テッサ Thessa




ベルテン説話集:第五章

初めてデヴォンを見掛けたとき、テッサはまだ40の夏を過ごしただけの少女にすぎませんでした。彼が下の小道を歩いて来たとき、彼女は一本の古代樹の枝に腰掛けていました。彼の母親はたいそう美しく、天使が恋に落ちたと言われていることを彼女は耳にしていました。デヴォンはその二人の間に授かった子供であり、普通のエルフよりもひときわ優秀で気品に溢れていました。

より間近で姿を見ようとテッサが枝から身を乗り出すと、デヴォンは視線を上に向けて彼女の目をまっすぐに見つめました。テッサはびっくりして枝を掴む力を失い、真下の下生えに転がり落ちました。倒れ込んで茫然自失となりましたが、それが落下の衝撃によるものなのか、決まりの悪い恥ずかしさによるものなのか、はっきりとは分かりませんでした。やさしい手が彼女の手を掴み、穏やかな動作で助け起こされました。

「気をつけるんだね、お嬢ちゃん。枝の上はうっかりさんには危ないよ。特に、気を取られてしまう人にはね……別のどこかに。」と、彼は微笑みました。その微笑みは後に、彼女の最も大切な思い出の宝物として数えられました。

テッサは、エヴァーモアでも屈指の魔術師として成長しました。若い頃は、ほとんどの訓練で他の生徒たちを上回り、ときには教師さえも凌駕するほどでした。一度など、楢(なら)の樹を地面で拾ったどんぐりの状態から夜通しかけてどうにか成木にまで成長させ、力を使い果たして数日間意識不明になったほどでした。

たったひとつの事件だけが、教師たちの評価を曇らせました。彼女は一度、屍霊術の魔道書を読んでいるところを見つかったことがありました。その魔道書はずっと以前にカラビムから盗まれたもので、高位の魔術師たちのほとんどは、それをとっくに破棄されたものか、少なくとも厳重に封印されたものと思い込んでいました。その魔道書は直ちに没収され、そしてその年若き少女には、それ以上禁忌の呪文を学ぼうとする様子は確かに見られませんでした。テッサはそのように自分自身が才能に溢れる勤勉な学生であることを証明したので、その事件のことは間もなく忘れ去られました。

正式な教育課程を修了すると、彼女には大魔道の地位が用意され、強い責任感に駆られて彼女はそれを拝命しました。まったく別の、何よりも差し迫った望みがあったにもかかわらず。

ベルテン祭で、彼女とデヴォンは夜を踊り明かしました。一枚の金の羽で飾られたテッサの長い黒髪が、エルフの歌声とフルートの音色に合わせて翻りました。村は踊りに沸き、木々と星明りの下で楽しみに明け暮れました。彼女の人生の中で、最も輝かしい夜でした。

エルフたちの平穏な森に災厄が訪れました。斥候たちが恐ろしい報告と共に国境近くの地からやってきました。それは侵入してくる敵軍ではなく、もっと不吉な何かでした。奇妙な腐敗が現れ始めました。草はしおれて枯れ果て、それよりも丈夫な植物は茎や幹を捩れさせ、種と共に更に遠くまで腐敗を広げる膿で満たされました。動物たちが死に絶え始める前になんとかしなければならず、当然の成り行きとして、ある大魔道に助けが求められました。

テッサは喜んで任務を引き受けました。その頃には、そうすることが常となっていました。彼女自身の著しい魔力は、どんな仕事を引き受けようとも、簡単に片付けてしまえるように思えました。しかし腐敗は、彼女にとってさえ手に余るものだとわかりました。最も強力な浄化の呪文でさえ、狭い範囲に一時的な安寧をもたらすだけで、あとには数日にも渡る疲労が残されました。そうして腐敗は自由に広がるままにされ、それはゆっくりと森の中心部へと、そしてエヴァーモアへと忍び寄ってゆきました。

デヴォンは彼女との結婚を望みました。彼はベルテン祭で、その意志を打ち明けました。彼女は日増しに募る彼の焦りを感じ取ることができました。木々たちの緩やかな荒廃を止める術を考えることに心を奪われながらも、彼女はついに身を任せました。ふたりの家族は、大魔道と天使族が神の名のもとに結ばれる、壮大な祝宴の準備を始めました。

その一方で、テッサは森に働く不可解な力との勝ち目のない戦いを続けていました。彼女は穢れの源に向けて進みましたが、その発端となる場所を突き止めることはできませんでした。それは多くの場所で同時に発生したように見えました。そして彼女は、なんらかの悪意を持った魔術師が、彼女のふるさとに強力な不可逆の呪文を施したのではないかと疑いました。彼女は里に戻る途中で、二匹の鹿が横たわって死んでいる広場を見つけました。その死体は吐き気を催させるような黒紫色に染まっていました。絶望に暮れて灰色の大地に座り込むと、しかし突然、恐ろしいまでの考えが脳裏に閃きました。

彼女はこの地で失われてきた命について深く悲しみ、そしてこれから失われるであろう命について嘆きました。

結婚式の披露宴は本当に素晴らしいものでした。異国の果物と上物の葡萄酒による宴がありました。巧緻を極めた沢山の演奏家がいました。歌と踊りがありました。テッサは催しの間、妙に気もそぞろな様子でした。しかし招待客のほとんどは、彼女の新郎がそうであるように、働き過ぎによる心労が原因だろうと思い込みました。夜も更けると、招待客たちは赤柏の巨木の周りに設えられた広場から退散しました。エルフのしきたりに従い、婚姻の仕上げとなる初夜の儀式を執り行う場所に、新婚の二人が残されました。

そうして二人はその場に立ちました。デヴォンの瞳は喜びと期待に輝き、テッサはとても彼を見ていられなくなりました。それでも彼女は無理に微笑み、穏やかに彼を引き寄せました。デヴォンは彼女に囚われるあまり、光の宿らぬ目や、そこに溢れ出した涙に気付きませんでした。彼は口付けを求め、しかし彼女は身体を押しのけ、最後に彼の目を見つめて優しく囁きました。

「ごめんなさい。」

デヴォンが答える間もなく、彼女はドレスの中に忍ばせた儀式用の短剣を取り出し、その森で何百年ものあいだ聞くことがなかった不可解な呪文を呟いて、短剣を彼の心臓へと突き立てました。その呪文はデヴォンの身体から神なる魂を吸い取り、彼女自身の魔力へと変えました。そんな膨大な魔力に満たされながら、彼女は浄化の呪文を解き放ちました。衝撃波がその広場を中心に拡がり、澱みを一掃するかのように、大気や大地や木々のあいだを流れました。そして森は癒されました。

夜が明けました。青々と茂り、生命に満ちた森を太陽が明るく照らしました。広場の亡骸と、その傍らにうずくまり、頭を抱えて涙に暮れる女性を除いた、すべてを。

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