均等なるヴァレディア Valledia the Even


「首尾はどうだ?」

サミュエルは成果の証が描き出された表面だけを示しました。彼はヴァレディアに仕える最も優秀なウィザードというわけではありませんでしたが、精神と魂に関する魔術の腕前は充分であり、このような仕事には邪魔となる倫理観も持ち合わせてはいませんでした。

ヴァレディアが頷いてサミュエルに退室を許可すると、彼は一礼してこそこそと部屋を去りました。彼女の目にはその動きが薄汚いジャッカルのように映りました。とはいえ、彼に命令を下した彼女の手もまた血に塗れており、計画の完遂に同意した彼と同罪だったのです。

カスワラウンが到着するのを待つあいだ、彼女は座ってそのことについて考えました。彼はいつも時間に遅れましたが、だらしがないのと同じくらい優秀でもありました。時間を守れない者が常とする急ぎ足で、ようやく彼は到着しました。

「サミュエルを牢獄から出しましたね? 彼は禁呪に手を染めた咎で裁かれている罪人ですよ。定められた命を終えた生き物を操るという、屍霊術にね!」

ヴァレディアは答えませんでした。

「彼の犯した罪の大きさを考えれば、処刑されて当然でした。彼は我々全員を神の怒りに触れるという危険に晒したのですよ。あなたはまず彼に恩赦を命じ、今では自由にさせています。いったい何を考えているのです?」


「神の怒りに触れる?」

彼女はデインが信心深くなどないことを知っていました。彼は司祭たちの話など上の空でしか聞きません。彼は再び口を開きました。

「彼は法を犯しました。罰せられて当然ではないですか? 他の者が正当な罰を受ける一方で、我々が定めた禁忌を嘲笑っているようなこの男に、いったいどんな特別な事情があるというのです?」

「彼の生殺与奪は私が握っている、貴方の忠告だぞ。この話はこれで終わりだ、この件について貴方が満足するような答えはなにもない。」

デインは反論を試みようとしましたが、彼女から理解しがたいほどの真剣さを感じ取りました。彼女がこの件について譲ることはないでしょう。ヴァレディアにも、他人とは分かち合えない彼女なりの事情があるのです。彼女はこれまで出会ってきた中でも最高に論理的で、そして頑固でした。

「いいでしょう、口論はここまでです。司祭たちが、エロヒムが地獄の軍勢との戦いから手を引いたという話をしています。」

「それで?」

「地獄の軍勢は人々が言うような弱小勢力ではありません。彼らがエロヒムとの和平を受け入れるなら、それは単に他のどこかで戦いを続けたいからに過ぎません。エロヒムは強大な勢力です。地獄の軍勢は、併呑がより簡単な標的を伺っているに違いないのです。バンノールか、ラヌーンか、そしてあるいは我々か。」

ヴァレディアは彼の話がまだ続くのか様子を伺いながら待ちましたが、彼の秘術の腕前は、未来予知に関してはたかが知れていました。

「少なくともこのことに関しては、司祭たちが正しいだろう。エロヒムは既に和平に合意している。貴方は私になにをさせたいのだ?」

「我らはケイル・アビーへと赴き、エイニオンに会わなくてはなりません。戦争を再開するよう彼を説得しなくては。」

「エイニオンに前言をひるがえすよう納得させることが、果たして可能だろうか? エロヒムが民を犠牲にしないなら、我々がそう強いられるかもしれないから、という理由で約束を反故にすると? あるいは説得が失敗するだけでなく、その試みが地獄の軍勢の怒りを買い、貴方の危惧する戦争が現実のものとなるとは考えられないか?」

デインはうろうろし始めました。ときおり目先のことしか見えなくなるとはいえ、彼もアムリテの一員であり、いったん論理的な議論が始まれば慎重に考えを進めるのです。彼は部屋に掛けられた火鉢に手を伸ばし、指で煙を二つに裂きました。デインの静かな命令で、煙が寄り集まり2つの姿を形作りました。ひとつはハイボレム、もうひとつはエイニオンです。彼は両者を観察し、作り上げた姿からその気質を読み取ろうとしました。彼はそれぞれの国が置かれた状況を熟考し、周りを取り巻く避けられない情勢について考えを巡らせ、八方塞がりであると結論付けました。そしてゆっくりと口を開きました。

「エイニオンは休戦協定を破らないでしょう。そしてハイボレムは別の文明に攻撃を始めるでしょう。もしその標的が我々であるなら、おそらくは滅亡を免れません。我々が必要とする平和の対価として差し出せる、ハイボレムが求めるようなものが何かないものでしょうか?」

「悪魔どもが、殺戮以外に何を求めるというのだ?」

「我々ではなく、ラヌーンやバンノールを攻撃する可能性はありませんか?」

「野生の獣は、一番弱い獲物を最初に狙うものだ。つまりは我々を。貴方のウィザードたちに戦の準備をさせて欲しい。標的は我々だ。火弓隊を沿岸警備から地獄の軍勢に接する国境へと差し向けよう。」

デインは状況を理解し、頷きました。外交手段は既に尽き、戦争へと心を傾けました。

「術使いたちに大地浄化の呪文の訓練を始めましょう。地獄の侵蝕に直面することは疑いありません。秩序の教団に対する支援を表明するのもいいかもしれませんね。彼らはすぐに頼もしい味方となってくれることでしょう。」

「いい考えだろうな。秩序の教団には私が当たろう。貴方の魔術師たちは待機させておいてくれ。」

「もう行かなくては。やるべきことが山のようにあります。」

ヴァレディアは頷き、デインは踵を返しました。彼女は彼が部屋を立ち去る前に呼び止めました。

「デイン、私はこの戦を予見し、無事乗り切ることができるようこれまで動いてきた。どんな長い夜にも、必ず朝は来るものだ。エロヒムは再び戦線に加わることだろう。彼らは地獄の軍勢に対して深い憎しみを抱いてきた。我々が屈するのを、ただ座して眺めることを良しとはしないはずだ。地獄の軍勢が国境の都市を陥落させ我々の首都に迫るとき、彼のもとへ赴いて我々の敗北を告げるのだ。そのときこそ休戦協定は破られ、彼らは我々の戦に加わることだろう。」

「彼らは我々になど何の愛着もありませんよ。が、彼らが地獄の軍勢に向ける憎悪は私が思うよりも遥かに強いのでしょうね。」

ヴァレディアはただ頷くだけでした。
最終更新:2013年03月10日 15:28
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