければなんなのか。それを形容する言葉も見つからず、さしてや形容する気もなく、ウィドはただ真っ直ぐに歩いていた。
「・・待っていろよ、セイア」
 囚われた親友を想う。この先には囚われの親友と最凶の敵がいるのだ。
 そう、つい数時間前にウィドはその事実を知らされた。知らされたというよりも一方的に突き付けられたという方が正しかったかもしれない。
 マザー内でイクセを退けたクロス・アーマーを現実のものとして完成される為には、材料が圧倒的に不足していたのだ。
鎧の剛性を確保する合金。出力を高めるジェネレータ。安全性を保証するプログラム。その全てが足りなかった。
 中でも入手が難しかったのがオリハルコンである。エネルギー出力を増幅させる恰好の材料であると同時に、
鎧の剛性を上げ、更にはその他の資源とは比べ物にならない廃熱力。かつてギガ粒子袍エニグマに利用されただけのことはある、別名奇跡の宝石。
 当初オリハルコンを使用する予定はなかったのだが、急速にクロス・アーマーを組み立てるには必要不可欠だった。
更にはマザー内でセイアが使用した奥義・ソウル・ストライクに剛性が追い付いていない事実が発覚し、どちらにせよオリハルコンを使用せざをえなかった。
だがオリハルコンを手に入れさえすれば話は簡単だった。マザーの電脳世界での闘い以来、身体に無理を強いてまで完成させたプログラム、
鎧の型も既に出来ている。あとは鎧を構成する材料があれば良かった。
 そしてオリハルコン使用の有効な副産物も発生した。エネルギー増幅力と廃熱力をいかし、ソウル・ストライクのエネルギーの連続的な維持。
つまり事実上の連射が可能となる可能性が出来たのだ。そうなればリミテッド達に勝利する確立もグッと上がる。
なんとしてでもオリハルコンという素材を入手せねばならなくなったのだ。

『大丈夫。すぐ戻ってくるよ』
 そう言い残して、セイアは出ていった。オリハルコンを入手する為だ。
オリハルコンが残っている可能性があったのは、廃棄されたレプリフォースの巨大トレーラー。
オリハルコンの輸送中にユーラシア事件に遭い、そのまま廃棄されていた事実が今更になって判ったのだ。
ユーラシア落下の影響で使い物にならなくなっている可能性も否定は出来なかったが、僅かな可能性でも縋る必要があった。
 危険性は未知数だった。リミート・レプリロイドが襲ってくる可能性があったからだ。
しかしそれでもセイアは出撃していった。クロス・アーマーを完成させ、リミテッド達を倒したいと思っていたのは、誰よりも彼だったのだ。
 出撃の途中、案の定リミート・レプリロイドは姿を現わした。通信機からセイアが漏らした名はビストレオ。
スラッシュ・ビストレオ・リミテッドだった。
 レプリフォースの中でもトップクラスの実力者だったビストレオのリミテッドは手強かった。
データを元に弱点をついて闘うセイアだったが、かなりの苦戦を強いられた。が、結果的にビストレオを撃破したセイアは、
予測通り残っていたオリハルコンを入手したと報告をくれた。オリハルコンは一足先にベースに転送装置にて転送され、
セイア自身もすぐにベースへと戻ろうとした矢先。ウィドが予想しながらも考えることを避けていた事態が起きてしまった。
 ロックマン・セイヴァーからのイレギュラー・ハンターベースへの連絡が不意に途絶えた。
通信機の故障とは思えなかった。予備の通信機に呼びかけても反応はない。人工衛星を使用して反応を追ったが、セイアの反応は完全にロストしてしまっていた。
『今から帰る』
 それがベースに、ウィドに届いたセイアの最後の言葉だった。
 別のリミート・レプリロイドが現れたのか。それとも何か別の出来事に巻き込まれたのか。
セイアの反応が消えてから十数時間。使用者不在のクロス・アーマーがようやく完成の兆しを見たとき、ウィドのモバイルが叫び声を上げたのだった。
 普段聞いたこともないその音はメール着信音。セイアだろうかと慌てて開いてみると、差出人の欄には彼に似ても似つかぬ翠の悪魔の名前があった。
「イクセ・・・」
 タイトルは『焦っているようだね』。人とを小馬鹿にしたような態度は文面でも変わらない。
震える手で本文を開く。ウィドを戦慄させるには充分な文章だった。


『   こんにちは、ウィド・ラグナーク君。
    毎日部屋に籠もっての研究ご苦労様。ボク達を倒す打算はまとまったかい?
