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3-662 - (2012/08/21 (火) 16:48:10) のソース

「――お願いがあるの」 

 ああ、最悪だ。 

 声がみっともなく震えている。 
 せめて彼の前だけでも、最後までカッコいい女でいたかったのに。 

「僕、に?」 
 トレードマークのくせ毛を揺らして、彼は首を傾げた。 
 目には焦りと、ほんの僅かな緊張の色が浮かんでいる。 

 三日後には、学園の閉鎖が迫っていた。 
 超高校級の絶望が引き起こした事件は、もはや警察や自衛隊の手には負えないレベルにまで広がりを見せている。 
 実家にすら連絡がつかない状況で、級友たちの憔悴は目に見えて明らかだ。 

 そんな状況で、こんなお願いをするなんて。 
 不謹慎を通り越して、それはもはや狂気と言えるのかもしれない。 

 だけど、もう、決めたことだ。 


「――私を、犯して」 


 ヒュ、と、部屋の空気が縮まりこむのが分かった。 
 いや、私の喉が鳴った音かもしれない。 

「…え、っと、ゴメン」 
 唐突な状況の展開についていけなくなった時に謝る、彼の癖も。 
 今では愛らしく思える。 
「もう一回、言ってもらえないかな…ちょっと、よくわかんなくて…」 

 いつもの私なら、こんな恥ずかしい事を何度も言わせるなんて、と憤慨して彼を責め立てるだろう。 
 けれど、今はできない。 
 私は彼に、お願いをする立場なのだから。 

 何度でも、繰り返す。 

「私の体を犯して、と…そう言ったのよ、苗木君」 
「ちょ、ちょ、っと、待ってよ霧切さん…」 
「もっと直接的な言葉の方がわかりやすいかしら…? セックスをして、と、そうお願いしているの」 

 息を詰まらせて、苗木君が真っ赤になった。 
 おそらく、私の顔はそれ以上に茹だっているだろうけれど。 

「霧切さん、疲れてるんだよ」 
「疲れているけれど、思考は正常よ…」 
「おかしいよ!」 

 ガタ、と席を立ち、私の前に跪く。 

「どうしちゃったのさ、霧切さん…いつもの霧切さんなら、そんなこと言わないよ…」 

「いつもの私、ね」 
 思わず吹き出してしまう。 
「いつもの私って、何?」 

「え? それ、は…」 
 私に睨まれたのだと思ったのだろうか、気まずげに苗木君が目を反らす。 

 これがいつもの私だ。 
 上手く好意を伝えられず、無愛想にして彼を困らせるばかりで。 
 せめてカッコいい女でいよう、彼に少しでも好意を抱いてもらえるように、と、振舞ってきた。 

 だけど、もうそれもお終いだ。 

「…私は、あなたのことが好きよ」 
「え、……」 
「――でもね、苗木君。あなたは舞園さんのことが好きなんでしょう」 

 だから、「抱いて」とは言わない。 
 愛はいらない。 
 せめて墓場にまで持っていけるような、思い出だけでいい。 
 犯されるだけでいい。 

「そんな、待ってよ…僕、どうしていいか、その」 
「好きにしていいわ…ただ、初めてだから…」 
「そうじゃなくて!」 

 喉の奥から引き絞ったような声で。 

「こんな自暴自棄みたいな形で、初めてを捨てちゃダメだよ…!」 
「…捨てるんじゃないわ。捧げるのよ」 
「もっと、自分のこと大切にしなきゃ…」 
「初めてだから、大切にしたいから、言っているのよ。ねえ、苗木君」 

 私は、目を反らした。 

 出会ってから初めて、彼の前で、 


「――明日には、私たちは死んでいるかもしれないのよ」 


 弱気な言葉を口にしたから。 


 強い女でいようと思ったけれど、もう無理だ。 
 霧切の名前にも、超高校級の肩書にも、何の意味もなくなってしまったこの世界で。 
 気丈に振舞うことに、私は疲れてしまったのだ。 

「そん…な、こと」 
「無いとは言い切れないでしょう。この学校がどういう場所か、忘れたのかしら?」 

 迷っている。 
 私の言葉で、彼は迷っている。 
 それが少し心地よくて、とてつもなく苦しい。 

 初めて、私は彼の前で、弱気な言葉を紡いだ。 
 初めて、「弱い女」になった。 

 それで彼が迷ってくれているということは、彼が私を「強い女」だと思ってくれていたからだ。 
 そして、だからこそ先程の私の弱気は、彼の信頼への裏切りを意味している。 

 あと、一歩だ。 


「あなたが舞園さんに操を立てているとか…女として私に魅力が感じられないなら」 

 シュル、と、首元のネクタイを解く。 

「どうしても交わるのが嫌なら、私を突き飛ばして、この部屋から逃げ出しなさい」 
「そんな、こと…」 
「それが出来ないのなら…私を犯して」 

 これ以上に無い、卑怯な手だ。 
 こういう頼み方をすれば、彼のような人間は断れない。 
 けれどもういい、卑怯でも。 
 もう、彼が信頼してくれるような人間になり済ますのは、疲れた。 

