部屋の中央に横たわる、少年の裸体。
 筋肉質というにはやや細く、大人というにはやや小さく、男というには少し頼りなさを感じさせる。


 それでいい、と、セレスは感じていた。
 体躯が大きすぎれば、強い力でもって抵抗されるかもしれない。
 このくらいの、あどけなさの抜けきらない『男の子』の方が、部屋の景観も損なわれない。


「っ、ん、んぐぅ、うぅっ…」
 少女とも聞き紛うような高い声を上げて、少年が喘ぐ。
 その声に、その姿に、セレスは恍惚として身を震わせた。


 なんと官能的な絵であろうか。


 ベッドの上で拘束された少年に、二人の少女がまたがっている。
 少年は目隠しの上に、猿轡。四肢を縛られ、身動きはできない。
 それをいいことに、二人の少女は自らの発情したメスを彼の体に擦りつけている。


 少女のうち、日に焼けた健康的な肉付きの方――朝日奈は、少年の体中を舐めまわす。
 『口腔が女性器になる催眠』が未だ解けやらぬので、彼女のその行為は、まま自慰と等しい。


 少女のうち、色白の華奢で可憐な方――舞園は、少年の肉棒を貪る。
 同じく催眠下にある彼女は、先ほどから絶頂の連続に見舞われ、それでも少年自身を手放そうとしない。


 前者は快楽に溺れ、後者は愛欲に溺れているのだ。


 はっ、はっ、と、三人分の淫靡な息遣いが、部屋の熱気を上げていく。


「く、フフフ…気分はいかがですか、苗木君。超高校級のアイドルにスイマー、ギャンブラーのハーレムですわよ」
「んぐぅううっ…!!」


 猿轡のまま何かを伝えようとしたのか、必死で暴れる少年。
 しかし、


「ん、ぷあっ…!?……もぅ、暴れひゃらめれすよ、苗木君…ん、ぁむ…」
「ん、んぐぅっ、ふ…んんっ!!」


 舞園がしつこく肉棒に食らいつき、苗木の体から再び力は抜けていく。
 苗木は、苦しそうに眉根を寄せ、快楽を超えた苦痛に身を悶えさせるしかないのだった。


 その彼自身の根元――黒いゴムの輪が、鬱血しそうなほどにきつく、それを縛りあげている。


 舞園が保健室に行くフリをして苗木を監禁したと聞いた時、セレスは思わず身震いした。
『傷つけないと、約束してくれるなら……彼を犯すの、私も手伝いますから』
 そう言った彼女の顔は、何か思いつめたような表情だったけれど。
 使ったのは、朝日奈に舞園を攫わせるときにも用いた睡眠薬だという。
 何が彼女をそこまで掻き立てるのかはわからなかったが、思いもよらぬ収穫だった。


 ひとつ、催眠の支配下にあるとはいえ、舞園がセレスの意思を理解し、従ったという事実。
 ふたつ、残り二人のターゲットのうち、一人をノーリスクで確保できたこと。


 さて、射精に到達できないままの苗木を辱め続けて、そろそろ半日が経過する。


「……そろそろでしょうか」


 セレスがそう呟いたと同時に、コンコン、と、部屋の扉がノックされた。


 ふ、と部屋の空気が停滞する。
 これから起こりえるであろう展開に、それぞれが身構えた。


 セレスが標的と定めた、最後の一人。
 扉の向こうには、おそらくそれがいる。



 むくり、と、舞園は体を起こして、扉の向こうを睨みつけた。
 今更、何をしに来たのか、と。
 セレスの催眠によって理性を壊された今の彼女には、霧切が苗木を奪い返しに来たようにしか見えないのだ。
 彼女の手から遠ざけて、ようやく自分のものにしたというのに。
 また、奪うのか。私の居場所を。彼の隣を。



 そんな黒い視線を背に受けて、セレスは重い腰を上げ、扉へと向かう。


 本来ならこの部屋は、朝日奈の部屋だ。
 そこにセレスがいるのは異常、ましてや彼女は下着姿で、それを隠そうともしない。
 おそらく気取られるのは、時間の問題だろう。