    それともセイアがいなくなって研究どころじゃなく焦っているのかな。おっと確信めいたことを云っておいて問いかけるのはまずかったね、謝るよ。
    む、ここで機嫌を損ねてメールを閉じたりしないでね。でないときっと後悔するよ。
    いいかい?ここから下の文章は君一人で読むこと、ウィド・ラグナーク。もし別の誰かに見せたりしたら、ボクが機嫌損ねちゃうからね。
    しっかり周りに誰もいないことを確認したなら、下にスクロールするといいよ。    』


 周りを見る。誰もいない。ゲイトは今ごろクロス・アーマーの制作を続けているのだろう。
奥の方から素材を削る高音が聞こえてくる。彼はどうやらセイアを信じて黙々と制作を続けるつもりらしかった。
 もう一度辺りを確認する。やはり誰もいない。ほんの少しの動揺を必死で隠しながら、ウィドはスペースで埋め尽くされた文章を一気にスクロールさせた。



『   頭のいい君ならきっとこれを読んでくれると期待していたよ。あんまり気分がいいからお礼を云うよ、ありがとう。
    最も君にとっては焦燥感でどうにかなりそうな状況なんだろうけど、すぐにその焦りを解放して上げよう。
    君の大切なお友達、そしてボクにとっては愛しい宿主。セイアはボクのすぐ傍にいるよ。
    おっと君の自尊心を傷つけるつもりはないから断るけど、単にボクがセイアを一方的に預かっただけだから安心してよ。
    昔のドラマっぽいでしょ?人質を返して欲しくば・・って奴さ。
    あ、だからってお金が欲しいわけじゃないし、君に無抵抗で殺されろと云うつもりもない。
    要求はただ一つ。セイアを返して欲しいならボク達のところへ一人で遊びにおいで。勿論あのクロス・アーマーとかいう厄介な鎧も持ってくるといい。
    場所は旧イレギュラー・ハンターベース。座標くらいは調べればすぐに割り出させるでしょう?とてもロマンチックな場所さ。
    心配はいらないと思うけど、先に忠告しておくよ。ボク達が呼んだのは君一人。余計な誰かをくっつけてくるんじゃあないよ。
    因みに君が来なくても別に構わない。君を追って行って殺すつもりはないからね。
    ただ明日の正午までに君が来なかった場合、君のお友達の身の安全は保証出来ないな。
    それじゃあ、君と逢えることを楽しみにしているよ。それじゃあ、バイバイ   


    P.S.そろそろ君達と遊ぶのも飽きてきた。そろそろ決着をつけよう   Byイクセ   』




 旧イレギュラー・ハンターベース。その中でも最も広い空間を誇るA級トレーニングルーム。
A級のと現わすことは現存のハンター達には違和感だろう。何故ならバーチャルトレーニングは設定によってランクが上下するのみであり、
基本的な設備はどの部屋も同じだからである。
しかし技術も現在と較べて劣り、ハンターの絶対数も多かった旧ベースは違った。下からC級、B級、A級とランク別にそれぞれトレーニングルームを与えられ、
それぞれ違った設備が施されていたのだ。
 現在と較べてなんと贅沢で、無駄の多い施設だったことだろう。
パッと不意に輝いた照明に照らされ、目を細めながらも、ウィドはそんなことを心の隅で考えた。
冷静、とは少し違う。何か理論的なことを考えていれば気持ちが落ち着くからだ。本当ならはらわたが煮えくり返る直前だ。
 眼球が光に慣れ、ようやく目を開けられるようになった頃、見計らったように聞き慣れた声が飛んできた。
いや違う。聞き慣れた声と同じながらも、それとは全く違う・・憎悪の対象としか受け取れない声だった。