「わ、ちょっ…!」 

 ネクタイを外したら、ワイシャツのボタンを一つずつ。 
 それが終わったら、スカートの留め具を外す。 
 その次は、ブラジャーのホックに手を懸ける。 

 追い詰められた小動物のように、小さくなって目を反らす。 
 けれど、そのズボンの膨らみは、どうにも隠しきれなかったようだ。 

 するり、と、その膨らみに指を這わせる。 

「うぁっ…霧切、さ」 
「よかった…興奮してもらえなかったら、さすがにどうしようもないもの」 

 ジーンズのジッパーを唇で挟み、ゆっくりと下ろす。 
 嗅いだ事のないような、鼻の奥を突く匂い。 
 それほど嫌な匂いでもない。 

「待って、ダメだホントに…!」 
「言ったはずよ。拒絶するなら、言葉じゃダメ…」 

 トランクスの隙間から、赤黒い彼の息子が、勢いよく顔を出した。 

「…あなたがこの部屋にいる限りは、私は諦めないわ」 

「ほ、ホントに…ダメだってば…!」 

 例えば、男性の被害者が全裸で殺害されていた場合。 
 仕事で、それを目にすることはあった。 
 耐性もないわけじゃない。 

 けれど。 
 好きな相手のソレと思うだけで、これほどまで違うのだ。 

 軽く鼻を引くつかせると、脳髄を焼くような濃い匂いが絡みついてくる。 
 頬ずりをすれば、溶かされてしまいそうなほどに熱い。 
「は、む……」 
 口に咥えれば、 
「う、ふぁっ…!!」 
 まるで女の子のように、甲高い喘ぎ声。 

「ん、ぷ…大丈夫よ、やり方は分かっているから…あなたは何もしなくていい」 
「あ、っ…!」 
「ただ、何かあれば言って。あなたの言葉通りに、私は従うから」 

 本当は、彼が私を犯してくれれば理想的だったんだけど。 
 この分じゃ、それも期待できなさそうだ。 
 まるで、私の方が彼を犯しているみたいだと考えて、ズキ、と胸に棘が刺さる。 

 それでも、 

「あっ…は、ひ、はっ…うっ、く、」 

 下の上で弄べば、面白いように喘ぐ。 
 そんな彼の姿に、私は欲情しはじめていた。 
 女としての欲が灯り、体を焦がす。 

 もう、良心の呵責なんかじゃ止まれない。 

「じゅ、ぷ…気持ひいい…? ん、ぷ…」 
「き、もち……じゃなくて、霧切さん…っ、あ!!」 

 焦らすように舌先でチロチロと舐めれば、だんだんと腰が浮いてくる。 
 江ノ島さんがいつか、いたずらで置いて行った女性雑誌。まさかこんな時に役に立つなんて。 
 男の人を喜ばせる技術なんて、私には縁遠いものかと思っていたけれど。 

「ん、ぐっ…」 
 少し苦しいのを我慢して、喉の奥に押し込む。 
「うぁあぁっ…」 
 反射のように、彼の両手が私の頭を掴んだ。 

 律動を感じる。 
 射精が、近いのだろうか。 

「ダメだよ、き、りぎりさっ…ホントに、出ちゃう、離して…っ!」 

 離さない、絶対に。 
 苦しいのをこらえて、飲みこむように喉を動かす。 

「あ゛っ…!!!」 
 言葉とは裏腹に、私の頭を掴んでいた苗木君の腕は離れない。 
 それどころか、逃がすまいと力を入れて、自らの股間に押し付けてくる。 
「む、ぐ…えっ…」 
 反射で吐き出しそうになるのを、必死で堪えた。 
 ぐり、と、あごの関節が外れるくらいに、口の中で彼のモノが大きくなって、 


 ドクン、ドクン、ドクン 


 大きな律動を迎える。 

「かはっ…!!」 
 喉の奥の方に、沸騰したように熱い何かが叩きつけられた。 
 熱い、濃い。 
 喉の奥にへばりつく。 
「む、ぶっ!!」 
 苗木君が自分のソレを引きずりだすと同時に、彼の精液が喉の奥から戻ってくる。 
 あまりの感触と量の多さに、えづいてしまう。 