 だから、とセレスは策を練る。
 彼女は下着の後ろに、山田から没収したキーホルダー型のスタンガンを偲ばせていた。
 小さく、掌で握り隠せるほどのサイズ。しかし、改造によって電圧は上げてある、とのこと。


 これを、霧切を招き入れて、彼女が油断している間に、後ろから――



「今、開けますわね」


 そう目論見ながらカチャリ、と、鍵を外して、



 はたして、その瞬間に思いっきり扉が蹴り飛ばされた。


「は、ぐっ――!!?」
「…お邪魔するわよ」


 ガツン、という強烈な衝突音で、セレスが弾き飛ばされたその隙に。
 黒い手袋がするりと入り込み、彼女の手首を捉えて、力強く引っ張りあげる。


 扉から姿を現したのは、超高校級の探偵。
 護身術は人並みだが、油断しきっていたセレスを投げ飛ばすには十分な技量と体格を持っている。


「ふっ…!」
 セレスの細い腕を巻き込み、一本背負いの要領で床にたたきつける。
「かは……っ!!」
 ろくに受け身も取れずに背を強打し、セレスは地面で悶え苦しむ。



 それを確認するや否や、霧切響子は部屋の中央へと飛び込んだ。


「…!!」


 さすがの彼女も、動揺を隠せない。
 同学年、しかもうち一人は異性の少年が、全裸でベッドに横たわり絡み合っている、その光景。


 しかし、探偵の名は伊達ではない。
 一瞬のうちに思考を切り替えて、冷静に彼女は三人に歩み寄った。


「苗木君、朝日奈さん、それに舞園さん…無事かしら?」
「き、霧切さん…?」


 霧切が猿轡を外してやると、息も絶え絶えに、苗木が声の主を確認する。
 意識も朦朧としているようで、薬品か何かを飲まされているのだろう。
 おそらく、自身の裸体を晒しているという自覚もなさそう……、と、


 彼のその部分に目が行ってしまいそうで、慌てて霧切は視線を反らした。


「あ、ふぇ……?」


 苗木のすぐ脇には、彼を未だ舐め続けている朝日奈が横たわっている。
 こちらは、おそらく三人で一番ひどい。意識は、もうほとんどないのだろう。
 かくかくと体を痙攣させ、雌の匂いを充満させている。姿はまるで、発情した獣のそれだ。


