最初から選択の余地など無かった、そんな話(お題「ハロウィン」)

2013年10月31日(木) 23:30-三水夏葵

お題「ハロウィン」

タイトル: 『最初から選択の余地など無かった、そんな話』

俺は急いでいた。
だが行く手を阻む者がいた。
コンビニの前の曲がり道を通ろうとした俺を止めたのは一人の小柄の少女だった。少女はオレンジのラインが入った黒のとんがり帽子と黒マントに身を包まれ、大の字になって道路の真ん中に通せんぼをしていた。
一瞬何者かと思って戸惑っていたが、顔を良く見たらすぐ誰であるか分かった。
「何のまねだ、メル」
メルは珍しく化粧をしていた。ふっくらとした頬にほんわかな薄紅色のチークを入れていた。なんだか見ている側もつられて顔が赤くなる。
「トリック、オア、トリート!」
精一杯可愛げに微笑み、首を傾げるメル。なんだ、そんなに可愛い子ぶるのはらしくないぞと思った。
そういえば今日はハロウィンだったなと思い出す。さっき慌てて寮を出るときに寮母さんが無理矢理俺のポケットの中にチョコレートを突っ込んできたのを思い出す。早歩きで学校へ急ぐ俺の後ろで寮母さんが言っていた言葉は、今思えば「ハッピーハロウィーン」だった気がする。
にしても新年じゃあるまいしなぜ寮母さんもメルも朝っぱらからおまつりモードなのだ。たしかハロウィンは夜に祝うものだと記憶していたが。
「すまん、後でいいか?」
「トリック、オア、トリート!」
メルは通せんぼの姿勢を保つ。
「急がないと遅刻するんだが」
「トリック、オア、トリート!」
満面の笑みで、同じ文句を返すメル。
そうか、お前はとうとうお菓子の悪魔に取り付かれてしまったのか、と心の中で嘆く。
メルが道を空けてくれないならどうしようもない。急行突破という手もありそうだが、それはあまりにも紳士的に欠けている。
要するにメルは朝っぱらからお菓子が欲しいのだ。ならばあげてやれば良い。幸いにも俺のズボンの右ポケットには寮母さんがくれたチョコレートが入っている。これをあげればメルも道を空けてくれるだろう。
「よし分かった、まってろ」
ポケットの中に手を伸ばし、チョコレートを取り出す。
「ん?」
なんだか触感が少し変であった。やわらかい。両手でチョコを捻ったりして確かめてみると、ふにょふにょのへなへなだった。たぶん体温で溶けてしまったんだろう。ズボンのポケットに入れていたし、ここまで来る途中ずいぶんと急いでいて汗をかいたもんだから、溶けていても不思議ではない。
しかし困ったものだ。こんなものをメルにあげられるだろうか。
他にお菓子など持ち合わせていないので、しかたなく気まずめにへなちょこチョコレートを差し出してみた。
メルが不満げに口をとがらせた。やはりこれではだめか。どうしよう、どうしよう。不機嫌な彼女を見ると何故だか異様に慌ててしまう。
なにか他にメルを満足にできる代物はないのだろうかと、ズボンと上着の全てのポケットを翻す。案の定財布とティッシュぐらいしか入っていなかった。
何か、何かないだろうか。急がなくては。俺は溺れる者はわらをも掴むと言わんばかりに周りを必死に見回した。そして救いの種を見つけた。
コンビニだ。
「ちょっとまってくれ、買ってくる」
俺は全速力で後方にあるコンビニに駆け込んだ。メルがちょっと引き止めるような仕草をした気もなくないが、かまわないことにする。俺は早くこの可愛いくて「可笑しな」……ではなくて「お菓子の」悪魔に献上品を差し上げてこの場から解放されなくてはならないのだ。遅刻しないように。
コンビニの商品棚をレーザービームをかけるような勢いで、目星の献上品曰くメルが満足できそうなお菓子を物色した。俺は冷蔵されているチョコレートに目を付けた。そうだ、これがいい、これがいいぞ。メルは体温で溶けてしまったぐにゃぐにゃのチョコは好きではないのかもしれないが、冷やされたパリッとした食感のチョコは大好きなのだ。俺はそれを知っている。何故知っているかは秘密だが。
レジで代金を払って冷えたチョコレートを手にメルのもとへ戻った。大して時間が経ったわけでもないのに、メルは待ちくたびれていらいらしているようだった。
これでも遅かったのだろうか。なんだかまずいことをしてしまった気がする。でもこの冷えたパリッパリのチョコがあればもう安心だろう。これさえあればメルは満足して道を空けてくれる。もしかしたら俺への印象も良くなるかもしれない。一石二鳥というやつだ。