「エホッ、ケホっ…ごほっ…!」 
「き、霧切さん!」 
 息が荒い。お互いに。 
 彼は机の上からティッシュを引っ張り、私の両手に持たせた。 

「ゴメン、すぐ吐き出して…! ホントにゴメン!」 
「んっ…ゲホッ…ぐ、んっ…」 

 吐き出して、なるものか。 
 無理矢理喉の奥に溜飲。 

「っ…は、はっ…き、気持ち…よかった…?」 
 唇に垂れる残りの精液を舐め取り、私は真っ先に尋ねた。 

 何か、衝撃を受けたように、茫然と。 
 私の問いに答えるでもなく、苗木君は、 

「…わかった」 
「え?」 
「……ホントに、するんだね」 

 強く、真っ直ぐな目で。 
 これから始まる行為の淫靡さなど、少しも感じさせない目で、私を見た。 

「…私は最初から、そのつもりよ」 
「後悔、しない?」 
「こっちの台詞ね。あなたこそ…本当にいいの?」 
「ちょっと、まだ迷ってるかな…なんていうか、」 

 恥ずかしそうに頬を染めて、彼は言う。 

「僕、その…上手く出来ない、と思う…。絶対、霧切さんを傷つけちゃうと思うんだ」 
「……それでいいのよ。優しくして、と言っているわけじゃないわ。あなたの好きにしてほしいの、私を」 
「うん。でもね…」 

 ぐ、と、苗木君が私の腕をつかむ。 
 導かれるままにして、ベッドに体を投げ出した。 

 ああ、いよいよ、貫かれてしまう。 
 激痛、この手の火傷よりも酷くなければ、耐えられる。 
 捧げるんだ、処女を。 

 そう決意して、どんどんと鼓動が高鳴っていく私に覆いかぶさると、 


「…出来るだけ、気持ち良くするから」 

 吐息を感じるほどの耳の傍で、まるで愛を語るかのように囁いた。 


「…苗木君、なん、」 


 ゾワリ。 
 わき腹にくすぐったさが走り、思わず身を捩る。 

「ひゃあっ…!?」 

「あ、ゴメン…ビックリした?」 
「ど、……いえ、別にいいのだけど…何を?」 
「いや、僕も霧切さんのこと、気持ちよくしてあげないと」 

 不公平じゃない、と、ケロリと彼は呟く。 

「い、いらないから…私はいいのよ、苗木く…ふぁっ!」 
「よくないよ。最初は痛いって言うし、出来るだけ優しくしないと」 

 ゾワリ、ゾワリ。 
 くすぐるような指先は、少しずつ体を上がってくる。 

「は、あぅんっ…」 
「霧切さんでも、そういう声出すんだね」 
 悪戯っ子のように、楽しんでいる声が脳に響く。 

「そ、いうこと…言わな、っ…あ、苗木君、ホントに私は…っ!」 
「僕の好きなように、していいんでしょ?」 
「う、…」 

 調子が乱される。 
 こういう、他人思いで、どこまで本気かわからない苗木君が好きなのに。 
 彼に愛撫されるなんて、幾度夢見てきたことか。 

 けれど、これ以上されたら、本気になってしまう。 
 本気で、彼のことが欲しくなってしまう。 
 だから、止めなければ。 

 私のわがままにこれ以上付き合う必要はないんだ、と。 


 なのに、拒めない。 
 嬉しくて、恥ずかしくて、体が思うように動かせない。 

「ん、あっ…」 
 するり、と、指がブラジャーの中に潜り込む。 
「…すご、柔らかい…」 
「言わなくて、いいからっ…」 

 くすぐられて、徐々に隆起してくる頭頂部。 
 硬くなった乳首を転がされるだけで、もう絶頂してしまいそうだ。 

 いつも自分で慰めているのとは、全然違う。 

「下も触るね」 
「え、あっ…」 

 あまりに何気ない調子なので、一瞬聞き逃しそうになってしまう。 
 左手が胸を触る一方で、右手はするするとわき腹、へそを通り、 

「待って、待って苗木君…!」 
「僕がそう言っても、霧切さんは待ってくれなかったよね」 

 最後の白い布など、あまりにも薄い砦だ。 
 まるで蜂蜜でも零したかのように濡れる下着の中に、彼の冷たい指が入ってくる。 
「ひうっ…」 
 どこを触られたわけでもないのに、思わず息を呑んでしまう。 

「痛かったら、すぐに言ってね。嫌だったら、僕を突き飛ばして」 

 嫌なわけがない。 
 ない、けど。 

「あ、待って、やっ…! へ、変なの…っ、こんなの、いつもと違っ…!」 
「いつも? いつも自分でしてるってこと?」 

 耳にかかる吐息で、飛んで行ってしまいそうだ。 

「答えて、霧切さん。いつも、って何?」 
「ん、あ、やぁあっ…」 

 草食系の代表のような少年が、その瞳に肉欲を映し出している。 

 いつも私が、斜に構えて生きてきたからだろう。 
 まっすぐに覗きこまれるのは、苦手だ。 

「ん、ふ……っあ」 
「答えてよ」 

 撫でるようだった指の動きが、徐々に激しくなる。 
 開いた秘裂の間に食いこませ、溢れ出る穴に指が掛けられる。 
「ま、っ…はひ、は、ゃあッ…」 
 待って、と言葉にしようにも、口から洩れるのは意味のない喘ぎ声。 

