SFダイエット協会(お題「1時間小説」、「SFダイエット」)

2013年11月04日(月) 19:50-武

2×××年、統計によれば、人類の78%が肥満となった。欧米諸国に至ってはおよそ85%が肥満である。主な原因としては食生活、遺伝などがあげられるが、この数十年で世界の肥満率が急激に上昇していることの原因ははっきりとはしていない。世界的な問題となってきた肥満に、各国政府は対策を講じることを求められた。かくしてこの国では、国の定めた基準を超えた肥満の人間に対し、強制的に特別な病院へ入院させるという法律がつくられたのである。

「とかいう話ってあったか?」
俺はおそるおそる、慈悲深い微笑みをたたえ目の前に立っている男に話しかけた。
「今年が2×××年であるとこ以外、そのお話の中に事実はないかと」
男はますます笑みを深くして答える。楽しそうで結構なことだが、俺は全く楽しくない。
「そうだよな。むしろ最近痩せてるやつの方が多いんじゃねえか? 俺、電車乗ってても、一人で二人分の席使うからすげえ嫌な目で見られるんだぜ。そばに来ると暑いとかさんざん言われるし。まあ、申し訳ねえとは思うけどよ、どうしようもねえよな」
「それでは、痩せたいとお思いにはなっていらっしゃるということですね?」
んん、それとこれとは話が違うんじゃねえかな、と俺は思ったが、口には出さなかった。そのかわりに、ところでさ、話が戻って悪いんだけどさ、と頭をかく。
「そういう法律が作られてないってことは、俺が知らない間にこんなところに来てるっていうのは、異常事態でいいわけだよな?」
訳が分からないなりに現在の状況を説明すると、俺は真っ白い壁に囲まれた部屋の中に唯一あるパイプ椅子に座らされている。まあ、それだけだ。どこか縛られているわけでも、目隠しをされているわけでもない。体のどこかに異変があるということもない。立ち上がり、目の前の笑顔男の横を通り過ぎてその先の扉を開けることも、そう難しくはなさそうだ。しかし、ここは全く見覚えのない場所で、俺にはここに来るまでの記憶はない。変だよな? 変だよ。
「そういうことになりますね」「そうですよねえ」
のんびりとした男の言葉に、どうも肩透かしをくらったような気分になる。
「あなたの許可なく身柄を拘束し、こちらへお連れしたことは事実です。御気分を害される気持ちはわかります」「いや、気分を害すというか怖いだけなんだけど」「しかし、わたくしどもは、あなたに危害をくわえるつもりは一切ありません。むしろ、幸せになっていただきたいとお連れしたのです」
「幸せェ?」
「わたくしどもは肥満の方のダイエットをお手伝いし、理想的な体型、ひいては理想的な生活を手に入れていただきたいという理念のもと活動しております、ボランティア団体でございます」
ボランティア団体。最近よく聞く言葉だ。この数十年、人類はあれほど固執していた開発競争からあっさりと手を引き、ボランティアという慈善事業に手を出し始めた。飽きたら次のものへ、というのは人間の特性である。人類が滅亡するまでの計算をしつくし、それまでに必要な食糧その他必要なものの計算も終わり、必要なものを確保するための開発を終えてしまうと、人類にはもう働く必要性がなくなった。そしてそのうち、無償で誰かのために働くというボランティア団体がでてきたのである。最近のボランティアでは、宇宙も行きたい人は無料でいけるようになっている。そういった団体の中には、もちろん自分の利益を追求しているものもあるだろうし、過激なものもあるというが、いや、誘拐は駄目だろう。しかし幸いというべきか、目の前の男は俺が軽く右腕をふるだけで吹っ飛びそうなほど細かったし、俺を無理やりどうこうしようといった雰囲気は感じられなかったので、俺も穏便に出て行くことにする。
「その理念は素晴らしいな。いやあ、俺も痩せなきゃなあとは思ってるんだけどね、まだいいかなって。だから今日は帰らせてもらうよ」
そのまま立ち上がって横を通り過ぎようとしたときに、男はにこにこと擬音が付きそうな顔で言い放った。
「ダイエット、いつやるの?」
「今でしょ!」
「ありがとうございます。それでは早速ではありますが内容の説明をさせていただきます」
し、しまった。人類の根底、本能に根付いた掛け合いには敵わない。いつやるの、と問われたら、今でしょ、と言うしかない。太古の昔から人はそういうつくりになっているんだ。
「わたくしどものダイエットはSFダイエットといいまして」「SFダイエット? なんでSFなんだよ」「S(すこし)F(ふしぎ)なダイエットでございます」「略す必要あったのかねえ」
えへん、と咳払いして男は続けた。
「まずは、食べ物を食べられなくなるほど悲しい出来事を思い出してください」
なんだよそれ。精神面からいくのかよ。俺はそう思いながらも、既に半月前に分かれたジェニファーのことを思い出していた。俺と同じく恰幅のいい女性で、性格もおおらかで、本当に素晴らしい女性だった。しかし、半月前に突然連絡が取れなくなったのだ。ありとあらゆる連絡手段を駆使したが彼女をみつけることはできず、一方的な別れを告げられたというわけだ。あ、だめだ涙出てきた。
「それは辛い経験でしたね」
男のしんみりとした言葉を聞くうちに、次々と思い出があふれてきた。ああ、ジェニファー、一緒に公園で遊んだのが昨日のことのようだ。声が聞こえてくるような気がする。…声? いや、違う、この声は…柴吉! 柴吉だ! 一昨日老衰で死んだコリーの柴吉の声だ! 小さい時から太っていることを理由にいじめられた俺をいつもかばってくれた。そのせいで柴吉が怪我をすることだってあった。それでもあいつは俺に寄り添ってくれたし、俺たちは一番の友達だったんだ。もう三十七歳だから、あいつも満足して逝ったとは思うが、それでも、うう、くそ、涙が止まらねえ…!
「恋人と親友を亡くしていらっしゃるのですね。ストレスは過食に繋がり、ダイエットには非常によくありません。すべて吐き出してしまいましょう」
俺はその後も、最近腹の調子が良くないことからお気に入りのカップが割れたことまで洗いざらい喋り続けた。最後には名前も知らないその男と熱い握手を交わし、改めてこの建物までの地図を受け取り、二日後にまたここで会うことを約束した。
家に帰ってから、いやいやいやおかしいだろ、これ絶対変だろ、知らないうちに壺とか買ってるやつだろ、と部屋を転げまわったが、二日後俺は再びあの部屋の中にいた。確かに家でも彼らのことを思い出すとなかなか箸が進まなかったせいで食事量は減ったし、その一方で、あれだけ泣いたからかやけにすっきりとした気分になっていて、せめて礼を言うくらいはいいだろうと思ったのだ。
「お待ちしておりました。それでは今日は…」