「ほらよ」
俺は自信げに買ってきたチョコレートを差し出した。そしてメルの表情を伺う。
メルが浮かべた表情は、俺が想像していた純粋に喜ぶ笑顔でもなくてはご苦労さんと言わんばかりに威張りきる顔でもなかった。彼女は眉をひそめ、首を横に振った。
「……え?」
チョコレートじゃだめなのか! 何故だめなんだ! メルがチョコが嫌いなはずなどないんだ!
失敗か。
はて、どうしたものだろうか。
「じゃあ何が欲しいんだよ」
できるだけ冷静かつぶっきらぼうに聞く。もう失敗した以上、下手に模索せずに、直接聞くのが一番無難であろう。
「ううん」
メルはまたしても眉をひそめ、首を横に振った。
え、「ううん」、だと? もしかして俺のバカみたいな振る舞いに失望したのか? まずいぞ一石二鳥を取ろうとしたら二兎追う者一兎も得ずになってしまった。なんとか打開策はないのだろうか……
「トリック、オア、トリート?」
メルがもう一回あの文句を言った。何度も何度も同じことを飽きずにご苦労様だな、と思った。でも、いや待てよ、今回は前と少し違っていた。
語尾を上げていたのだ。だとするとこれは問いかけの言葉となる。
メルは一体何を求めているのだろうか。
答えを探そうと、俺はメルの青く透き通った瞳を見つめた。その瞳はまるで穏やかに波打つ海のように潤っていた。一切の淀みすら無かった。天真無垢とはまさにこのことだろう。
俺はしばらくの間、釘付けにされたかのようにメルの両目を見つめていた。そして、答えが分かった。
メルは俺に問いかけているのだ。トリックなのか、トリートなのか、どっちかを選べと。トリックとはいたずらのことであり、トリートとはお菓子をあげることだ。
俺はメルにお菓子を差し上げた。だがメルは受け取ろうとはしなかった。これではない、これではないと、首を横に振った。つまり彼女は俺にお菓子をあげることを選んでほしくなかったのだ。
だとすると、それだ。要するに、メルはいたずらをしたかったのだ。
なんとくだらないことだ。
だが許す。
答えは出た、ならば後は確認するのみ。
「もしかして、お前はいたずらをしたいのか?」
それを聞いたメルは満足そうに大きくうなずいた。メルのとびきりの笑顔を見て、俺は正しい答えにたどり着けて本当に良かったと思った。
「しゃがんで」
具体的にメルが何をするのか分からないが、俺はメルの言い通りにしゃがみこんだ。小柄なメルだが、流石にしゃがんだ俺よりは頭半分くらいは高い。
いたずらとはなんだろうか、と考えてみる。メルのことだ、もしかしたら結構凶悪ないたずらを仕込んでくるかもしれない。例えば、パイを俺の顔面にぶつけるとか。でもそれだと少しばかりまずい。帰って顔を洗って着替えないといけなくなるからだ。あとは……
「!!!」
メルがいきなり手を俺の頭の上に載せてきた。そして、俺の髪の毛をぐちゃぐちゃに掻き回した。遅刻しそうであったにも関わらず折角整えてきた髪の毛が乱れてしまった。
「うお、なにすんだよ!」
「ハッピーハロウィーン!」
メルがいたずらっぽく笑った。やっと本性出しやがったなと文句を言う間もなくメルは手を振りながら逃げ去って行った。
「ハロウィーン、か」
俺はしばらくメルが去っていった方向を見てあっけらかんとしていた。そして、そうつぶやいた。
乱れた髪の毛を片手で整え直す。なんとなく、髪の毛にメルの手の温もりが残っているような気がした。
冷えたチョコで火照った頬を冷やす。そういえば俺はなんでメルなんかのために必死でチョコを買いに行ったんだろう。そう思うとわざわざ買ってきた冷えたチョコをこのまま持っているのもどうも気まずく思えてきた。
ふん、自分で食ってやるさ、ちょうど朝ごはんの代わりになる、と照れ隠しに自分に言い聞かせる。
ガツガツとチョコを噛み砕く。
冷たいチョコレートが、口の中で暖かくなって溶けていき、ほのかな甘さを残していった。


追記:結局俺は遅刻したのであった。全てはメルのせいである。

 

 


お題「ハロウィン」にちなんだ小説です。
ツンデレ少年と無口な少女のお話です。
ハロウィンの夜に書きました。日付が変わる前に間に合ってよかったです。

それにしても、レイアウトが見づらくなるのはワードからコピペしたせいですかね。

最終更新:2014年03月17日 19:48