 おそらく、舞園が一番被害が少ない。そう、霧切は判断した。


「舞園さん、申し訳ないのだけれど、二人を運び出すのを手伝ってもらえる?」
「……」


 舞園は応えず、じっと霧切の目を見ている。


「…舞園さん?」


 不審に思いながらも、霧切は苗木の腕に手を伸ばした。
 まずは拘束されている彼を開放するのが最優先だ、と。


 その瞬間、


「え…?」


 ハシ、と、彼女の袖を舞園が掴んでいた。


「あの…舞園さん?」
「…さない」
「何を、」


 突如、舞園が動いた。
 警戒を解いていた霧切は、舞園が被害者だと信じ切っていたのもあり、とっさに反応ができない。
 背後に回った舞園に、両腕を掴まれてしまった。


「くっ…!?」
「苗木君は、渡さない…!」




「は、離してっ……、離しなさい…!」


 瞬時に霧切は、自分が危険な状態であることを悟った。


「…護身術は探偵さんだけのものじゃないでしょう。アイドルだって、習うんですよ」


 後ろに回られて、両腕を封じられた。
 これは、護身術においては敗北そのものだ。
 自分は抵抗ができない。身動きが取れないのは相手も同じだが、


「っ、た……」


 相手が二人以上の場合。抵抗ができないという自分のデメリットの方が、はるかに大きい。
 セレスがゆっくりと体を起き上がらせるのを、動けないままに霧切は見ていた。


 鼻を強打したらしく、片手で痛々しげに抑えながらも、


「よくやりましたわ、舞園さん」
 涙声で、セレスは霧切をにらみつける。



「き、りぎり、さん……?」
 ベッドの上で、苗木が心配するような声を上げた。



 『助けを求めて差し出された手は握り返すが、自分から手を差し伸べはしない。』


 それが、探偵としての霧切のポリシーだった。


 何でもかんでも助けて回っていては、自分の体も心も持たないから。
 助けてほしいと、そう求められた時だけ、手を握る。


 そのポリシーを破ってまで、自ら助けようと思った少年。
 彼だけは、どうしても自分の手で救い出してあげたかったのだけれど。



「…大丈夫よ、苗木君」


 立ち上がったセレスが、歪な笑みを浮かべてこちらへと近づいてくる。
 声が震えてしまわないように精いっぱい努めて、霧切は声をかける。


「あなたは絶対に私が助け出すから……安心して、待っていなさい」
「黙って悶え果てろ、ビチグソが」



 霧切の声にかぶせるようにして、セレスが吐き捨てた。
 それと同時に、最大出力まで調節されたスタンガンを、彼女の腹部にあてがう。


 敗北。
 拘束を振りほどくこともせず、霧切は静かに目を閉じて、それを受け入れるしかなかった。




 バチン。




「はっ、あがっ!! う、あ゛ぁあああああああああああっ!!!!」



 舞園の腕の中で、霧切の体が本人の意思と無関係に跳ねる。



 熱い、痛い、体が、神経が焼ける。


 ジジジジ、と、大げさな音を上げてスタンガンが唸る。
 ごり、と、セレスがそれを押し込むように、さらに霧切に突きつける。


「霧、切さん…? 霧切さんっ!?」
 苗木も、視界を封じられていながらも異常に気づいたらしく、声をかける。
 しかし、当然それに返事できるはずもない。


「あ゛っ…!!…カ、はっ……!! ……、……!!!…っ、い゛ぃいいいっ……」


 もはや声すら上げることがかなわない。
 十秒以上も、セレスはスタンガンを押し当て続けている。
 生命の危機が危ぶまれるほどだ。


 霧切は既に白目を向き、ガクンガクンと大きく体を揺さぶっていた。


「もう、やめてあげましょうよ、セレスさん」
 甘ったるい声で、しかしがっしりと霧切を抑えつけている舞園が言う。
 その状況にそぐわない甘ったるさには、霧切への同情など一かけらも存在しない。


「霧切さんが死んじゃったら、苗木君が悲しみます」


「……個人的には、まだやりたりないのですが」


 そう言いつつも、その言葉に冷静さを取り戻したのだろうか。
 セレスはそこでようやく、霧切からスタンガンを離した。


 決して彼女は、苗木が悲しむだの云々のために、霧切を許したわけじゃない。


 当初の目的を思い出したのだ。
 いくら今の学園に法が存在しないと言えども、殺してしまえば学級裁判だ。
 そんなリスクを冒すよりは、生きたまま苦痛を味わわせ続ける方が、遥かにいい。



「……か、はっ……」


 ずるり、と、舞園の腕から霧切の体が滑り落ちる。
 既に意識はなく、電気の反動から、痙攣するように体を震わせているだけだ。


 やがてその股下から、黄色い液体が下着とスカートを濡らし、肌を伝う。
 どうやら失禁してしまったようだ。


「さて…このままというわけにも行きませんわね」


 セレスは、まだベットの上で悶える朝日奈の方を見やり、言った。


「…準備なさい。仕上げに取り掛かりますわよ」


―――――



『う、あ、っ…ま、いぞの、さ……止めてっ…!』
『あはぁ、あは、あははははっ……本物、苗木君の、本物のおちんちんっ!!』




「……、ぅ……」


 湿った二人分の声で、霧切は意識を取り戻した。
 まだ脳髄が痺れて、上手く頭が働かない。
 聞こえる喘ぎ声にも、籠ったようなエコーがかかっている。


『あっ、うあ゛ぁああっ…!!!』
『あ、は、んっ……入ってくる…私の、苗木君が、入ってきますぅっ…!』


 しかし、現状の逼迫を忘れたわけではなかった。
 苦しそうに喘ぐ苗木と、舞園の狂ったような嬌声が、嫌でもその記憶を思い出させてくれる。


 自分は、負けたのだ。


 まさか、既に舞園がセレス側の人間だったとは。
 その誤算さえなければ…


 いや、言い訳にはならない。
 その可能性まで考えなかった、自分が及ばなかったのだ。


 どの道、やることに変わりはない。


 一刻も早く現状を打開し、苗木誠を、みんなを助け出す。
 それが、彼女の使命。
 自らの危険を顧みず、この部屋を訪れた目的なのだから。



 その現状を、確認する。



 四肢の自由を奪われて、自分は地面に這いつくばっている。
 両手は腰の後ろ。縄のようなもので縛られている。
 縄は全身に渡り、体をきつく締めあげていた。
 脚も同様に拘束され、膝のあたりに何かつっかえ棒のようなものがある。


