お題「くしゃみ」

2013年04月07日(日) 15:14-鈴生れい

喫茶店で話し込んでいると、友人がくしゃみをした。
四月だし、花粉症だろうと思っていると、友人の鼻から何かがどろりと出ていた。
つつと垂れているのは、鼻水かと思ったが違う。ぼんやりと霧のような、白い煙が彼の鼻からまろびでている。
なんだなんだと思うまま、鼻をすする友人に訊ねた。
おい、お前の鼻からなんか出とるぞ。
対して友人は汚らしく手で鼻をこすりながら、再びくしゃみをした。
今度はもっと多くの煙が、鼻の穴から垂れている。一体こいつはなんなのか。
すると突然、くたりと友人の体から力が抜け落ち、そのまま友人は椅子の背もたれに体重を預けたまま動かなくなってしまった。まるで喜劇である。
僕はデニムのポケットからスマートフォンを取り出すと、この事象に対応すべくくしゃみについて検索してみた。個人的な嗜好で、ググってはいない。
ウィキペディアによると、くしゃみすると魂が鼻から抜けてしまうという言い伝えがあるらしい。それに対抗するためできた呪文がくさめであり、現在のくしゃみなんだとか。
要するに目の前で意識を失っている友人は鼻から魂が抜け落ちてしまっている状態なようだ。煙はいつまでも鼻の周りで漂っている。どうにか彼の中へ詰め直せばよいのかもしれないが、汚いし触りたくない。
放置しても良いが、このまま死んでしまっては僕が殺したみたいである。僕たちはこの喫茶店の常連であるしマスターとも親しく、どう考えたって僕がこの場にいたことはばれてしまう。
というか、まだこいつ生きてるのだろうか。
だらりと垂れさがっている彼の腕で脈をとってみると、心臓は動いているらしい。息もしていることはしていた。
ただいくら揺さぶっても声を掛けても頭を叩いてもお冷をぶっかけても目覚めない。当然のことながら、魂が出っぱなしだからだ。
ああそうだ、うちわで煽いでみてはどうだろう。うまく行けば彼の鼻の穴からまた体内に入ってくれるかもしれない。
マスターに頼んでうちわを借りると、慎重に狙いをつけてパタパタと魂の煙を煽いだ。すると目論見通り、煙は少しずつ移動を始めた。
しかしどうやら目測がずれていたらしく、煙は鼻の穴からずれた。彼の肌をなめるようにその表面に沿って煙は徐々に散っていく。
大慌てでどうするか迷った挙句、僕は強硬手段に出た。彼の口を大きく開き、無理やり煙を食わせたのである。
するとすべて食わせた結果、彼のうつろだった瞳に生気が戻り、重くて動かしづらかった体に力が戻った。
友人は顎に手を添えられながら(当然僕の手だ)、開口一番こう言った。
おい、お前何してる。
説明しようか迷ったが、面倒だったので省略した。
友人はまた言った。
おい、なんで俺は目が回ってるんだ。
それは僕が彼を揺さぶったからだ。
なんで俺の頭にたんこぶができとるんだ。
それは僕が彼の頭に拳骨を降らせたからだ。
なんで俺はびしょ濡れなんだ。
それは僕が彼にお冷をぶちまけたからだ。全部面倒だったので言わないけれど。
いよいよ痺れを切らした友人が立ち上がったそのとき、友人の呼吸が乱れた。
は・・・は・・・と断続的に息を吸い込み、そして台風をも上回ると聞いたことがある風速の豪快なくさめ。
先ほど見たばかりの霧のような白い煙が再び彼の鼻の周りを漂い始めたとき、僕は勘定を払って喫茶店を後にしたのだった。
とりあえず彼は鼻栓すべきだと、今となっては忠告しておくのだったと後悔する僕である。

 

 


落ちがついたかどうかとても微妙です。

くしゃみの語源で思い付いた話。そこはかとない涼しさを目指しました。たぶん。

 

最終更新:2014年03月17日 19:30