《苦渋/bitter affliction》
ソレグレイユで働いていた当時の
エラミーは彼女の父親がかなりの高官だったこともあり、
ソレグレイユ根幹機関の中での作業を任せられていた。
父親の仕事場の移転、そして死去が重なったために、高等教育を受けられなかったエラミーにとっては
額面の良い仕事であった。
しかし、その仕事というのはただの点検作業を一日中ずっとやっているというものであり、
広大な点検範囲にはエラミーしか人はいなかった。
聞くと、エラミーの前に働いていた人は歯車に身を投げて自殺してしまったらしい。
給料は自動的に振り込まれ、食事も全自動で配給される。睡眠場所は仕事場にあり、シャワー、着替えもついている。
灰色の世界が彼女を檻のように閉じ込めた。
毎日起き、検査する。異常はない。異常はない。
彼女は1年以上声をだすことなく生きた。
彼女は考える。支給された白い服と、歯車に巻き込まれてボロボロになった髪で。
私は何をしているのだろう。一体、生きているのだろうか。ここから出て、生きていけるのだろうか。
『私はあの時、仕事場から出てみようかと思って、一階に続く金属のタラップに腰掛けていた。
薄々出れないことは分かっていたけれど。
外から誰かの声が聞こえた。人の顔も、何年も見ていなかった。
「――そういえば、ここに小娘を一人押し込んでいると聞いたが?」
「ああ、そうです。一年くらい前からずっと一人にさせてますよ」
「まだ十代だろう? 『発狂部屋』なんかに入れて、どうするつもりだ?」
「それが、あのエラミーのガキですから、ちょうどいいでしょ。馬鹿は死ぬか狂わなきゃ治りませんって」
「はは、それもそうか、はは。 美人か? 狂ったら自殺する前に儂に売り下げろよ?」
足の先から血液がすうっと空気に溶けていくような気がした。
後ろの方で大きなタービンが音もなく滑っていく。無意味に心臓が収縮して、たまらなかった。
声を出そうとしたら、どうすればいいかわからなかった。
走ろうとしたら、足が震えた。考えようと思ったけれど、何もわからなかった。
一体、生きているのだろうか。
なんとなくその時、父親の所に行こうと思った。お金はある。狂う前に、早く。』
―――反逆者エラミーの回顧録より
最終更新:2022年08月30日 22:13