短いもの三つ

2005年01月09日(日) 02時27分-K

  壁の向こう側

 そこには壁がある。そう、壁だよ。どんな壁だとは言わないけれど。四方を囲まれているかもしれない。天を二つに分け、地平線の向こう側までまっすぐに連なる、ただひとつの長大な壁かもしれない。でもそんなことは特に重要じゃない。そこに壁があることは確かなんだから。
 そして、その壁に近づいてみる。すると壁に小さな穴があいている。人差し指賀ようやく入るくらいの穴だ。そこを覗くと、壁の向こう側が見えるはず。見えるかい?見えたのかい?
 見えたのなら、急いで僕にそれを伝えてほしい。急いでだよ、本当に。それなんだ、僕の知りたかったものは。壁の向こう側だったんだ。だからもし、向こう側がその小さな穴から見えるのなら、それを今すぐ何かに書くか、写真に撮るかして、僕に送ってくれ。どんな形ででもいいから、伝える方法は。伝わるならば。
 一応言っておくけれども、もし壁の向こう側が見えたと思っても、あせらないように。それは本当に壁の向こう側だよね?
本当に穴はあいているよね?実は壁の表面に描いてある絵だった、なんてことはないよな?たとえ本当の穴だったとしても、穴がふさがれてしまうこともある。誰かがふさいでしまうこともあるし、自然にふさがってしまうこともある。少しずつだったり、一瞬だったり。とにかくあまり時間がないんだ。心配なんだ。すべての覗き穴が消えてしまったとき、向こう側も一緒に消えてしまうんじゃないかって。つまり、重要なのは向こう側なんだ。そして抜け穴。ドーナツの穴でもなんだっていいから、抜け穴が必要なんだ。
 いつか、穴がすべてふさがり、壁が成長して、こちら側も向こう側もなくなってしまったら、僕らはもうどこへもいけなくなってしまう。すべてが壁になってしまう。それは、少し困ったことのような気がするんだ。
 最後にもう一度聞くけど、穴はまだあるかい?向こう側はどんな景色だい?


 灯台守

 灯台があった。灯台守がいた。一人で灯台の火を守り続けていた。
 気が遠くなるほど長い時間、火が消えてしまわないようにしていたが、視界に船が入ることはなかった。周りは真っ暗闇で、灯台の光が何かを照らすことはなかった。
 照らされるものなど何もなかった。海さえ見えない。そんなものは存在していないのかもしれない。灯台守は、今まで灯台を降りたことがない。下に降りる螺旋階段はあるのだが、下るにつれ濃い闇に覆われてしまうので、とても降りる気にはなれない。窓からしてをみても、灯台下暗し、何も見えない。もしかしたら、この灯台は虚空に浮いているのではないか。それともこの灯台は、下へ下へと無限に続いているのか。灯台守はそう考えるのであった。灯台はいつも夜に包まれていた。灯台には反射鏡の周期にのみ分節された、円環な時間のみが流れている。
 灯台守は時々考える。自分は何のための灯台守なのかと。この灯台は何を照らすのだろう。何も照らすものがないのなら、それこそ何のための灯台なのだ。きっと何かがあるはずなのだ。だから灯台守は、何もない外をぼやっと見ているとき、何かが見えたように思えるときがある。しかし、次の瞬間には何も見えず、きっと最初から何もなかったんだと、思わざるを得なくなってしまうのである。
 私は来る日も来る日も、ここでこの火を守り続けているのである、何のためかもわからずに。(もちろんここに「一日」なんて単位は存在しないが。)そういえば、いったいいつからここでこうしているのだろう。よく覚えていない。ずうっと昔からだったような気もするし。、そうじゃないのかもしれない。この世界に自分以外の人間がいるのかどうかもわからない。覚えている限り、そんなものにお目にかかったことは一度もない。ただ、この前、螺旋階段を何かが昇ってくるような気がして、ずっと待っていたことがあった。だけど、いつまでたっても何も現れないので、見張りの仕事に戻らなければいけなかったのだ。もしあの時、私が待ち続けていたとしたら、何かが来たのだろうか。それは何者だろうか。それは私に似ているのだろうか。それとも似ていないのだろうか。
 灯台は、今このときも光を放ち続ける。規則正しく。そして灯台守も、光を保ち続ける。なぜ、何のために。それは本人にもわからない。彼にはそれ以外にすることがないのだ。光を保つこと。そして待つこと。
 彼は時々考える。この灯火は、結局私しか照らさないではないか。と言うことは、もしかしてこの光は、私を照らすためにあるのではないか。まさか、そんなことは。しかし、もしこの世界に、私一人しかいないとすれば、そうしたら、どうだ。もしかして、螺旋階段を昇ってやってくる野は私ではないのか。暗闇の中、灯台に光を目指して虚空を渡ってくるのも私ではないのか。
 また別の時には、私はこう考える。でもやっぱり、ここ以外のどこかに私が同時に存在するというのは、少々不合理じゃないだろうか。ここ以外のどこかに私と同時に存在するもの、それは私以外の何かであるべきなのではないだろうか。この世界に私以外の何かが存在する、それはなんと恐ろしく素敵で、なんと素敵に恐ろしいことだろうか。どうかそこまでこの光が届いてくれたら。
 彼は(私は)今も待っている。誰かを、つまり、彼(私)以外の何かを、もしくは、彼(私)自身を。