「やあ、やっぱり来てくれたねウィド。君が来てくれると信じてたよ」
「イクセ・・」
 ウィドに対して部屋の丁度反対方向に立っている三体のリミテッド。イクセ、レイ、イクス。
実際に目にするのはこれで二度目だが、奴等の狂気と威圧感を知るには充分過ぎる回数だろう。
リミテッドの三人はそれぞれが口もとに笑みを賛え、ウィドを見詰めている。
 だがウィドは三人分の殺気に晒されながらも、イクセ達三人が眼中にないかのように視線を上にした。
恐らく奴等の趣味か何かなのだろう、まるで教会に飾ってあるキリストの絵画のように、十字架に磔にされたセイアの姿がそこにはあった。
「見た所やはり一人か。約束を守る律義な輩なのか、或いはただの馬鹿なのか」
「それは違うさレイ。彼はイクセの言いつけ通りに一人で来たんだ。要はセイアを助ける為さ」
「ふん。成る程な」
「ウィド・ラグナーク。我々の言いつけ通りに一人で来たことを褒めて上げよう。いらっしゃい、旧ハンターベースへ」
 ウィドを嘲るレイに対して、イクスは逆にウィドを庇護しているようだった。丁寧に紳士的な挨拶をするイクス。
端から見れば優雅かつ端麗な姿に見えることだろうが、今のウィドにはそれがなんだろうと関係ない。
 磔にされたセイアは生きている。微かに呼吸――最もレプリロイドに呼吸は必要ないが――で腹部が上下しているからだ。
見た所目立ったダメージもない。ビストレオと闘った際のものだろう、小さな傷は要所に垣間見ることが出来るが。
 ウィドは腰のレーザー銃を抜いた。抜群の狙撃力を誇る銃口が、三体のリミテッド達へと向けられる。
距離にして三十m。決して外す距離ではない。無言のウィドに対しては、イクセは嘲笑を込めた苦笑で応えた。
「随分血の気が盛んなんだね、ウィド君。それはなんのつもりだい?」
「何のつもりだ、だと?訊ねるまでもないだろう。約束通り一人で来てやったんだ。
 今すぐにセイアを降ろせ」
「口に気をつけろ、小僧。マシュラーム・リミテッドを倒したことで図に乗っているようだが、貴様一人でオレ達三人を相手にするつもりか」
「レイの云うとおり、君一人で俺達三人の相手をするのは少しばかり力不足だ。ここは大人しくしていた方がいい。
 ・・その気になれば半瞬後に君の首を飛ばすことだって出来るんだからな」
 イクスは至って笑みを崩さずに言い放ったのだったが、それが嘘ではないことはウィドにも判る。
悔しいがリミテッド達の云うことは間違いない。頭に血が上ったウィドは猛りすぎている。
レイの云う通りマシュラーム・リミテッドを撃破したことで少々図に乗っていたのかもしれない。
一瞬強風が吹いたと錯覚する程のリミテッドの殺気にあてられて、ウィドはゾッとするような怖気を感じると共に、それを理解した。
 一瞬にして熱を冷まされたウィドは渋々銃を降ろした。それが満足なのかうんうんと嫌味ったらしく頷くイクセは、
いちいち神経を逆撫でする明るい声で続けた。
「うんうん。素直に云うことを聞いて、良い子ちゃんだねえウィド君」
「・・・何か話があるなら手短に済ませたらどうだ」
「うーん、恐いなあそんな事云って。イクス兄さんの云うとおり、君をバラバラの細切れにして上げてもいいけど、それじゃあ折角君を呼んだ意味がない。
 ちょっと気乗りしないけど、ボク達とお話する気はない?」
「・・・」
 ちっとウィドは想わず舌打ちをした。気乗りしないのはあっちよりもこちらの方だと云ってやりたかったが、
これ以上奴等を刺激すれば結果は見えている。ようやくいつもの計算力を取り戻したウィドは、大人しく奴等の話に乗るしかないと結論づけた。
「・・いいだろう。ただしセイアに危害を加えることはしないと約束しろ」