「…教えてくれないなら」 
 はっ、はっ、と、餌を前にした獣のように、苗木君が猛り出す。 
 ああ、やっぱり彼も男の子なんだ、と、頭の遠くの方で考えた。 

 ずるり、と腰が引きずられ、苗木君に抱え込むようにして持ち上げられる。 

 下半身が完全に宙に浮き、足の間から覗く彼の顔を見て、途端に忘れていたような羞恥がこみあげてきた。 


 この格好は、恥ずかしすぎる。 


「なえ、ぎ、く…まって…だめ、これ…恥ずかし…」 
 そのあまりの恥ずかしさに、喉が焼かれたかのように声が掠れる。 

「……いい匂いがする」 
「やっ!!?」 

 思わず足を閉じるも、その間に彼の顔が割って入る。 

「そ、んなところ、嗅いではダメ…」 
「ん…じゃ、舐めるね」 
「ひっ…!」 

 唐突に、生温かいぬるぬるとした何かが、下着の中に潜り込んできた。 
 ゾクゾクゾク、と、怖気に似た快感が背筋を走る。 

「ダメ、ダメっ…汚いわ、苗ぎふひゃあぁあっ…!!」 
「汚くないよ。それに霧切さんもさっき、してくれたでしょ…れろ」 

 身を捩ろうにも、腰を固定されてしまっているために身動きはほとんど取れない。 
 抵抗が出来ないまま、下半身が宙に浮いている。 
 不安定な感が、一層私を責め立て上げる。 