 そして、信じたくはないことだが、受け入れねばならないこと。


 おそらく、衣服は纏っていない。



 それが意味するところ。
 おそらくセレスは、自分をもあの二人のように弄ぼうとしているのだろう。


 恐怖心や羞恥心がないと言えば、ウソになる。


 ただ、そういう感情を表に出さない方法は心得ていた。
 なるべく自分を殺し、動揺を顔に出さないこと。


『あっ、ぐ、はぁああっ…』
『ああ、んっ!! や、やっぱりお尻も、ヒ、んっ! い、いけど、おまんこが、いちば…あぁっ!!』


 だから、先ほどから聞こえているこの声の正体にも。
 霧切は、自分を殺して向き合わなければならない。


 おそらくそれは、彼女がもっとも目にしたくなかった光景。
 それを覚悟して、ゆっくりと瞼を開ける。



「あっ、ほら、っ…霧切さん、起きましたよ…んっ」
「う、っ…?」


 ベッドの上で、裸体の舞園が挑発するようにこちらに笑いかける。


 苗木は自分のものだと言わんばかりに、余裕を見せつけるように。
 頬は紅く上気し、目は蕩け。


 彼女が体を揺らすたびに、豊満な乳房が音を立てんばかりに弾ける。
 その下、相変わらず拘束されたままの苗木が、男性器へ襲いかかる刺激から苦しげに喘いでいる。


 その姿だけでもう、霧切の覚悟は揺らぎかけた。


 苗木が、他の女子と交わっている姿。
 おそらくは霧切が初めて目にする、正真正銘のセックス。


 見たくない。そんなもの。
 けれど、見なければいけない。
 それが、彼らを助けに来た自分の役目だ。



 自分を、殺す。
 やるべきことに、身も心も投じて、



「舞園、さ……あ、あぅああっ!?」


 止めるように、舞園に声をかけようと口を開いた瞬間に、


 突如肛門に、底知れぬ感触が走り抜けた。
 首を捻れば、自分のすぐ背後に朝日奈が張り付いている。


「はっ、は……」
 目はどこか虚ろで、狂喜の色があるようにも見える。
 舞園同様に頬を上気させ、雌の匂いを充満させて。


 いや、そんなことよりも。


 この肛門の違和感、おそらく彼女によるものなのだろう。



「朝日奈さん、何を…っ!? く、ふっ…」


 努めて冷静に尋ねようとするも、肛門をぐりぐりと撫でまわされ、体が強張る。
 何かぬるぬるとした液体で以て、その異物が肛門の中に入り込んでいる。


 おそらく朝日奈の指だろう。


 異物感からアナルが反射で締まるも、気を失っている間に相当ほぐされたのだろう。
 弱々しい収縮をものともせず、指はぐるぐると、内壁をなでまわしてくる。


 舞園の調教を手伝ったことで、いくらか慣れたのか。
 半分意識を失ったまま、朝日奈は霧切の肛門を開発していく。
 霧切が気を失って、約三時間。
 力を抜かせるほどに霧切のアナルをほぐすには、十分な時間だった。


「ふ、ぐっ、…あ゛! 止め、なさ……っ!!」
 強い言葉で抵抗を試みるも、ただでさえ性知識が乏しい上、初めての肛門の異物感への戸惑い。
 想定外の連続で、混乱が頭を埋め尽くす。



「あら、お目覚めですか」
 這いつくばった床の目の前に、白く細い脚が現れた。


「セレス、さん……!」
 無理に上体を反らし、霧切はその人物を睨みあげる。
 西洋の人形のような、美しく白い肌、装飾過多な黒い下着。
 彼女たちに、そして自分にこんな仕打ちをした、今回の事件の犯人を。


 彼女もまた、怒りを持って霧切を見降ろしていた。



 ひゅ、と、その足が持ち上げられ、


 ガツン!!



