白きエスネ Ethne the White


彼女の生誕の日、王は命じました。
我が娘が世界に満ちるあらゆる苦痛を目に入れざらん事を。
故にエスネは忠実な従者達に傅かれながら、豪奢な生活を送り、宮殿を取り巻く優雅な庭園より外の世界をかいま見ることはありませんでした。
彼女は、彼女のような立場の子供にありがちな、またそうなるべきとされるような性格ではなく、いかなる悪意も持たない、寛大で、優しく、そしてお転婆な少女へと成長しました。

彼女にとっての世界は狭いままでしたが、ある日、宮殿の城壁上を滑空する鮮やかな青と黄色のオウムを目にした時、それは変わり始めました。
14歳だったエスネは、その鳥が彼女の呼びかけに応じて自分の元にやってくると思っていました。
宮殿の動物達は皆、その様に馴育されていたからです。
しかし、オウムはユリノキの枝に止まったまま、彼女を見下ろしているだけでした。

この奇妙な鳥に当惑しながらも魅せられていたエスネは、オウムの為に果物や木の実を運んできました。
彼女がその場から後ずさりすると、オウムは彼女が置いた盆に舞い降りてきました。
オウムは盆の傍らに着地すると、片方の足を体にくっつけたまま、片足でその上に飛び乗りました。
エスネはオウムが怪我をしていることに気が付きました。
オウムの片足は失われていたのです。
彼女はオウムが餌をついばみながら盆の縁でびっこを引くのを見て、自身が覚えている限りにおいて初めて涙を流しました。

こらえきれずにエスネは、何か癒す方法が無いかと立ち上がってオウムの元に駆け寄りましたが、オウムを驚かせて逃げ去らせただけでした。
オウムの翼は傷ついていなかったので、つかの間飛び回った後、宮殿の外に飛び去っていきました。
エスネはこの哀れな鳥への悲しみで心が一杯になり、その後を追いかけていきました。
彼女はどれも汚れひとつない大理石の噴水や、刈り込まれた植木、輝く魚で満たされた池の傍を駆け抜け、そして彼女の世界の境界を示す彫刻された城壁に至りました。
そして、考えなしに彼女はそれを押し開くと、想像とは何もかもが異なる世界である、都市の道路へと降り立ちました。

民草は込み合った通りで互いにぶつかり合い、疲れた馬車馬は泥の中を馬車を引っ張っています。
お恵みをと叫ぶ病気の乞食は皆から無視され、朽ちかけた建物の前では言い争いが起きていました。

エスネは宮殿の門の外に存在する様々な苦しみをよく理解することができず、何時間も通りを彷徨いました。
完全に日が沈んだ後、彼女は青いローブを着た金髪の男性に声をかけられました。

「お嬢さん、多くの人々が貴方を探し回り、心配しているのをご存知ですか?」

「わ、判っているわ。」彼女は応えましたが、余りにも混乱していたのでそれ以上は話せませんでした。

「貴方は、完全であるものと、我々がそこからどれほど劣っているのかを知るために、この世界をその外側に立つ者として見渡すことができるのです。これは、死すべき定めの者にとっては極めて稀な経験なのですよ。」

「多くの悪があるのではないでしょうか。」エスネは自分の考えを伝えようと苦心しましたが、彼女が感じたほとんどの事に対して言葉を見つけられませんでした。
「何もかもが壊れています。外でこれほど多くのものが必要とされている事を思えば、宮殿での生活でさえ邪悪なものです。私は、これが善だといえるものを見たことがないのでしょう。」

見知らぬ男はエスネの傍らにひざまづき、彼女の潤んだ青い瞳を灰色の瞳で見据えながら、話をしました。

ある農夫の馬が塀を飛び越えて逃げていってしまいました。
翌日、彼の隣人は彼の不幸を慰めるように言いました。
「貴方に訪れた不幸にお悔やみ申し上げます。」

しかし農夫はこう答えただけでした。「このことが良い事か悪いことか、誰が言えるっていうんだい?」

次の日には、その馬は野生の馬を連れて戻ってきました。
隣人は再び農夫の所にやってきて農夫の幸運をお祝いをしました。

しかし、農夫は再びこう答えただけでした。「このことが良い事か悪いことか、誰が言えるっていうんだい?」

1週間後、農夫の息子が新しくやってきた馬を馴らそうとして放り出され、足を折りました。隣人はまたやってくると、農夫の不幸を嘆きました。

しかし、農夫はまた、こう答えただけでした。「このことが良い事か悪いことか、誰が言えるっていうんだい?」

しばらくして、戦争の為に徴募官が町にやってきて兵士を集めていきました。
しかし、農夫の息子は足を折っていたので見逃されました。
農夫は、もう一度隣人に言いました。「良い事か悪いことかなんて、誰にも判りはしないのさ。」

エスネは話を聞いた後、しばらく考え、そして答えました。
「もし、これが悪ではないとしたら、それは一体何なのでしょう?」

「善も悪も貴方の元を訪れるものではありません。それは作り出されるというものではないのです。貴方がそれをどう扱うかにかかっているのです。」

エスネはその夜、宮殿に戻り新たな熱意をもって勉強を始めました。
彼女は、宮殿の城壁を取り払って、彼女が王女として統べる国を日々視察して廻り、人々について学ぶことを決意しました。

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