最期の世界線
西暦2086年、京都府秋葉市郊外。彼――
石神学はいつものように
《
次元デバイス研究所》通称ラボのメンバーを集め、研究に明け暮れていた。
明け暮れていた、と言っても、研究に執心しているのは立案者である石神と、
彼の助言役兼ツッコミ役の針名愛ぐらいのもので、
他のメンバーに至っては女の子同士で集まって雑談をしたり、
定位置でネットの海にダイブしたり、この場にすらいなかったりと各々が好きなように時間を過ごしている。
閑話休題――。
現在このラボで行われている研究、それは『
世界線移動法の確立』である。
無線レンジ(仮)の発想から発展し、それを唐突に石神が熱弁を振るったことで研究が始まった。
周囲のメンバーからは科学的に不可能であるというまともな反論や、また中二病を拗らせたかという呆れた反応、
挙句の果てには、彼の言っていることを理解できずにただ成り行きを見守るだけといった
ある意味いつも通りのやりとりが繰り広げられた。
結果として、ラボのリーダーたる石神と実質的な最大戦力である針名に、
時折パソコンでのシステム構築に参加させられる樽谷進の約3名で研究はスタートする。
しかし、彼の研究が終わりを見ることはなかった。
何故なら今、彼は『無線レンジ(仮)の存在しない世界線にいる』からである。
元々偶然の産物として手に入れた技術を、まっとうな研究や二度目の偶然に縋って
改めて作り出そうとするのが間違いだったのだ。
彼が最後に世界線を越えたのは、同胞であり師でありよき助言者だった《
まほろば》メンバーの失踪、
および自殺の報道を受けてのものだった。
《
リーディング・ヴァーハイター》の発現を機に不用意に世界線を越えてしまったことで、
周囲の仲間やちのIFを目の当たりにしてしまった彼は、
各世界線での問題を解決しながら元いた世界線への帰還を目指した。
まほろばのサークルメンバーは帰還の旅において針名を通じて手助けをしてもらった恩義があった。
そうして数百日分の3週間の旅を終えた彼がいたのは、『まほろばのメンバーが存在しない世界線』だった。
彼は言われていた。「もう飛ぶな」と。「どんな犠牲も踏み越えろ」と。
それでも、彼には「恩」があった。見過ごすことができず、彼は「飛んだ」。
しかし、彼が越えた世界線には大きなものが無くなっていた。
無線レンジ(仮)、
次元科学、そしてまほろば。彼が――石神学が世界線を越えた理由はそこには無かった。
だが、これはある意味幸運だったのかもしれない。何故ならそこは、とても平和な世界だったからだ。
食糧事情やエネルギー問題に大きな障害もなければ、核戦争の危機にも瀕していない、平和な世界線。
石神学は世界の滅亡から期せずして救われたのだ。しかしそれ故に石神学――龍王院狂魔は自身の幸運に気付いていない。
元の世界線へ戻ろうとすることの危険性に気付かずに、彼は一生を費やしてタイムマシンの発明に没頭してゆく。
最終更新:2022年08月30日 22:13