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 そこはジャバウォック島の舞台裏のような場所だった。ノイズの走る壁。
切れかけた蛍光灯のように瞬く天井。時折現れては消えていく数字の羅列。
「はっ! あ、あちしはどうしたんでちゅか!?」
 ホテル・MIRAIのロビー程度の広さだろうか。狭苦しく暗い部屋の中で、
ウサギを模した不恰好なピンクと白のぬいぐるみ――モノミは目を覚ました。
黒と赤の双眸に、部屋に積まれた残骸が映る。
 血のついたテーブルクロス。大量のペットボトル。壊された監視カメラ。
どこかで見た柱の破片。どうやらここは不要なデータを一時的に収納しておく
『ゴミ箱』の一部らしい。よく見るとゴミ山の中に、モノクマに『モノミ』として
改造された際、むしりとられた羽や折られた杖が紛れている。
 アンバランスなぬいぐるみの体躯をよいしょと起こして、モノミは首を傾げる。
どうして自分はここにいるんだろう。同じ監視者である七海千秋と共に『おしおき』
されて潰れたはずではなかったか。
「やあ、不思議そうな顔だねぇ……うぷぷぷぷ」
 突如聞こえた声にモノミは振り向く。ところが急いで振り向いたせいで、
バランスを崩して転んでしまう。きゃっ、とか細い悲鳴を上げる彼女の頭を、
ぽてっと何者かが蹴った。
「モノクマ……!」
 モノミとよく似た体型、白黒にすっぱり塗り分けられた身体。モノクマが、
相変わらずの不敵な笑みを浮かべてそこに立っていた。
「何かに使えるかと思ってさぁ。一体だけこっそり機能停止させて、ここに
 隠しておいたんだよね。でもぉ、……もう、いらないや」
 コミカルな動きでモノミの前ににじりよると、モノミの半ばから折れている
左耳をむんずと掴む。
「なにするつもりでちゅか!?」
「前から思ってたけど、兄より耳が長いなんてナーマイーキだーよねーぇ。
そんな妹にはおしおきしなくっちゃ」
 自分で作った兄妹設定をあっさり否定したことなど忘れたかのように、モノクマは
頬を染めてニコニコしながらそんなことを言い放つ。そして、どこからか大きなハサミを
取り出すと、モノミの両耳を途中からヂョキンヂョキンと切ってしまう。
「ぎゃあああああああああああああああああぁっ!」
 モノクマドS閃のときとは比べ物にならない痛みがモノミを襲った。作り物であり、
プログラムに過ぎない彼女は、部位の欠損くらいでは生命に関わらない。
が、擬似的な物理ルールを持ったこの世界の中で、それなりの痛覚を設定されている。
「あっはっはははははは!」
 綿のはみ出た耳を押さえ、涙を流してて転げまわるモノミを見て、モノクマが
腹を抱えてゲラゲラ笑う。笑い声は次第に増幅し、ゴミ山の陰から別のモノクマが一体、
また一体と姿を現す。無機質な微笑を浮かべたマスコットたちは、モノミを取り囲むと、
暴れる彼女の手足を押さえつけた。
「ねぇねぇ、ボクさぁ、一回『キンシンソウカン』ってやってみたかったんだよねぇ」
「……う、うぅ……う?」
 耳の痛みというノイズの嵐に阻まれ、よく聞き取れずにモノミは相手を見返す。
「『やめてえぇ、おにいちゃああぁん』とか言ってもムダだからね!
 そういう台詞は相手をますますその気にさせるだけなんだからね、妹よ」

