ロアンナ Rhoanna


鞍の上に生まれる者たちは、愛馬を自身の一部とします。戦いにおいては、馬が自ら攻撃を避け、乗り手が駆るよりも一瞬早く動き、何者にも増して奮闘することを意味します。移動においては、このような差し迫った旅であっても、心を別のどこかへ飛ばしながら馬を駆れることを意味します。

彼女は小さな部族を束ねる族長の娘でした。彼女の父親は絶えず他のヒッパスの部族たちと争っていました。部下たちを率いて家畜の群れを襲い、焚き火を囲んで酒を飲みながら手柄を自慢し、ささいな利益のために策略を巡らせていました。彼女は父親に向かって叫びたくてたまりませんでした。「あなたは愚かな老いたけだものです! 仲間たちが死んでいく姿が見えないのですか? 日に日に他国が領土を侵し、その都市や兵隊にどんどん押しやられているというのに、私たちは名誉だの侮辱だのといって部族同士で争っているばかり。目を覚ましてください! そのことを少しは考えてください!」やがてある日、襲撃に出掛けた彼はそのまま戻ってきませんでした。彼女の兄も同様に。そして人々は彼女に期待を向けました。

部族の大部分を失うことになった運命の戦いは、若き新たな指導者であるロアンナが人々の期待に押し切られ、隣の部族に攻め入ることで始まりました。しかしこのときは相応の出迎えを受けました。逆に攻め入られる事態となり、もっとも大切な家畜までもが奪われました。彼女は自分が父のような戦士ではないのだと身をもって知りました。彼女は父の鎧を無理に着込んでいましたが、従兄弟の一撃が彼女を見舞ったとき、一瞬の遅れを見せる羽目になりました。敵にはそのような躊躇はありませんでした。従兄弟の一振りは目にも留まらず、彼女の受け流しは未熟でした。埃、混乱、取り巻く蹄の音、怒号……ロアンナはほうほうの体で逃げ出し、なんとか命を拾いました。肩に残った生涯にわたる痛みは、貴重な教訓となりました――部族をまとめ上げることができなければ、彼女と部族は蹂躙されることになるでしょう。

3度目の部族会議は極めて重要なものとなりました。数ある部族のうちの半数が彼女の提唱する連合に加わりました。弱い側の半数が。残る部族のうち、タスンケが鍵を握る人物でした。彼が連合への参加に同意すれば、その名声はもっとも強大な部族までをも動かすことができます。

「遠路はるばるようこそ、お嬢さん。口上を述べ終えたら、さっさと引き返すがいい。アロウル族は何者の助けも必要としない。とりわけお前たちのような寄せ集めの助けなどはな。」タスンケがそう豪語すると、彼の仲間たちから大きな嘲笑が沸き起こりました。

その虚勢こそが鍵だ、彼女は自分に言い聞かせました。彼の名誉をなんとか自分たちのほうへ引き寄せなくては。「寄せ集めですって? できることなら、アロウル族として滅ぼされるよりは、私たちと手を組んだほうが得策なのではないかしら。」

「ありもしない武功を誇示しても無駄だぜ、仔馬ちゃん。だが本気で俺たちを倒せると思うのなら、お前の兵隊を連れてくるがいい――」

「私たちの手で倒すなんて話はしていないわ、タスンケ。でも既に苦しんでいる者がいるのよ。そうでなければ、どうしてあなたたちの羊はニマライルの丘で草を食んでいないのかしら? そこはきっと今までと変わりなく青々と草が茂っているでしょうに。」

「俺たちの羊はコネブ族の丘で今まで以上に伸び伸びしてるさ。」とタスンケは言いました。

「ええ、そうでしょうね。あなたがアムリテを恐れるなんてありえないことでしょうから。彼らに流れる魔法の血統など、あなたがた勇敢な戦士にとっては取るに足りないものでしょうし、ただ羊たちには自由にさせているだけなんでしょう。」彼女の言葉はいくらかの笑いを誘い、それはアロウル族の中からさえも聞こえました。「ではカレドールの谷はどう? 少年王の羊飼いたちは、あなたの雄々しさに影を落としたりはしていないかしら?」

「女の身で、男らしさを語るのか?」彼は声を張り上げました。「周りを取り囲む国々の無数の兵隊どもに、俺たちが走り回るところを見るつもりでいるのか? そうでなければ、お前自身に俺たちと戦う勇気があるんだろうな?」

「違うわ、タスンケ、私はアロウル族が滅ぶところを見たいわけではないの! あなたはアロウル族の中で、ひいては私たちの中で最も力のある者よ。私たちが生き残るためには、ひとまず誇りを脇に置かなくてはならないんだわ。さまざまな帝国に包囲される今、私たちに残された選択は、手を取り合うか、さもなければ死かよ。今こそヒッパスをひとつに団結させましょう!」

「だとしても、俺たちが手を組んだところで、そうした国のひとつにさえ敵う力などなかろう。自分だけがヒッパスの運命を悟っている人間だと思っているのか? これは俺たちの問題だ、口出しは無用に願おう、少女よ。」

「あなたの言うとおりだわ。私たちの数は他の国々には到底及ぶものではない。でも私たちの勇気や技量、そして名誉は伝説的なものよ。アムリテ、クリオテイテ、エロヒム、都市に群がる者たち。彼らはこうした私たちの長所を活用できるなら、見返りに私たちが望むものをなんでも差し出すでしょう。」

「俺たちに商人になれと?」

「つまり、形を変えた掠奪だと思えばいいのよ。」

この最後の契約で、掠奪品の額が雇い主からの報酬を上回ってしまったという事実を、兵を率いるタスンケは知る由もありませんでした。ロアンナは海路を使い、交渉の場から兵の集結地へと到着している予定でした――その海賊の邪魔さえ入らなければ。ファラマーは彼女の船を乗っ取って船長を追い払い、彼女を連れて姿をくらましました。彼は当初の航路に戻す代わりに、彼女が危険を冒して稼いだ儲けのほとんどすべてを巻き上げました。彼はヒッパスに対する形勢を逆転させ、彼女を襲撃した張本人です。それなのになぜ彼女は、武人であり、馬の民として生まれたはずの彼女の心は、どうしても彼を嫌う気になれなかったのでしょう。
最終更新:2013年03月10日 15:14
添付ファイル