 砂時計

 たとえばこんな話はどうだろうか。
 君はずっと砂に埋もれていた。ずっと、そう、ずっとずっとだ。気が遠くなるぐらい、そうそして気が遠くなって次に近くなって、もう一度遠くなって地平線のかなたに消えてしまうぐらいずっとさ。
 光もない。音もない。暗黒暗闇絶対孤独。無論、君は孤独なんてことは知らないよ。なんてったって、ずっと砂に埋もれていたんだからね。光も知らなければ、音も知らない。言葉も感情も、自分というものさえ知らないんだ。永久久遠の無明無音音信不通。
 ところがそこに異変が起きた。君は何か音を聞いたかもしれない。君は天地がひっくり返ったのを感じたかもしれない。だがもちろん、長い間眠りについていた黄身は、何がおきているかを知る由もないが。
 そしてそのときに君は、初めて光というものを見ることになる。、もちろん光が何かなんて、君はまったく知らないんだがね。
 長く深い眠りの世界から、突然投げ出された、覚醒の中で、君の目の前に広がるこの妙テケレンな光景は何だろう。ついさっきまで君の周りのすべてだった砂は、今では君の下にあり。君を包んでいる空間(君は始めて感じる空間)は透明なガラスで包まれている。その向こう側はよくわからない。天井は不透明な物質でできているそして君は聞くだろう。君の足元の、砂の地面のそのさらに下からかすかに響いてくる、サラサラという音を。そして君は教えられたわけでもないのに、本能的に知る。自分の立っている地面が、どれだけ頼りないかを。何もわからないまま与えられたこの現実、この覚醒が、また何もわからないまま奪われようとしている。与えられた時間はあまりにも短い。
 要点をかいつまんで説明すると、君にはなぜ自分がそこにいるのか、なんて考えている暇はない。自分は誰なのかとか、ここはどこなのだ、とかもおんなじ。じゃあ。君はいったい何をすればいいんだろうねぇ。
 君はガラスを叩くだろう。よじ登ろうとするかもしれない。君は始めて声を出すだろう。叫ぶかもしれない。でも一体なんて叫ぶつもりなの?
 いやはや、大変ですなぁ。本当に何がなんだか皆目見当もつかないだろうね。意味もわからず目覚めてみれば、意味もわからず落ちていく。一体全体これは何なんだ?何が一体起こったの?全体何が変わったの?たった一つだけわかること。君は今、初めて白日の下に晒されて、初めて自分というものに出会ったんだ。今まで、砂と、つまり世界と一体化していたので、君は周りから自分を区別することができなかった。しかし今は、君は落ちていく肉体と、落ちていく精神を併せ持つ、立派な一個人だ。これは劇的な変化、自分との劇的な出会いである。感動的ということすらできそうだ。感動できました?できないって?あ、そう。
 君が無駄な抵抗している間も、地面はどんどん下がっていく。丸い地面の中心が、周囲より余計に陥没して、蟻地獄の出来上がり。壁を背にピタッとつけて、それを見下ろしながら、君は恐怖する。その穴に落ちたらどうなってしまうのか、まったく知らないのに(知らないから?)、君はわけもわからず恐怖する。
 そして時が来れば(そのときは必ず来る)、君は自分の足の下に、体を支えるものが何もなくなっているのに気づくんだ。そして、君は落ちる。君は落ちるんだ。
 そして君は、天地がもう一度ひっくり返るのを感じる。そして君はまた埋もれてしまう。光も音も、何もない世界で、君はもう一度、深い眠りにつく。
 という話なんだけど、どうかなぁ。えっ、つまらないって?じゃあ、次は僕が時計の針に追いかけられる話でもしようか?


 (15点配分)
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( )「気になった部分への指摘」
( )「興味深い(面白い)と感じた部分の報告」
( )「技術的な長所と短所の指摘」
( )「読後に連想したものの報告」
( )「酷評(とても厳しい指摘)」
( )「好きなタイプの作品なのかどうか」

・特に重点的にチェック(指摘)してもらいたい部分。
(                 )

・読んで楽しんでもらいたいと考えている部分。
(                 )

・この作品で、いちばん書きたかった「もの/こと」
(                 )
時間がないので、昔書いたものの手直しです。
 

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最終更新:2014年03月18日 13:48