「あっ、ひゃ、はぁああっ!!」 

 冗談じゃなく、洩らしてしまいそうだ。 
 生温かい舌がそこを這いずり周るたびに、泣き出してしまいそうな安心感に包まれる。 

「ダメ、ダメっ…ダメ…!」 
 狂ったように繰り返す。 
 いや、狂っている。 
 こんな感覚、知らない。 

 ずるる、ずるる。 
 優しく舐めまわすだけだった舌が、徐々に荒く激しくなる。 
 溶かされる。溶けてしまう。 
 あそこが、溶ける。 

「ダメ、っ…あ、ひ、ぃっ…らめ…ぇ」 

 ガクガクと、腰が震えだす。 
 下半身が、正座で痺れてしまったようだ。 

「あっ…ダ、メ…くる、や…めっ……!!」 
 もう閉じる力もない。 
 少しでも足を動かせば、それが新たな快感になってしまう。 
「苗木君っダメっ…!!」 

 快感の天井が迫ってくる。 
 押しては返す快楽の波が、間隔を短くして、断続的に私を押し上げて、 


 ゾリ、と、彼の舌がクリトリスを舐め上げて、 


「ひっ、ぎ、~~~~っ、あぁあああっ!!!」 

 そのまま、唇が吸いついた。 

「っ!?」 

 待って、もうイった。絶頂している。 

 男の子とは違う、女の絶頂はしばらく続くのだ。 
 休ませて、 

「ひっ、い、いぎぃいいぃいっ!!」 

 言えない。 
 言葉が出てこない。 
 肺が、唇が、あそこが、体中が痙攣している。 

 クリトリス、とれる。 
 ダメ、気持ちいい。 

「あ、あぁああぁ…」 

 プシッ、と、股間の方で、まぬけな音がした。 

「わ、ぷっ…」 

 ようやく苗木君から解放された下半身が、勢いよくベッドに落ちる。 

「はうっ…」 
 その衝撃で、もう一度イってしまいそうだ。 
「は、はっ、はっ…あ、はぅ…」 

 これがもしかして、潮を吹く、というものだろうか。 
 クリトリスがジンジンする。 
 息が荒い。 
 涙が出てくる。 

 何もされていないのに、絶頂が続いているような。 

「大、丈夫…?」  

 なのに。 
 女として最高の幸福に身を包まれている最中なのに。 
 そんなに顔を近づけられて。 


 ふ、と、体が浮いて、すんでの所で思いとどまる。 

 ダメだ、キスは。 
 彼には、舞園さんがいる。 

 私は、犯してもらうだけ。 
 重荷になったりはしない。 


「……、鬼畜」 
「うっ…」 
「ダメって何度も言ったのに…意外とSだったのね、苗木君」 
「だ、だって霧切さんが、好きにしていいっていうから…」 

 ああ、そうだ。 
 照れ隠しくらい、許してほしい。 

「そうね、私が言ったわね。それで」 
「あの、」 
「あなたのここは…満足したのかしら?」 

 再び怒張する彼のソレに、そっと手を添える。 

「で、でも…霧切さんは、」 
「…私は大丈夫。忘れたの?犯されに来たのよ。あなたが心配することなんて、何一つないわ」 

 理性で以て、そっと苗木君を押し倒す。 

「…それでもあなたは、優しすぎるから。寝ているだけでいいわ、私が全部…」 

 苗木君が、緊張と心配が入り混じった目で、私を覗き込む。 
 大丈夫よ、と微笑み返し、私は彼の上に跨った。 

「…上手く出来ないかもしれないけど、許してね」 
「あ、の、えっと…こちら、こそ?」 

 戸惑っている仕草が可愛くて、吹き出す。 
 少しでも、リラックスできてよかった。 

「…ふっ」 

 右手の指で秘裂を開き、左手で彼のソレを支える。 

 あてがったのを確認して、一気に体重でねじ込んだ。 

「あ゛、がっ……!!」 


 それまで体を支配していたふわふわとした幸福感が、一気に消し飛ぶ。 
 鋭痛。 
 股が、裂けた。 

「い、だっ…」 
「ちょ、霧切さん!」 

 入ったのは、およそ先端のみ。 
 彼のを支える手に、温かいぬるぬるとしたものが垂れる。 
 まあ、愛液ではないだろう。 

 ズクン、ズクンと、鼓動に合わせて痛みが響く。 

 それで、いい。 
 これで、いいんだ。 
 これで、苗木君と繋がれた。 

 ならば痛みこそは、その証。 
 これほど嬉しい激痛はない。 

 もっと体重を掛けて、ねじ込め。 

「うっ、ふっ、ぐっ…あ゛ぁあっ…!」 
「霧切、さんっ…! 待って、ストップ…」 

 嫌だ、待たない。 
 もう、さんざん待ちに待った瞬間。 

 繋がるんだ、あなたと。今。 

「っ、ぅうあ゛ぁあああぁああぁあ!!」 


 色気なんて微塵もない雄たけびを上げて、私は自分自身に彼自身をねじ込んだ。 

 熱い。 

 彼の律動を、体の中から感じる。 
 少しでも動けば、痺れるような痛み。 
 汗が止まらない。 

 下腹部に手を当てれば、ぽっこりと膨らんでいるのが分かる。 
 痛いのに、嬉しくて、頬が緩みそうだ。 

「…霧切さん」 

 ふ、と視線を下に戻す。 
 泣きそうな顔で、苗木君がこちらを見上げている。 

「ど、したの…? 気持ち、よく、ない…?」 
「…動いちゃダメだよ」 
「え、……?」 

 腰を上げようとしていたまさにその瞬間だったので、ドキリとする。 

「痛いんでしょ?」 
「……」 
「…無理しないで」 

 ゆっくりと、苗木君が上体を起こす。 
 そして、私の肩を軽く抱いた。 

「…霧切さんが痛がってるのに、僕一人で気持ち良くなるなんて出来ない」 


 苗木君の頬が、首筋に触れる。 

 温かい。 


「慣れるまで待って、お願いだよ…僕の好きなようにしていいっていうんなら、」 
「……」 
「じっとしてて。絶対に無理しないで。お願いだから」 

 ギクン、ギクンと、彼のモノがお腹の中で不満を暴れている。 
 それでも彼は、私のためを思って、待つと言ってくれた。 

 ああ、こういう少年だっけ。 
 自分の傷よりも、相手の傷の方に痛みを感じる、優しさを持って生まれた。 

「…そう。あなたが、そう言うのなら」 
「…ゴメンね、こんな痛いことさせて」 
「馬鹿ね、なんで…あなたが謝るのよ」 

 また、くすりと笑った。 

 繋がっている僅かな時間で、私たちは話をした。 
 普段しているような、取り留めもない話だ。 

 学校が閉鎖されたら、退屈になるね。 
 そうね、軽い軟禁だわ。 
 いつかまた、外に出られるかな。 
 心配しなくていいわ、きっとまた出られる。 


 時折、ビクン、と、お腹の中で彼が暴れて、驚いて見返すと、 
 その度に苗木君は照れながら目を伏せた。 

「普段話してることを、裸で話すのって、なんか…コーフンしちゃって…ごめん」 
「…その謝る癖も、外に出るまでには治しなさい」 


 二人して吹き出す頃には、裂けた時の鋭痛はほとんど消え失せていた。 
 少しビリビリと痺れているけれど、もう問題ないだろう。 


「ん…苗木君」 

 どう言っていいかわからないので、私はただ彼の名前を呼んだ。 
 彼は頷いて、ゆっくりと腰を引く。 

 ずるり。 
 痛みはあまりない。 
 何かが引きずり出されていくような、そんな感覚。 

「ふ、っ…」 
「気持ちいい?」 
「わから、ない…」 
 そっか、と呟いて、ゆっくり、ゆっくり。 
 頭頂部まで一旦抜くと、もう一度彼は挿入を始めた。 
「ふぅ……ん、あっ、んぅっ!?」 

