堕天

2013年06月05日(水) 00:07-エンディミオン

長らく不満を募らせていた国民を突き動かしたのは、もはや出所も時期も辿り得ぬ一つの噂。人々の鬱屈した心を逆撫でするには十分すぎるその言葉が、革命への胎動を輪郭あるものへと昇華させたのだった。
「雲を眺める人々には、そこに立つ人と、彼がつくり出す影とを見分ける事は難しい。しかし人々はそれを忘れたまま、影を人として、その仄暗さを嘆くのだ」
ならば地に引きずり下ろしてやろう。雲の上から悠々と我々を見おろすその顔を大地に擦り付け、我々と同じ空を与えてやろうではないか。影が彼を覆っても喚いてはならぬ。それは人ではない、それならば、振り上げた剣もその刃も、きっと影に過ぎないのだ。
かくして革命はそれ自体が新たな時代の胎動となり、王の首は刎ねられた。名も無き革命の志士が遺した言葉通りその首は地に貶められ、光を失った瞳は、新たな時代の空を虚しく見つめていたと言う。
ところで、歴史が語られれば語られぬ事があり更に、語られ得ぬ事がある。それは逸話でも伝説でも、はたまた物語でもない、つまりここからは先は私と君だけが知る単なる可能性、あるいはそうなのかもしれない。
「雲を眺める人々には、そこに立つ人と、彼がつくり出す影とを見分ける事は難しい。しかし人々はそれを忘れたまま、影を人として、その仄暗さを嘆くのだ。人は皆、雲の上にいるのだろう。風に吹かれ、絶え間なく場を移す至極心許ない雲の上に。己の立つ雲が下に見える雲よりも本当に上にあるのか、そしてそこに立つ人が本当に人なのか。ただ真っ青な空の果てで私達はいつも困惑させられている」

 

最終更新:2014年03月17日 19:34