 五体のモノクマ達にモノミの四肢と頭をそれぞれ固定させ、最初からいた一体が
両足の間に陣取り、オムツをひっぺがす。
「ん?」
 ふいにモノクマは首を傾げた。何かが邪魔をして、モノミの腹部がまっすぐ上を向かず
傾いてしまっている。ピンクと白の体の下を覗き込むと、臀部(とおぼしき箇所)に
ちょこんと生えた丸い尻尾のせいらしかった。
「ジャマなシッポだなあ。ほんと、いらないとこばっかり出っぱっちゃってぇ」
「ま、まさか……」
 モノクマが手にするハサミを見て、モノミは表情を歪める。
「いやいや、これはもう使わないよ。ポイッと」
 投げ捨てられたハサミがゴミ山のてっぺんに突き刺さる。そしてモノクマは再び
どこともしれない場所から、今度は大きな『おろし金』を取り出した。
「ひうっ」
「おやおや。何に使うか分かったみたいだね。頭の悪いモノミちゃんにしては珍しい」
 拘束から逃れようとジタバタもがく無力なぬいぐるみを持ち上げ、尻尾の真下に
おろし金を配置する。
「やめるでちゅ! やめて、やめてってば!」
『うぷぷぷぷ……』
 モノクマたちは不気味な含み笑いを漏らしながら、モノミの身体をおろし金の上に
下ろし、尻尾を金属のギザギザした細かい刃に擦り付け始めた。
「やめ、や、ひぐぅっ、いぎぁあああぁぁああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!!」
 モノミは顎が外れそうな勢いで叫び声を上げる。キリキリ、ズキズキ、ジクジク、
グチャグチャ。どんな擬音語でも表せないような痛みが、全身の神経を駆け巡った。
 ふわふわのフェルトに包まれた小さな尻尾は、押し付けられて変形しながら徐々に
崩壊していく。おろし金の刃に引っかかった布や綿が縮れてだんごになる。
 尻尾と一緒に押し付けられた臀部全体が綿をむき出しにするに到る頃、モノミは
みじろぎする気力もなくしてぐったりしていた。こぼれた涙で目の周りはぐっしょり
濡れて変色し、短くなった耳だけがピクピク痙攣している。
「うーん……耳も尻尾もなくなって。これはもう、ウサギでもマスコットでもない
 謎の物体だよ。名前にモノクマの『モノ』を入れるのももったいないね。
 おい、おまえなんかもうモノミじゃなくて『ミ』! ただの『ミ』だっ!」
 無茶苦茶なことを言うモノクマに反論する気力も起きない。
「しょぼーん……なんの反応も返ってこなくて、これじゃボクが馬鹿みたいじゃないか。
 まったく、リョナり甲斐のない妹だなあ。面倒くさいからさっさとヤっちゃおーっと」
 モノクマは肩を竦めておろし金をどかす。ピンクと白の繊維が引っ張られて、
ぷつぷつと切れた。
「はい、ここで皆さんに問題です。赤ちゃんを作るために必要なのはなんでしょう。そう、
 お父さんとお母さんですよね? つまるところ、おしべとめしべなわけです」
 モノクマの股間から機械のモーター音と共に、勃起した男性器の形の突起が伸びる。
色はきっかり左右で白と黒。その先端をモノミの脚の間に押し当てると、白とピンクの
境界にある縫い目がひとりでにするするとほつれ、突起が入るだけの裂け目ができた。

「……ふえぇ? モノク……なに、す……」
「言っただろ? 皆さんお待ちかねの、近、親、相、姦、だよ」
 ずずっ、と突起が縫い目に押し入った瞬間。電流でも流されたかのように、モノミの
体が跳ねた。
「うああああああああああああああああああああ!!」
 バチバチと火花が飛び、フェルト地のあちこちがはじけて綿が飛び出す。モノクマの
ペニスから放たれたのは精子ではなく、モノミの身体を蝕むウィルスコードだった。
「やメテぇー! ヤメて、死んじャイまちゅヨぉぉォオおおおっ!」
 モノクマはシワが寄るほど強くモノミの腰を引き寄せ、ひょこひょこと滑稽な動きで
ピストン運動を繰り返す。それに連動して結合部からデータの切れ端が飛び出した。
「いヤああああアあぁぁぁっ!!」
 モノミは絶叫し続ける。存在そのものを書き換えようとするウィルスが全身を苛み、
無意味なデータの群れが体中を侵食しようと暴れる。
 モノクマ自身も感電したようにがくがくと震え、呻き声を漏らす。
「ううぅっ、あはぁ、イっちゃいそ、う」
「ダめェええエえ、あ、ウあああアアあァぁああaあアアああaa亜あっ!!!」
 一際強いウィルスの波がモノミを襲い、電球が切れるときのように一際強い光を放った
後、残骸となった小さなぬいぐるみは動きを止めた。