 ぞわ、ぞわ。 
 狭くなった穴が、再び押し広げられていく。 

 一度目とは全く異なる挿入の感覚に、思わず変な声が出てしまう。 

「あんっ、あ、はぁんっ…」 

 舐められていた時のように、腰が震える。 
 膝をついていられずに、苗木君に上半身を預けて、それでも挿入はまだ半分ほど。 

 ずぶちゅ、くちゅ。 
 愛液の織りなす淫猥な音が耳に届いて、ようやく自分が感じていることに気がついた。 

「…っ、思って、いたよりも…」 
「え、何?」 

 私の体は、淫乱に出来ていたのかもしれない。 

「苗木く、んっ…は、ぁ、早くして、いいわよ…」 
「でも…っ」 
「限界、なんでしょ…あなたも…あ、んっ…」 

 ゆっくりと押し広げていった奥で、彼のソレが律動している。 
 切なそうに眉をひそめる彼の、その律動には気が付いていた。 

「……、ゴメン…ッ!」 

 だから、謝らなくていいのに。 

「ん、ああ、はぁあぅっ!!」 

 引きずり出される感覚に、小言は嬌声に変わってしまった。 



 ずる、ぶちゅ、くちゅ。 
 熱く滾る棒で、何度も何度もかき混ぜられる。 
 ただ情欲を叩きつけるだけの出し入れのはずなのに、驚くほどに私を抉る。 

 ピタン、ビタン。 
 汗と愛液でぐちゃぐちゃになったお尻に、何度も彼がぶつかってくる。 

「ふぁあ、ひゃうぁあぁぁあ、あんァああぁあっ!!」 

 ぎゅ、ぎゅ、と、体が内側に引っ張られる。 
 必死に枕を握り締め、体のど真ん中に来る快感を堪える。 
 それでも、涙も涎も振りまいて、拭うことが出来ない。 

 気持ち、よすぎる。 

「苗木っ、くんっ!! あっ、はぁっ!!」 
 話したいのに、彼の名を呼びたいのに、快感に邪魔をされて、言葉がぶつ切りになってしまう。 
 熱い。往復の度に、ゴリゴリと内側の敏感なところを引っ掻かれる。 


 ダメだ、溶ける――! 


 お腹の真ん中から、快感で溶けだしてしまいそうだ。 
 必死に堪えようとして、両足を彼の腰に回す。 

「う、ふっ…ダメ、霧切さんっ…これじゃ、外に出せない…っ」 
「いい、いぃい、中で、中に出し…っ、あぅ、はぅううううう! はぁあんっ!!」 

 いつの間にか私の方が押し倒され、苗木君が覆いかぶさるような体勢。 
 余裕のない表情で、必死に腰を打ちつけてくる。 

 気持ちいいのだろうか、私の中は。 

 だとしたら、嬉しい。 


 手を繋ぎたい。 
 キスしたい、抱きしめたい。 
 ずっと私だけを見てほしい。 


 気を抜けば口端から零れそうな、そんな慾の言葉を必死に呑み込んで、 


「苗木っ、君…」 

 その全ての代わりに、私は彼の名を呼んだ。 

「苗木君っ!、あ、はぁあっ…な、えぎ、くんっ…」 
 ごめんなさい。 
「苗木く、ぅんっ…」 
 私の欲であなたを汚して、ごめんなさい。 
 もしかしたら名前を呼ぶことですらも、汚してしまうのかもしれない。 

 許してほしいとは言わない。 
 せめて、私の中で果てて―― 


「づ、あ――!!」 

 ドクン、ドクン、ドクン 

 知っている律動が、下腹部に響いた。 
 一瞬遅れて、あつくドロドロとしたものが、一番奥に叩きつけられる。 

「あ゛ッ、!!! …っ、……!!」 
 ぎゅ、と、背中が縮んだ。 
 今まで経験したことのないほど、大きな絶頂。 
 気持ちいい、どころじゃない。 
 あそこが、快感でバカになってしまう。 
 喘ぎ声すら出ずに、背中に引っ張られる。 

「は、あ…ふ」 

 波が引く、その瞬間で、もう限界だった。 
 私の意識は、とうとう溶ける。 



「ん……」 

 少し、寒い。 
 目覚めたのは、あそこに感じた違和感。 


「……何?」 
「いや、拭こうと思って…ごめん」 

 むくり、と体を起こせば、脚の間で苗木君がティッシュを持って座っていた。 

「…自分で出来るわ」 
「で、でも」 
「貸して…これでもまだ、あなたに見せたり触らせたりするのは、恥ずかしいのよ」 

 ぶっきらぼうな言葉で、ティッシュをひったくる。 

 眠気はない。気絶していたわけではなさそうだ。 
 ただ、あまりの快感に意識がしばらく飛んでいただけ。 

 ああ、最後の最後まで、カッコ悪い女のままか。 


 苗木君は、とっくに服を着ていた。 
 裸で横たわっていたのは、私一人。 

 彼は、いつかこのこともただの思い出にして、舞園さんと付き合う。 
 私だけがこの部屋に取り残されて、この数十分の出来事にしがみついていくんだ。 
 そう、現実を突き付けられている気がした。 


