(これ……なんなのかな)
日向創と砂浜でお出かけの待ち合わせ中、七海千秋は或る眼鏡を持ってほんの少し悩んでいた。
モノモノマシーンで手に入れたものの、他のアイテムと違って手帳に情報が表示されないのだ。
「このメガネ……バグなのかな? かけてみても普通のメガネだし……」
「おーい七海」
と、呼びかけられ振り向くと
「あ、日向く……ん!?」
レンズの向うにいる日向から、なんだか立体的な文字がドバッーと溢れ出した。
『うぉっ! 七海が眼鏡かけてる! 眼鏡! 眼鏡属性なんて持ってないのに
 眼鏡が好きになっちまうだろ! お前のせいでゲームやってる女の子とか
 眠そうにぼんやりしてる女の子とかが可愛く見える属性ついちゃったんだよ!』
「あれ? 眼が悪かったけ?」
七海の視界に映るものが見えていないのか、日向はごく普通の質問をする。
「ぼんやりなんかしてないよ」
つい頬を膨らませて、日向の言葉にではなく文字に反論すると表情が慌てたものに変わった。
『まさか俺口に出してたのか! あーでもぷくっとした七海可愛い!
 あんまり可愛いから見たくなって、時々変な事言いたくなるんだよな!』
「…………」
黄色文字の乱舞を見て七海は眼鏡を外す。
そうすると視界に残っていた『だよな!』の文字が消えた。
また眼鏡をかけると
『眼鏡無くても可愛い! 眼鏡かけても可愛い! つまり二倍可愛い!!!!
 そんなに可愛くて俺をどうするつもりなんだよ七海!』
日向くんはどうしてほしいんだろう?
ほとんど弾幕となってぶつかってくる文字にむしろ七海のほうが疑問を覚える。
「あーいや、眼鏡も似合ってるよな」
誤魔化すように頬をかく日向はいつも通りなのに。

「えっと……私可愛いのかな?」
思わずそう呟くと
「いきなり何言いだすんだよ」
日向は突拍子も無いと恥ずかしげに横を向く。だがしかし
『愚問だぞ七海! 俺は七海が可愛いとこをいっぱい知っている!
 ゲームに集中してる時は凛々しく可愛い! ハイスコア叩き出したドヤ顔可愛い!』
 上から目線と思ったら、色々教えてねと聞いてくるのが無邪気可愛い!
 眠たい時には甘えん坊可愛い!
 おぶってる時に当たってる大きい胸とか、可愛いを通り越して変な気分になっちゃうぜ!』
ハイテンションを通り越して、煩悩に忠実な日向の立体文字だ。
こうまで露骨ならば、人の感情があまりわからない七海にだって、眼鏡の効果がわかる。
この眼鏡は人の本音が見れるようになるアイテムだと。
(少し恥ずかしいよ……)
ほんの少し動悸が早くなって、七海の頬に朱が差す。
恥ずかしさと共に不思議だと思った。
可愛いという短い単語が、何か意味合いを持って胸の奥にドンとぶつかってくると感じたのだ。
まるで立体文字が自分の中に入り込んできたよう。

「なんだよ?」
メガネを外してじっと睨むが、日向に本音の片鱗すら見えやしない。感じやしない。
「日向くんって……結構ずるいんだね……」
「えっ!?」
何か失敗したのかとたじたじになる日向。当然悟られてるなどとは思ってもいないだろう。
七海は言葉を一つ返すのにも、色々と考えて本音を伝えているというのに、この少年ときたら隠し事ばかりなのだから。
持ったメガネに視線を向ける。
このメガネがあれば日向に隠し事はされない。
七海千秋がもっともっと知りたい人の心というのも、よくわかるかもしれない。
(でも、それは……)
フェアじゃないと思う。
対戦ゲームで自分だけチートをしているような、ゲームを攻略する時にいきなりwikiで調べているような
そういうズルをしているのではないかと、そう思う。
例え恋愛ゲームが苦手だとしても、答えのわかってる選択肢なんて望んではいないのだ。
「その、七海。どうかしたのか?」
なんだかビクビクとしている日向は、心なしか髪の毛がくたんと落ち込んでいる気がする。
七海がじっと考え込むのはいつもの事だけど、ずるいと先に言われたのが響いているようだ。
そう、日向の本音が七海にはわからないように、七海の本音もまた、日向にはわからないのだから。
「……ううん、なんでもないよ。今日はどこにいくのかな?」
「あ、ああ。今日は……な、七海!?」
「……どうしたのかな?」
別にたいした事はしていない。腕を組む、いやほとんど腕を抱くようにして、隣についただけだ。
「あ、え、い、お、」
「……発生練習?」
「違う、と、とにかく行くぞ!」
腕を組み直して早足で歩き出してきて、何か誤魔化してるのが七海にもわかった。
(ズルはよくないけど……日向くんも嫌じゃなさそうだし、少しだけいいよね)
組んだ腕から伝わる暖かさを感じながら、頬が少しだけ赤い日向を見上げて微笑んでいた。

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最終更新:2013年03月22日 13:43