「うん、いいよ。どうせ後で闘うことになるんだし、セイアが起きたところでボク達には絶対勝てないからそんな約束は意味ないんだけどね」
 いちいち勘に障る野郎だ。ウィドは心の隅で吐き捨てた。
これではセイアがあれだけ向きになって斬り掛かっていく理由が判る気がする。真面な神経をした者なら苛つかずにはいられない。
奴がセイア以上の、つまり最強のレプリロイド以上の力を持つというなら尚更だ。
「どうせ君だって疑問に思ってるんでしょう?『何故滅びた筈のリミテッドが存在しているのか』とね」
「――・・!」
「図星だね。君は根っからの科学者だ。こうして自ら闘いに出向くより、ボク達の出所を考える方が余程楽しい。
 ボク達を倒そうと考えるなら、尚更出所を知りたかったんじゃない?」
「ふん、教えてくれるなら願ったりだ。そこまで云うなら教えて貰おうか、貴様等リミテッドの出所を」
 なるべく話を繋ぎ、奴等にセイアを解放させなければならない。そう思う反面、イクセの云うとおりウィドは知りたかったのかもしれない。
数年前に消滅した筈のリミテッドが何故今こうして存在しているのか。
何故またあの悪夢が現れ、セイアを喰らい、このような三体の悪魔を創り出したのか。
 壁に背を預け、イクセは語らい始める。その姿は、その声は、その表情はさながら雑談するセイア。
確かにこれは余り気持ちのいい光景ではないと思う。磔にされ、首をもたれるセイアを見つめ直し、ウィドは自分を奮い立たせた。
「ま、とは云っても何から話そうか。そうだな、君はアルバート・W・ワイリーの名を知っているかい?」
「・・20XX年代にて幾度も世界征服を目論み、その度に伝説のロックマンによって阻止されてきた天才科学者。
 現在の21XX年代でも彼とその対となるDr.ライトの技術に追い付いた者はいないと云われている」
「詳しいね。流石は天才少年科学者だ。そう、君の云うとおりDr.ワイリーは幾度もロックマンによって倒された哀れな天才科学者。
 あのゼロの制作者でもあり、カウンター・ハンターのサーゲス、そしてアイゾックの正体も彼だ」
 サーゲス。アイゾック。名前くらいは聞いたことがあるが、ウィドにとってはさして興味のない存在だった。
「・・あれれ、驚かないね。ゼロがワイリーナンバーズだって知ってたのかい?」
「あぁ。知っている」
「意外だね。だけどその割にはセイアと仲良くしてるけど、恐くないのかい?」
「貴様等とセイアを一緒にするな!」
 ウィドの怒声は心底怒りに満ちていたが、イクセ達にとっては単なる怒鳴り声としか受け取れないらしい。
暫くキョトンとしたあと、イクセはまたニコリと目を細めて笑った。
「これは失礼。君の神経を逆撫でる気はなかったんだ。謝るよ」
 ぬけぬけと云ってのけるイクセに殺意すら沸いてくる。だが今のまま闘っても勝てる見込みは零以下だ。
理解している分、ウィドにとってそれは拷問に近かった。
「そしてDr.ワイリーは一年前、再び現世に蘇った。あのVAVAを蘇らせ、もう一体のゼロを創り、
 ロックマンの後継者であるエックスを倒そうとね」
「・・だが目論みと結果は違う。エックスにはセイアという隠し玉があった。ゼロは生きていたが、既にワイリーにとってそんなことはどうでもよかった。
 奴の標的が二つになった。エックスとセイア。ロックマンの名を継ぐ者だ」
 イクセの言葉を継いだイクスを、更にレイが続けた。そしてまたローテンションでイクセが口を開く。
「彼は天才だった。ボクが思うに彼はとうにDr.ライトを越えていたんだ。
 彼が勝てなかったのはロックマンという個体がロボットという粋を超えて強かった。たったそれだけのことだったのさ。
