連鎖殺人(お題「呪殺」)

2013年08月18日(日) 09:35-すばる

久峰恵という少女がいた。容姿端麗で成績優秀、運動神経も抜群という、誰がどう見ても非の打ち所がない完璧な人間だった。その上彼女は久峰財閥会長の孫娘という、日本有数のお嬢様。まさに誰もがうらやむ存在だ。
そんな彼女が、死んだ。その原因は、呪いだ。とはいえ恵は人当たりもよく、特別誰かに嫌われていたわけではない。誰かが彼女を呪って丑の刻参りをしたり藁人形に釘を刺したりなどは、決してしていない。しかし誰もが、あまりに優秀で幸福な彼女を羨み妬んでいた。一人ひとりのそれは小さなものだ。言動に表れることはないし、みな表立っては仲良くしていた。実際、彼女のことを本当に友達だと思っていたものも少なくない。それでもみなが、心のどこかで完璧すぎる彼女に引け目を感じ、ほんのわずかの欠点や失敗を望んでいた。一人ひとりのそれは、ほんの小さな悪意。しかし何十、何百人もの小さな悪意が集まったとき、それは一人の持つ強烈な悪意を凌駕するのではないか。
もちろん、普通の人間が人のことをどれだけ悪く思おうが、それで恨まれた人間に不幸が訪れたりはしない。それができるとしたら、それは特別な才能をもった選ばれた人間だけだろう。だがたとえ何百人の中にそのような力を持ったものがいようとも、数人の小さな悪意で人を死に至らしめることなどできない。
選ばれた、特別な力を持っていたのは恵のほうだった。彼女は、人の心が分かるという特別な力を持っていた。心の中が読めるという能力は、うそ偽りなくみなの本心を彼女に知らしめた。あらゆる人間が、彼女に対して悪意を抱いている。彼女の不幸を望んでいる。そんな環境で、ずっと人たちの自分に対する悪意を感じ続けてきたのだ。毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日。世の中に心から信じられる人はいないと知り、そんな世界に耐えられなくなり、彼女は、自殺したのだ。
彼女のそんな自殺動機を、ほとんどのものは知らない。なぜなら恵の持つ、人の心の中がわかるという特異な力を知らないからだ。彼女の心のうちを推し量ることなど、できるはずがないし、自分たちの悪意が彼女を死に至らしめたなどとは、考えもしなかっただろう。しかし一人だけ、彼女の死の真相に気づいたものがいた。久峰義、恵の双子の弟だ。彼女と同じ学校の同じ学年に所属し、彼女に引けをとらず才のあった義には、恵に向けられたのと同じ種類の悪意を、自分に対しても向けられているということに気づいていた。それゆえに、義は恵の死の真相を推し量ることができたのだ。
そして義にも、恵とは違った、特別な力があった。恵のそれは、人の心のうちが分かるというものだったが、義のそれは、自分の心のうちを人に伝えるというものだった。端的にいえばテレパシーだ。義は何の自覚もなしに恵を死に追いやり、今も涼しい顔で生きているものたちを憎み、彼らに、自分たちが何をしたのかを自覚させようとした。義は、恵が自殺したのはおまえたちの悪意のせいなのだということを、何度もみなに伝えた。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。しかし人々は、それが義の言葉だとは理解できない。彼らはそれを、恵の死霊による仕業だと考え、恐れた。あるものはお清めをし、あるものは除霊をしたが、効果はまったくなかった。そうするうちも恨みの声は続き、大勢のものがノイローゼになるまでにいたった。それでも義は、それをやめなかった。そして、一人の生徒が自殺した。
自らの行いを、義は悔いた。人が死んでしまうまでやるつもりなどなかったのだ。悩んだ末、義はすべての真実を打ち明けた。
しかしそれですべてが許されるわけなどなかった。特に、死んだ少年の親友だったものは、義を憎み、恨み、深く深く呪った。その少年もまた、特別な力を持つものだった。彼の呪いは現実のものとなり、義は不幸な事故で命を落とした。
それは完璧な事故で、事件の疑いなど微塵もなかったが、義の死に疑問を感じるものがいた。久峰正。恵と義の父親だ。正は、自身は特別な力を持ってはいなかったが、恵と義がそれをもっているということは知っていた。それゆえ、タイミングのよすぎる義の死は、同じように特別な力で殺されたのではないかと考えた。そして、正の心の中で、その考えは確信に近いものへと変じていった。証拠などはまったくなかったわけだから、思い込みと読んだほうが正しいかもしれない。正は、義は殺されたのだと信じた。恵のときは涙を飲んだ正であったが、義まで殺されてしまった彼には我慢などできなかった。
しかし正には、誰が義を呪い殺したのかなどわからない。しかし、そんなことはどうでもよかった。義から恵の死の真相を知った正にとっては、同級生や教師など、その全員が復讐の対象だったのだ。正はそのもてる経済力、社会的地位を利用し、彼ら全員の人生を破壊しようとした。あらゆるところに圧力をかけ、彼らの就職、結婚、その他さまざまなことについて破滅させた。彼らはまともに職につくことができず、住んでいる場所も追い出され、貧困に喘いだ。
だがあるとき、そのうちの一人が、それが正の行っていることだと気づいた。そのものは正を激しく恨んだ。自分たちの人生を滅茶苦茶にした悪魔を、決して許すまじと考えた。そしてそのものは、計画を練った末に、正を殺害した。
計画は見事なもので、警察は事件の真相にたどり着けないでいた。だがしかし、正の父にして恵と義の祖父である久峰清は、そのもてる財力を駆使して犯人にたどり着いた。しかし清はそれを警察に差し出すことはせず、犯人を自ら捕らえて、拷問の末に殺した。
ところが、彼には妨害されながらも愛し合う妻がいた。

 

最終更新:2014年03月17日 19:40