「あ゛っ…!!」
 霧切の脳天へと、振り下ろされる。


「よくもまあ、出会い頭にさんざんと痛めつけてくれましたわね…!」
「づっ……は、ぐ、ぁあああぁああああっ!!!」


 ぐりぐり、と、こめかみを踵で抉りつけるように、霧切の頭に体重をかける。
 メリメリと、頭蓋が音を立てて割られるような。
 鈍痛から逃れるように暴れるも、縛られた体では身動きなど出来ないに等しい。


「いっ…、あぁああっ!!」
「平和的交渉を望んでいたのですが…あなたには少し、痛い目を見てもらわなければいけないようですわ」


 二度と私に刃向かう気が起きないように、と、歪にセレスが笑う。


「や、っ…止め、てよ…!!」


 と、ベッドの上から、喘ぎ混じりの少年の声が届いた。


「もう、みんなを離してよ…!どうして、こんな…」


 拘束され、刺激を与えられ続け、それでも彼は。
 弱々しい声で、周囲の人間を気遣っていた。


「苗木君…」


 ふ、と、頭に乗せられていた足の力が緩む。


 苗木は、四肢こそ縛られているが、既に目隠しも猿轡もしていない。
 舞園が交わる際に、それらを邪魔だと取り払ったからだ。


 霧切は全裸の上、四肢を縛られている。



 あられもない姿。セレスが脇に退ければ、その一糸纏わぬ姿を彼の眼に晒してしまう。



 恥ずかしいやら情けないやらで、せめて上体を伏せて胸だけでも隠そうとしたが、


「許されるとでも思っているのですか?」
「あ、ぐっ!」


 セレスが髪をつかみ、霧切の上体を引きずりあげた。



「き、霧切さん…」


 苗木の目が、釘付けとなった。
 その視線を感じて、体が熱く火照る。



 晒してしまっている。
 苗木君に。胸も、あそこも。
 私の、生まれたままの姿を。


 霧切の裸体は、舞園や朝日奈の肉付きのいい女性らしいそれよりは、セレスのものに近かった。
 細く、無駄な肉付きは一切ない。うっすらと浮き出る腹筋が、くびれを作り出している。
 彼女の髪にも負けない、絹のようにきめ細やかな、輝く白い肌。


 そして、


 おそらくは、苗木に見られてしまったという羞恥と、わずかな緊張から、
 ささやかな、いや、ある意味では年相応だろうか、膨らんだ胸。
 その先端は、徐々に屹立していく。
 うっすらと生え揃う陰毛の間からは、淫靡な熱気が立ち込めていた。


「…ごめんなさい、苗木君」


 せめて気丈に振舞おうと、霧切はとにかく口を動かす。
 自分と苗木の気を紛らわせる、その目的ももちろんあるが。


 おそらく、この部屋でまともな思考が働くのは、自分と彼だけなのだ。
 自分たちだけは、冷静さを保っていなければならない。



「あなたを助けに来たのに、こんな無様な姿…」
「えっ、いや…そんな! 僕の方こそ、僕が……ん、むっ…!」


 応えようとした苗木の唇を、舞園がふさぐ。



 霧切は、無意識に唇を噛んだ。


 舞園の性感を伴った舌が、彼の口腔を蹂躙していくのだ。
 苗木の意思ではない、苗木は今、舞園に犯されている。


 悔しさを感じずには、いられなかった。


「んっ、む……ぷぁ、…ふふ、ダメですよ苗木君、他の女の人見ちゃ…」


 止まっていた舞園の体が、再び上下に激しく動き出した。


「私だけ、見て……っ、あぁあんっ、はぁ、あんっ!!」
「うっ、く、ぁ……!」


「苗木君…っ」


 思わず口から、悲壮な声が漏れる。
 それを聞いた舞園が、苗木の上でよがり狂いながらも、霧切に笑いかけた。


 『この人は、私のものだ』と。
 『お前には、渡さない』と。
 勝利を見せつけるアピールに、違いなかった。
 やり切れない思いが心を埋め尽くし、思わず唇を噛む力が強くなる。



