暴力的照れ隠し

2013年03月15日(金) 22:09-安住 小乃都

愛しているよ、と囁かれて目が覚めた。
白いカーテンから差し込む光が眩しくて目を細める。
枕に頬を寄せながら左手をかざすと、爪の毒々しい紅色がキラリと光った。
背中からの圧力が増して、首筋に柔らかい物が触れる。
もっとはっきりと、愛しているよと聞こえた。
温かい息が首筋から胸元へ抜けていって、くすぐったくて軽く鳥肌が立つ。
愛を囁かれて起きるなんて、大層ロマンチックな朝だ。気分的には全くロマンチックではない。
むしろ逆。うっとおしくて仕方がない。
体に巻きついている腕をほどきながら上半身を起こす。
髪をかき上げ、目だけを窓の外へ向ける。雪の気配がした。
軽くため息。外に出なくても許される言い訳を20ほど思いつく。
それらを追い出すように乱暴に頭を振る。
ベッドから降りようと体の向きを変えた途端、後ろから抱き締められた。
思わず喉が鳴り、とてつもなく不快な感情が体中を駆けめぐった。
うっかり握りしめたペーパーナイフをゆっくりとサイドテーブルに戻し、心持ちにこやかに振り返る。
両手で顔をはさみこまれ、また手がサイドテーブルに伸びた。
彼の顔は終始笑顔。目がいたずらっ子のように光っていて、完全に遊んでいる。
愛しているよと呟いて顔を近づけてくる彼を横目に、つかんだものを持ち上げて見る。
適当に選んだからか、手の中にはなかなか重みのあるスタンドライトが握られていた。
一瞬、彼の頭で砕け散る電球と温かな血液が、白いシーツを汚していくところを想像する。
それはそれで綺麗だなと思っていたら、スタンドライトを取り上げられた。
形の良い白い腕がそれを元に戻すのをぼんやりと眺めていたら、時計の文字盤が目に入った。
軽く目を見開いて、体の動きが止まった。
そして、次の瞬間には必要以上に濃厚な彼を引きはがして部屋に駆け込みパジャマを脱いでいた。
一刻も早く家を出ようと部屋を飛び出し、ドアの前に立っていた彼の胸にダイブ。
そのままコーヒーカップを渡される。
焦る気持ちを抑え、落ち着いてコーヒーを飲んでいる間に彼がコートのボタンを閉めていく。
脇腹に触れた冷たい指に、コーヒーを吹き出しそうになった。
マグカップを投げるように手渡し玄関に走る。
ハイヒールをつっかけてドアノブに手をかけた時、後ろからマフラーをかけられた。
そのままズルズルと引き寄せられる。
耳元に吐息を感じて横を向くと、愛しているよと言われた。
痛いほどに強く抱き締められて、後頭部のすぐ後ろで彼の心臓が波打っているのが分かった。
頭に乗せられたあごから、クスクス笑いが伝わってくる。
完全に遊ばれているな、と思った。仕方のないことだ。彼のこういう性格を承知で付き合っているのだから。
離してもらおうと振り向いて、口をふさがれる。
しまったと思った時にはもう彼の味がした。
頭の中が真っ白になって、玄関にバシャバシャと水が飛び散る。
こういう時の彼は、虫唾が走るほど、濃い。
体中の力が抜けそうになるのをこらえて、花を蹴散らしながら外に駆け出す。
白い息が小刻みに揺れて、数歩走った所で足を止めた。
マンションの廊下の手すりに寄りかかって、大きくため息。
雪がふわふわと揺れて落ちていく。
彼と別れよう。
いつも通り赤くなった頬を、手に持ったステンレス製の花瓶に映した。
何でこんなものを玄関に置いておいたのだろう。そういえば、彼の趣味だった。
彼の事を愛しているのは本当なのに、どうしてこうなってしまうんだろう。
愛しているよ、と聞こえた気がして携帯を取り出す。
救急車を呼びながら、べっとりと血のついた花瓶を床に置いた。
やっぱり、彼と別れよう。
私の照れ隠しで彼が死んでしまう前に。

Fin.

 



催促されながらも出し渋っていました。理由は察してください。
照れている可愛い彼女を書こうとしたのですがどうしてこんなことになったのか…
リア充書くと悪意が出ますね。

最終更新:2014年03月17日 19:27