 結局ワイリーは復讐を果たすと同時に消滅した。皮肉だよね?最高傑作ゼロの血を引くセイアに斬られて死ぬなんてさ」
 その瞳に感情はない。あるとすればそれは嘲笑だった。
「・・何が云いたい。そんなことを語って一体何になる?」
「まあそう苛つかないで。せっかちだね、君は。なら話をもっと簡単にして上げようか。
 君の持つデータではボク達リミテッドは既に消滅した存在だ。違うかい?」
「そうだ。リミテッド並びにハイパー・リミテッドは数年前の闘いで消滅が確認されている。
 だからこそ貴様等がそうして存在していることが疑問なんだ」
「うん、結構。頭のいい君ならそろそろ気付いてもいいんじゃないかな、ボクの云いたいこと」
 半瞬の思考の後、ウィドはハッとした。今まで意味なくイクセが連ねていた言葉の真意をようやく掴みかけたからだ。
 しかし――いや、だが・・そんなことが有り得るというのか。決定打を打ち損ねるウィドの様子に気が付いたのか、
イクセはさっきとは打って変わって楽しそうに笑った。そしてその顔とは裏腹に冷たい声で云う。
「アハ。気付いたかい?そろそろ遠回りに云うのも飽きてきたし、君が耐えられそうにもないから種明かしをしよう。
 そう、ボク達新型リミテッド――正式名称はデス・リミテッドって云うんだけどね――はDr.ワイリーがリミテッドのデータを元に創り上げた試作品。
 だけど余りにも不安定で出力が高過ぎる所為でワイリー自身が封印した悪魔のプログラムさ」
「ワイリー自身が封印したプログラム・・」
「そう。彼自身にも操ることが出来なかったのさ。だから来るべく決戦にボク達は投入されなかった。
 ボク達はワイリーが死んだことで束縛から解放され、世界に放り出された。その最初の犠牲者はウェブ・スパイダスの亡骸だったっけね」
 ウェブ・スパイダス・リミテッドのことはウィドもよく覚えている。そもそもウィドがセイアと知り合うきっかけとなった事件だ。
そう、確かアレは半年程前の話だった。任務中に思いがけないダメージを受けたセイアはベースとの通信手段も、移動手段であるライド・チェイサーも失い、行き倒れた。
それを救ったのはウィドだった。幸いなことにセイアが倒れたのはウィドの研究所の近くだったのだ。
 前々からロックマン・セイヴァーという存在に興味があったウィドは彼を介抱することに決めた。
目を開けたロックマン・セイヴァーは噂よりもずっと幼い男の子で、彼自身とそう変わらない年頃に見えた。
最初はセイヴァーというイレギュラー・ハンターに興味があっただけのウィドは、彼と触れ合う内にセイアという一人の少年と友達になっていた。
破壊されたアーマーを修復するまでの数日間。それはウィドの人生の中でも特に充実した日々だったと思う。いや、間違いなくそうだったであろう。
 そしてアーマーが修復され、セイアとの別れが来た。本当ならばここで別れ、それっきりだったに違いない。
けれどセイアにとってもウィドにとっても運命とは奇妙なものだった。その時、不意に二人の前に意外な敵が現れたのだ。
それがイクセの云うウェブ・スパイダス・リミテッド。レプリフォース大戦時にセイアの兄が撃破したレプリフォースの一員であり、
当然ながら既に破壊されている故人。思えばあの時既にここでこうなることは決まっていたのかもしれなかった。
 スパイダスは強かった。ワイリーを倒したセイアでさえも苦戦し、ウィドのサポートがなければどうなっていたか判らない。
ワイリー自身が恐れた力だということが容易に納得出来る。その出来事がセイアとウィドの初めての出逢いであり、この闘いへの伏線だったのだ。