 舞園の淫靡な陰唇が咥えこんだ男根の、その根元が黒いゴムで縛られている。
 あれでは射精が出来ないまま、快楽を延々と与え続けられてしまう。


 その苦しさこそ理解はできないが、おそらく相当辛いものなのだろう。
 苗木の顔が、体中を伝う汗が、それを伝えてくる。



「っと、あなたもよそ見している場合じゃありませんわよ」


 再び、二人の間にセレスが立ちはだかる。
 どこから取り出したのか、錨のような大きな金属を、その手に携えて。


「…!」



「朝日奈さん、もうよろしいですわよ。ご苦労様でした…『ゼロ』」
「あ、はぅっ…」


 まるでその言葉が、スイッチかなにかのように。


 ずるり、と、ほとんど音もなく、剥がれおちるように朝日奈の体が離れる。
 そのまま地面へと倒れ伏したかと思うと、声もなく二度、三度痙攣して見せた。


「朝日奈、さん…」


 地面に伏したまま、カクカクと腰を振っている。
 霧切の声も届いていない様子。
 おそらくは強烈な催眠によるものだ、と、一瞬で霧切は見抜いてみせた。


 おそらくは、目の前のこの少女によって…



「言っておきますが…抵抗しようなどとは、二度と考えないことですわ」
「くっ…」


 再びセレスが、霧切の髪を引っ張り上げて、その耳元で吐き捨てるように言う。



「あなたが抵抗を見せた時、傷つくのは苗木君…それをお忘れなく」



 けっして舞園の耳には届かぬように、小声で。


 セレスもまた、霧切と同力の洞察力を持っていた。
 彼女がこの部屋を訪れたのは、苗木誠を助け出すため。
 ならば霧切が最も嫌がるのは、抵抗した自分ではなく、助け出すはずの苗木誠が傷つくこと。


「……」


 言い放って無抵抗を確認してから、セレスは霧切を引きずりあげる。



 ようやく這いつくばっていた状態から起き上がり、霧切は自身の体を確認できた。


 肌の白さを強調するような、紐状の黒のボンテージ。
 凹凸の乏しい体を絞りあげ、縛縄しているかのようだ。
 腰にはコルセットのようなものが巻かれ、その後ろにおそらく手錠が付いているのだろう。


 恥ずかしい、そして趣味の悪い格好だ。


 苗木の視線を感じて、霧切は身の竦む思いがした。
 生まれたままの、あられもない裸体を見られているという恥じらいもあるが、それ以上に。
 助けに来たはずなのに、敵の手で弄ばれている情けない自分の姿を、彼に見せつけてしまっている。


 それが、何よりも霧切の自尊心を傷つけているのだ。


「ほら、こちらにお尻を向けなさい」


 セレスが霧切に言い放つ。


「……」
「どうしました? 言うことが聞けないのですか?」
「……、くっ」


 セレスの目は、言っている。
 霧切が拒めば、苗木の無事は保障しない、と。


 セレスの思惑通り、霧切は羞恥を噛み殺して、くの字の体勢で臀部を突き出して見せた。


「ふふ…綺麗なお尻ですこと」


 と、言いながらセレスは、大きくその細い腕を振りかぶり、



 バチィッ!!



「い゛っ…~~~!!!」


 思い切り、そのむき出しの臀部に振り下ろした。
 革製品を引きちぎったような、鈍い音が響く。


「っ、…何、を…っ…?」


 本気の平手打ち。
 打ったセレスの手も痺れてしまうほど、強烈なビンタ。


 周囲の人間や、体を縛る縄がなければ、その場で崩れて悶え出すほどの鋭痛。


「いえ、先に教えて差し上げようかと」


 セレスは余裕の微笑を崩さない。
 そのあまりにも穏やかな表情は、霧切を戦慄させる。



「あなたは、朝日奈さんや舞園さんのように、優しく堕としてはあげませんわ。
 当然でしょう、ご自分がこの部屋に来て、最初に私にしてくれやがったことを思えば。
 ですからこれから行う行為は、あなた自身を服従させ、私のストレスを発散するためのものだとご理解くださいな」