それからは週に三度、あの部屋に通い続けた。ストレッチから、負荷のかかりすぎない運動も教えてもらい、確実に俺は痩せていった。こうなるともうやめられない。俺は取りつかれたようにダイエットにのめりこんでいった。

そして、四か月後――。

「おめでとうございます。これで目標体重まで減量しました」
男は慈悲深い笑顔で俺にそう伝えた。いつもよりさらに慈悲深く見える。俺は体重計から降りると、自分の手を握りしめた。脂肪が落ち、かわりに筋肉がついてきたのを実感する。ほぼ成人男子の平均体重となった俺は、非常に晴れ晴れとした気分だった。もう一度男としっかりと握手を交わす。しかし、たった一つだけ問題がある。
「皮がなあ…」
そう、脂肪によって限界まで引き伸ばされた皮膚は、脂肪がなくなるとともにしぼみ、垂れ下がってくるようになったのだ。服によって隠せる部分がほとんどではあるが、俺はこのナイスバディで海へ行きたいんだ。これでは困る。
「それでは、SFダイエット、最終段階へまいりましょう」
「最終段階?」
「先ほどあなたがおっしゃったことです。余分な皮膚の切除です」
「切除、って、どっかの病院でやるってことか?」
「ご安心ください。わたくしどもが懇意にしているボランティア病院があります。治療費は一切いただきません」
ボランティア病院。今はそんなものまであるのか。治療費についてを心配したわけではないのだが、もうこの際だ、すべてやってもらおうか。
「余分な皮膚を除去すれば、更に体は軽くなり、海へ行くときにも気兼ねすることはありません。何をするにも新しい気持ちで羽ばたいていただきたいという、わたくしどもの最後の気持ちでございます」
俺は泣いた。男泣きに泣いた。ボランティア団体を甘く見ていた。ボランティアをする人というのはなんて美しい心を持っているんだろう。見ろ、人間はこんなにも素晴らしい! 金や権力に縛られていたころの人間とは違うのだ。
「ありがとう、ありがとう! お、俺はこの恩は一生忘れねえ!」
「いいえ、忘れてくださって結構でございます。あなたがご自分で手につかんだ勝利なのですから」
「あんたは、あんたって人はーっ!」

感動の別れを終えると、俺は病院へ向かった。体の様々な皮膚を除去する手術だったせいで、思ったより長い期間入院することになったが、病院の人も皆親切で、俺はまた泣いた。退院の時には、看護師などが見送りに来てくれた。俺が泣きながら礼を言うと、いいや、こちらこそありがとう、なんて逆に礼を言ってくる奴までいた。本当に、本当になんていい人たちなんだ! 俺はもう体が空っぽになったような軽さで、第二の人生を歩むことを決意した。

 

「はい、SFダイエット協会ですが。ああ、■■様、退院なされたんですね? 摘出したのは、皮膚、腎臓、肝臓の一部、他にも……はい、はい、結構でございます。これで■■様の体はますます軽くなられましたし、臓器は移植ボランティアを通じて患者様を見つけ、ボランティア病院で手術を行う。ああ、ああ、ボランティアとはなんて素晴らしいのでしょうか…! え、ジェニファーさんですか? 彼女は本当によくやってくれていて…」

 

 

 


つまんNEEEEEEE
本当にごめんなさい。でも1時間って本当に無理です。精進します。

最終更新:2014年03月17日 19:49