悠久郷


悠久郷

後に賢者と呼ばれる者が、エレヴィスティア湖と周辺の土地を結界に取り込んで創りあげた終わることのない楽園。

元々エレヴィスティアという場所とリンティスタという種族は、歴史の表舞台に出ることのない
忘れられた存在であり、故に与えられる安穏に身を任せ、彼らは長く平和を享受してきた。
しかし、時の遷ろうに従い、世界を巻き込んで拡大していった戦火は、それさえをも脅かし始めたのだ。

これを憂い、当時リンティスタの族長の座を受け継いだばかりだったレドールは、
己の力を以てエレヴィアンタを世界から隔離する『悠久郷計画』を実行。
自分たちが半ば忘れられた存在……幻想であることを利用し、
幻想を内に、現実を外に定義し、幻想を取り込み現実を排斥する結界をエレヴィスティア湖周辺に張った。

これによって、元々他の地域との交流が少なく孤立していた彼らは結界の中に取り込まれ、
外部から侵入しようとする現実の者達は彼らを見つけることができなくなり、結果リンティスタの楽園が完成した。
以来、彼らはレドールを賢者と讃え、結界の外で幻想となって郷へ流れ着く種々の存在を同胞として迎えながら穏やかで何者にも邪魔されることのない平和な生活を送っている。


『手持ちの糧食が尽きて早数日。朝露や食べられる草で食い繋いできたが、もう限界に近い。
朦朧とする意識に活を入れながら、必死に私は歩き続けていた。
私の旅も、此処までか。諦めが頭を過り、杖代わりの枝を握る手から力が抜けていく。

霞む視界に、その時何かが映った。ろくに働かない思考を巡らせて、其処へ顔を向けた。
暗転する意識の中で、確かに見えたのは、美しく輝く水面の煌きだった。

―中略―

何という事だろうか。目を覚ました私を迎えた女性から、驚くべき事実が語られた。
私が気絶した場所は、今となっては年老いた吟遊詩人の伝える歌に残るのみの、
現世に現れた理想郷と名高いあの伝説の「悠久郷」エレヴィスティアだというのだ。

水没した旧世界遺物に築かれた都市と、そこに住まう人魚達。水中でも息をし、
エルフでもないのに魔術を扱い、されど争わず自由気侭な生活を送っている呑気な住人達。

今此処の住人達を統率しているという女性……賢者様と皆に呼ばれる彼女に案内されて
周ったこの都市の情景は、伝説そのままの実に素晴らしいものだった。

しかし、なんだろうか。どうも私には、この光景が朧に見えてならない。
まるで……そう、海上で見る美しい蜃気楼のようだ。
どれだけそれを追い求めても、決して手にすることの出来ない、そんな印象を受ける。

「儚いとお思いですか?」

突然、前を行く彼女に声を掛けられた。

「ここは悠久郷。忘れられた存在が集う、終わらない幻想の楽園」

「貴方は現の存在。この夢の世界にはそぐわない者。だから、この景色を儚いと思うのでしょう」

……現と夢か。噂に聞くホトケの信者の教えに似たような問いがあった気がする。
哲学者ではない私には、些か難解な言葉だった。

「暫く体を休めたら、貴方は此処を発つ。それまで、この夢を楽しんだらどうかしら」

まぁ、しかし。長たる彼女がこう言っているのだ。もう暫くは、他のことを忘れてこの楽園を楽しむとしよう』

―――探検家ゴッヘルザッホの手記より

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最終更新:2022年08月29日 21:18
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