「……悪かったわね、ワガママに付き合わせて」 

 せめて最後は私らしく、ドライに終わろう。 
 ピロートークなんて柄じゃない。 

「そんな、こと…」 

 その方が、彼にとっても。 
 いつまでも私みたいな女が、ずるずると足元にしがみついては。 
 彼は、舞園さんのところに行けなくなってしまう。 

「通り魔にでも遭ったようなものだと思って、早々に忘れなさい」 
「……」 
「…ま、時々思い出してくれれば、光栄だわ」 


 背を向ける。 

 自分で処理をした後、脱ぎ捨てた下着を拾う。 
 煩雑で、服まで身につける気にはなれなかった。 

「…霧切さん」 
「何?私の用事は終わりよ、もう帰っていいわ」 

 ドライに。 

「僕、忘れないからね」 
「……そう?舞園さんが嫉妬するわよ」 

 ドライに。 

「忘れないから」 
「……帰って」 

 声が、濡れる。 

 止めろ、泣くな。 
 ドライに。 
 せめて最後くらい、彼がずっと信頼してくれた、「強い女」のまま別れさせて。 

 苗木君は、私のお願い事を聞いてくれた。 
 それで十分、報われたじゃないか。 
 何を悲しい事がある。 


 悔いは無い。 


 ぐ、と、上半身が後ろに引っ張られる。 
 倒れる、と思った瞬間に、思っていたよりも広い胸元が後ろで支えてくれた。 

「不安、だったんだよね」 
「っ……」 
「わかるよ、僕も不安だから」 
「…離して」 

 肩に置かれた手をどけようとして、それ以上の強い力で抱き締められる。 

「…止めて、苗木君…お願い」 
 同情や憐みが欲しくて、あなたを呼んだわけじゃない。 

「好きだから…あなたが好きだから、だからあなたには…本当に相応しいと結ばれてほしいの…」 
「霧切さん、それは」 
「こんなことして、言えた義理じゃないのは分かってる…でも、それでも」 
「待って、ちょっと」 

「――私に振り回されないで、舞園さんと幸せに、」 


 そこから先の言葉は、紡げなかった。 

 苗木君にしては珍しく、やや乱暴な手つきで頬に手を添え、振り向かせられる。 
 振り向いた一瞬、いつも通りの優しい彼の表情が見えて、 

 唇が、重なった。 



 キス、と理解するまで、五秒。 


「…ぷ、は」 
「――何、してるの」 

 それだけは、舞園さんに取っておいてあげないと、ダメじゃない。 
 嬉しいとか、ビックリしたとか、そういう感情じゃなく、 
 真っ先に頭を占めたのは、ただ焦りだった。 

 あれほど私が我慢したのに、なぜ。 
 なんで、台無しに。 


「僕は、舞園さんに憧れてる」 

 ドス、と、幾度も繰り返した事実が胸に突き刺さる。 
 自分で理解していても、改めて彼の口から言われると、痛い。 

「…でも、それって…舞園さんに限った話じゃなくて」 
「苗木君、」 
「待って、僕に話させて」 

 す、と、真っ直ぐな眼差しで覗きこまれて。 
 また私は、それが怖くて顔を反らす。 


「…みんな、尊敬してる。ここの学校の人はみんな、すごいって思ってる」 
「……」 
「好き、とかじゃないんだ。なんていうか…近くにいるけど遠い存在っていうか」 
「舞園さん、のことも…?」 
「うん」 

 嘘だ。 
 咄嗟に思う。 

 彼は優しいから、私に嘘をついてくれているんだ。 

 やめて、そんな見え透いた嘘は。 
 いつか真実を知って、より高くから絶望に叩き落とされるだけじゃないか。 
 あなたの安易な優しさで、今までどれほど私が辛い思いをしてきたか。 

「それに…霧切さんにも、憧れてる」 

 なのに、彼は。 
 まだ真っ直ぐに、私の瞳を覗き込もうとする。 

「上手く言えないけど、その……すごく、気高い心を持っている人だって」 

 止めて。 
 耳を塞ぎたい。 
 あなたの信頼が痛い。 

「こんな女のどこが気高いっていうのよ…」 
 正面からは怖くて見返せず、みっともなく下を向いたまま。 
 震える声で、私は言い返した。 

「あなたに好きな女の子がいるってわかって、それでもいいから犯して、なんて…最低の、」 
「――そして、僕のためを思って、忘れるように言ってくれたんでしょ」 
「違う…」 
「舞園さんとの仲も応援してくれたんでしょ。まあ、その…そこは勘違いだったけど」 
「止めて…」 