「さてと、卒業試験の準備をしないとね」
 モノクマ達は来た時とは違い、特に何の演出もせず部屋から消え去った。
「うウぅ……」
 暗い部屋の中、後に残されたのは、あちこちから綿がはみ出てフェルトの生地も
ぼろぼろのぬいぐるみが一体。ピンク色の左手を持ち上げると、モザイクのような
ノイズが走る。
 基本システムにまで損傷が及んでいて、無理に動くとあっという間にエラーの嵐に
飲まれそうだった。惨めさと心細さと、何より絶望感が胸をじわじわと満たす。
(あちし、このまま消えちゃうんでちゅかね)
 七海と一緒におしおきされたとき、覚悟は決めていた。結果がほんの少し、先延ばしに
なっただけのこと。
 新世界プログラムを監視するAIとして生まれ、ぬいぐるみの姿と『先生』としての
人格を与えられたモノミ。彼女は彼女なりに、その役割に誇りを持っていた。
生徒達を引率し、見守り、彼らが希望を持って現実世界へ卒業していくのを全力で助ける。
ツクリモノの自分にそんな素敵なことができるなんて、とっても幸せだと思ったのだ。
 だからモノクマによってシステムが乗っ取られた後も必死に抵抗した。権限の
ほとんど全てを奪われ、貶められながらも、ムダとも思える足掻きを続けた。
 それもここで終わりだ。そう思ったら急にさびしくなってきた。
(千秋ちゃん……お父さん…………みんなぁ……)
 枯れたと思った涙で再び視界が滲む。
 役割とかそんなもの関係なく、モノミは生徒のみんなが大好きだった。驚くほど
個性的で、生き生きと動く、プログラムの自分とは違う生身の彼らを愛していた。
先生として見てもらえなくても、信用されなくてもいい。みんなを助けてあげたかった。
(十神くん、花村くん、小泉さん、辺古山さん……澪田さん、西園寺さん、罪木さん、
 弐大くん、田中くん、狛枝くん、……千秋ちゃん。ごめんねぇ、助けてあげられなくて)
 ――いや。
 彼女は自身がこんな状況に及んでも、まだ。
(日向くん、左右田くん、九頭竜くん、それに終里さん、ソニアさん)
 彼らを、“助けたい”のだ。

「……ま、負けナイデちゅ…………」
 こんなところで絶望してしまうわけにはいかない。七海は最後まで他のみんなに
希望を残して逝ったというのに。愛する生徒達がまだ五人も残っているというのに、
こんな所でへこたれているわけにはいかない。
「あ、アチしはみなさんノ、『先生』なんでちゅ……!」
 持てる力の全てを使い、己のシステムの修復を試みる。せめて、身動きできる
くらいには。それが終われば今度はマジカルステッキだ。完全に修復できずとも、
あの機能の何分の一か、いや、百分の一でもいい。それが使えれば、きっと『希望』が
見えてくるはずだ。

 幾ばくかの時を経て。モノミ……いや、ウサミは江ノ島アルターエゴの前に出現する。
最後の力を振り絞って、『先生』としての責務を果たすために。
 この仕事を終えれば彼女は今度こそ消滅してしまうだろう。それを知っていてなお、
ウサミの笑顔は晴れやかだった。
「行っきまっちゅよ――!」
 柔らかなフェルトの手に握り締めたマジカルステッキを振り上げると、七色の光が迸る。
真っ白な綿と溢れんばかりの愛情が詰まった小さな身体が、江ノ島の巨体へと
飛びかかっていった。
「……らーぶ、らーぶでちゅ!」
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