「あの時――いやあの時よりもずっと前から、この闘いは始まっていたということか」
「そういうことだ。もっと大きく云えばロックマンとワイリーとが闘いを始めたその時から、今ここでこうなることは決まっていた」
「疑問は解消された筈だ、小僧。そろそろ宴を始めよう」
「今宵は真ん丸のお月様が見守る最高の夜。きっと素晴らしいパーティーになるよ」
「――ッ・・!」
 パチンと弾かれたイクセの指。反響の良いトレーニング・ルームに木霊する乾いた音と共に、磔にされていたセイアの身体が不意に重力に引かれた。
ウィドはイクセ等に注意を払いつつもセイアの元へと走った。ウィドの牽制は殆ど意味のないものだったが、イクセ達に攻撃の意思はないらしく、
アッサリとウィドが眼前を通ることを許してくれた。
「セイア、セイア!セイア、目を醒ませ!セイア!」
「くっ・・――・・つぅ・・」
 二、三度身体を揺らすとセイアはすぐに目を開けた。いや既にボンヤリと意識を取り戻していたのだろう、
セイアは頭を片手で抑えながらにゆっくりと身体を起こした。未だに視界が安定しないらしくその目は歪められていたが、
一先ずのセイアの無事にウィドは敵前ということすら忘れてホッと胸を撫で下ろした。
「セイア・・」
「やあ、おはようセイア。疲れた身体に長い眠りは心地よかったかい?」
「ウィド・・どうして、ここに」
 ブンブンと頭を振ったあと、セイアはウィドの肩に手を回した。急速に意識を繋げられて頭がハッキリとしないのかもしれない。
セイアの腕を掴んで彼を支えつつ、ウィドは答えた。それと共にレーザー銃を三体のリミテッド達へと向ける。
「お前を助けに来た。それだけだ」
「・・・ありがとう、ウィド。途中からある程度聞こえてたよ。ボクが倒したDr.ワイリーの・・遺産」
 意識がハッキリしたらしくウィドの手を離れたセイアの全身から、ぶわっと闘気ともいえるものが噴出するのをウィドは確かに感じた。
それはイクセに対する怒りなのか、それとも兄を殺したDr.ワイリーの置きみやげに対する憎しみなのか。
どちらにしても今まで以上に凄まじい闘気だということは、傍にいるウィドには肌で感じられた。泣いても笑っても決戦の時はきたのだ。
「・・へえ、この間校庭で逢った時の甘ちゃんとは一味違うということか」
 同じように三つの闘気・・いや殺気が飛んでくる。だがレイの評した通りにセイアの闘気は前以上に凄まじい。
この三人を前にしても竦まないセイアの視線に、イクスは意外そうに呟いた。
「成る程。君もロックマンの一人。この僅かな時間で大きく成長したのか」
「けど、ボク達には敵わない」
「・・!」
 ウィドはまるで強風に吹き飛ばされそうな錯覚を覚えた。一際大きな殺気が飛んできて、それだけで押し潰されそうになったからだ。
その殺気を放つのは中心のイクセだ。イクセと対峙するのは今日で二度目だが、闘う意思のなかったあの時とは比べ物にならない程の殺気を感じる。
成る程セイアが手玉に取られてしまうわけだと、ウィドは笑い出しそうになる膝を必死で抑えながらに思った。
 四つの闘気がその場で拮抗する。ほんのちょっとのきっかけさえ与えればすぐにでも爆発しそうな状況で、ウィドはようやく自分が呆然としていることに気が付いた。
ウィドは科学者だ。確かにレーザー銃の腕には自信があり、
それでセイアを助けたことも数回程あるが、特A級を軽く越えるだろうレベルを持つ四人の前では戦闘力の低さを実感せざるをえない。
それでもウィドは震える腕に気合を込めなおし、レーザー銃を向け直した。気持ちの面で負けていては勝負は闘う前から決している。
いつか誰かがそう云っていた。