 頭を振った。 
 もうこれ以上、優しい言葉を聞きたくない。 

 けれど、苗木君は笑う。 
 私は泣いているのに、すごく優しい顔で。 


「でもそれは、憧れで…好きとか、そういうのは考えたことなかった」 
「……」 
「だから、その……これから、じゃダメかな」 
「…これから…?」 


「霧切さんがまだ僕を好きでいてくれるなら…僕も少しずつ、霧切さんのことを好きになっていきたい」 


 それは。 


「それじゃ、ダメかな…」 

 チャンスをくれる、ということなのか。 
 あなたの信頼を裏切り、その体を怪我し、舞園さんに嫉妬していた弱い女に。 

 あなたは、まだ…… 

 ぼた、ぼた。 
 音を立てて涙が落ちる。 

「わ、え!? あの、ゴメン、やっぱり失礼だった、よね…ゴメン!」 

 大慌てで、苗木君が私の体を離す。 

 ホラ、お人好しの癖に気が弱くて、そうやってすぐ謝るから。 
 だから、私みたいな女に、好かれてしまうのよ、あなたは。 

 隙をついて彼の方に向き直り、今度こそその胸元に顔を埋めた。 


「あの、……」 
「……言質、取ったわよ」 
「え?」 

 泣き顔は見られたくないから、くぐもった声で話しかける。 

「…男に二言はないわね、苗木君」 
「あの、……うん」 
「私が彼女になったら、苦労するわよ」 
「…うん」 
「嫉妬も束縛もしてしまうかもしれない…めんどくさい女よ」 
「どっちもする必要がないくらい、頑張るよ」 
「浮気なんて出来ると思わないでね」 
「あはは…肝に銘じておく」 

「それと、最後」 
「ん?」 


 顔を上げる。 
 彼はまだ、私の好きな優しい笑みを浮かべていた。 


「……もう一度、ちゃんと…」 


 す、と目を閉じる。 
 それだけの合図で、分かってくれたみたいだ。 

 柔らかくて温かい鼓動が、私を包んでいく。 

 なんだか、酷く眠たい。 
 意識が、再び溶けていきそうだ。 

――――― 

――― 

―― 

― 


「……夢、だよね」 

 そりゃ、そんなことあるわけない。 
 忘れてしまったはずの過去の記憶、というのもあるけれど。 
 あの霧切さんが、僕のことを好きで、体の関係を迫ってきた、だなんて。 
 いくらなんでも、溜まりすぎだ。 

 ふぅ、と溜息を吐く。 
 そんな都合のいい話がある訳がない。 
 辛い現実を繰り返しすぎて、とうとう頭が現実逃避でも始めてしまったようだ。 


 希望ヶ峰学園を出て、数日。 
 僕たちは小さな公民館を、しばらくの行動拠点として定めていた。 
 おそらく他のみんなは、物資調達にでも行っているのだろう。 
 軽く目を開けて辺りを見回せば、人影はない。 

 うたた寝ていた僕の横に、もう一人分の毛布が隣にあった。 


「…お早う」 

 つい先ほどまで聞き馴染んでいた声に、背筋がヒュっとなる。 
 振り返れば、ジャージ姿に着替えた霧切さんが立っていた。 

「お早う…」 

 ぎこちない声で、挨拶を返す。 
 ちょっと不審が過ぎる振舞いだったけれど、霧切さんはこちらを一瞥しただけで、特に言及はしなかった。 

 まさか、『あなたを犯す夢を見ていました』なんて、口が裂けても言えない。 


「…眠ってしまっていたみたいね、私たち」 

 もう一人分の毛布は彼女のか、と、納得をする。 

 自分もつい先ほど目が覚めた、と、コーヒーカップに手を当てる。 
 それを飲むわけでもなく、何かを思い出すようにして、彼女は頭を振った。 

「…酷い、夢を見たわ」 
「どんな?」 
「……、…」 

 尋ねると、頬を真っ赤に染める。 
 あれ、僕、変なこと聞いた? 

 とりあえず僕もコーヒーを飲もう、と、立ち上がろうとして、隣の毛布に手を着く。 

 ぴちゃ。 

「…濡れてる?」 
「…!!!」 

 毛布の一部分に、シミが出来ていた。 
 よく確認する前に霧切さんが大慌てで、毛布を思いっきり引っ張り上げる。 

「あの、」 
「…寝汗、よ」 
「いや、ちょ、」 
「……寝汗だから」 

 いや、別に疑ってるわけじゃないけれど。 
 真っ赤に顔を染めた霧切さんは、しばらく毛布を抱きしめていたけど、 

「……疲れて、いたのかしら」 

 そんな言葉とともに、ペタン、とその場に座り込んだ。 

「そんなに…酷い夢、だったの?」 
「酷いというか…そうね、私が酷い事をする夢、だったわ」 

 思い出したのか、また霧切さんは毛布を抱き寄せる。 

「悪い夢、ではないのだけど…罪悪感というか、夢でよかったというか、不謹慎というか…」 
「どんな内容?」 
「……」 

 毛布を抱きしめたまま、ジト目でこちらを睨んでくる。 
 詳細は、あまり触れてほしくないみたいだ。 

「……あなたは?」 
「僕?……霧切さんには、言えない」 
「……そう」 
「いや、あの…ごめん」 
「…謝る癖、学園を出るまでに治せなかったわね」 
「え?」 
「あ、……」 


 既視感は、夢だけのせいじゃない。 
 僕だけじゃない、霧切さんも自分の言葉に驚いている。 


「ねえ、苗木君…」 
 もしかして、いや、きっと。 

「あなたの見た夢って、もしかして、」 


 僕と彼女が見た夢は――