 そう言って、セレスは例の金属の錨をちらつかせた。



―――――



「は、ぐっ…! あ゛ぁああっ…!!」


 霧切が鈍い呻き声を受けて、セレスは恍惚の表情を浮かべた。


 金属の先端が、霧切のアナルにめり込んでいく。
 釣り針のように反り返ったそれが、容赦なくずるずると。


 潤滑剤としてのワックスのようなものが、金属に塗りこまれていることを差し引いても。
 朝日奈によってほぐされた肛門は、ぐいぐいと押し込まれるそれを、押し返すことが出来ない。


 尻を突き出して、くの字型になっていた霧切の体が、あまりの感覚に再び直立する。
 鈍痛は確かにあるが、それよりも異物感が彼女を苦しめていた。


「あっ、か、ハ……っ!!」


 彼女の喘ぎをBGMにして、セレス自身も興奮していく。
 為政者が、拷問される民の悲鳴を、娯楽としての音楽にしていたように。
 セレスにとって、気に食わないその女の苦悶の表情は、喘ぐ声は、エクスタシーを感じてしまうほどの至高の快楽。



「ふ、ふふふっ…ほら、霧切さん…もう半分、一気に行きますわよ」
「づっ……く、ぁあ、あああ…」



 呻きが悲鳴となり、部屋に響く。


 メリ、メリメリ。
 音を立てるように、勢いよくアナルが割れていく。
 火箸を突き刺されているような、熱と激痛と異物感。


「っ、はぁ、はっ……!」


 挿入が終わると同時に、霧切は力を抜いた。
 そこに壁があればもたれかかることも出来ただろう、膝の拘束具がなければ崩れることもできただろう。
 しかし、彼女を縛る器具が、体を休めることを許してはくれない。


 肛門に深々と突き刺さった金属からは、紐のようなものが宙へと伸びている。
 その紐は、いつの間に取り付けたのか、天井の滑車のような設備を通して、


 依然として、恐ろしいほど穏やかな笑みを浮かべる、セレスの左手へと続いていた。



 ぶわ、と、恐怖から汗が噴き出す。


 セレスがその左手の紐をゆっくりと下へ引っ張る。
 と、同調して、霧切のアナルにめり込んだ金属の錨が、ゆっくりと引っ張り上げられていく。


 釣り針のようなそれは、霧切自身をも引きずりあげて。
 崩れかけていた彼女の体を、強制的に立ち上がらせる機器であった。


 カラ、カララ、と、骸骨が笑うように、滑車が音を立てて霧切を引きずりあげていく。


「いや……っく、ふっ…、うぁっ…!!」


 霧切が完全に直立した後も、容赦なく錨は、彼女の肛門を引きずりあげる。
 苦しさから逃れようと、自然と足が浮く。


「…ふふ、完成ですわ」


 霧切が爪先立ちまで持ち上げられたところで、セレスは滑車を固定させた。


「ぐっ…」


 金属の錨でアナルを引きずりあげている上に、爪先立ち、両膝の間につっかえ棒。
 足を曲げることも、閉じることも、腰を引くことも敵わない。


 どれほどの苦痛を強いられたとしても。
 その拘束具は、崩れることは許してはくれないのだろう。



「き、霧切さん…」



 気づけば、ベッドの上では、相も変わらず苗木が心配そうな目つきを向けていた。


 霧切が吊られている間に、舞園は果てたようだ。
 苗木のすぐ隣で、気を失ったように倒れ伏している。


 解放された苗木が、まるで小動物のように見えた。




 そうだ、自分は彼を助けに来たんだ。


 霧切は今一度、歯を食いしばる。


 ならば、どんな窮地に立たされても。
 私が折れるわけにはいかない。
 彼に無様な姿を、晒してはいけないんだ。




 穏やかそうに微笑んでいたセレスの表情が、ゆっくりと歪んでいく。


「いいですわ、そそりますわ…!」


 助けに来た少年を救うことも出来ず、身動きを封じられ。
 自分の無力さを噛みしめながらも、無様な姿だけは少年に見せまい、と。


 そうやって気丈に振舞う彼女のプライドを。


 快楽と屈辱で、完膚無きにへし折ることこそ、今回のセレスの目的だったのだから。

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最終更新:2012年08月21日 21:56