私立ディミヌエンド女学園の惨劇(罰ゲーム小説)

2013年11月18日(月) 13:22-17+1

罰ゲーム内容
・主人公は17+1
・サークル員を最低2人殺す
・ラブコメ

実にくだらない暇つぶしだ。
ベッドに横たわる死体を見降ろしながら、僕は溜息を吐く。専門家ではないから詳しいことは言えないが、顔色と吐血の様子から見ると、死因は何らかの毒物のようだ。何らかの毒物。それでいい。毒の種別を特定するすべを僕は持たないし、特定する必要もない。
もう一度、溜息を吐いた。
その溜息に反応してかは分からないが、隣の少女が小首を傾げる。おそらく同学年であろう女の子の死体(制服のタイの色が一緒だ)が目の前にあるというのに彼女はまったく動じていなかった。腰まである金色の髪をずっといじっていて、そんな些事には興味がないと言わんばかりだ。
「どうしましたか、17+1さん」
「いや、実にくだらない暇つぶしだと思ってね」
ここは私立ディミヌエンド女学園。愛知県名古屋市千種区不老町――町全体を敷地とする、敷地全体をもって町とする、巨大な学園だ。その保健室にて安住小乃都(あずみ・このと)の死体が発見されたのが今朝八時三十分のこと。それから四時間近く経過した現在になっても、安住の死を知るものは限られている。僕、理事長、第一発見者を含むごく少数の生徒、たったそれだけ。安住の死がこれ以上広まることはない。通報も絶対にされない。この学園の敷地内で起こった事件については、警察の出番はないのだ。
その代わりというか、そのためにこそ、この僕が呼ばれたというわけだが……。
「まったく、こんな簡単な事件なら来るんじゃなかったよ」
「そうなんですか?」金髪の少女――死体の第一発見者にして現場の案内役である、御伽アリス(おとぎ・―)は気怠げな口調でそう訊いた。「でも、密室ってやつなんでしょう、これって」
「まあ、そうだね」
保健室は扉、窓すべてに錠がかかっており、完全に密室状況であった。保健室の鍵は二つあったが、そのうちの一つは保健室の中、安住のカバンの中にあった。もう一つの鍵は、御伽が借りるまでは職員室に保管されていた。鍵の貸し出しはしっかりと管理されており、『7:50 S2C 安住(保健委員会活動)』『8:26 S2A 御伽(体調不良)』と記録には残されていた。
「もう密室の謎が解けたんですか?」
「それは僕の仕事じゃないし、それに謎と言うほどのものでもないよ」
「あのう、でもあたし、このあと17+1さんに何人か会わせないといけないことになっているんですけど……その、容疑者候補ってやつを」
若干言いよどんでいるふうなのは、同じ学園の仲間を容疑者呼ばわりすることが心苦しいから、ではないのだろう。展開の早さに困惑しているか、予定が狂ったことへの苛立ちを隠そうとしているか。おおかたそんなところだ。
生憎、僕は忙しい――わけではないが、忙しくなりたくない。
巻きでいかせてもらおう。
「それを言うなら犯人候補じゃないのかい――いや、理事長からすでに参考人、というか安住さんの友人のデータはある程度もらっているよ。御伽さんのデータもね。そのへん行き違いがあったのかな。まあ、彼女たちには会いに行くまでもないね」
「……あたしは犯人じゃありませんからね。勘違いしないでくださいよ。あたしは保健室に入ろうとしたのはナプキン忘れたからだし、職員室では正当な手段をもって保健室の鍵を入手しましたし」
「心配しなくていい、御伽さん。これは自殺だ」
僕は断言した。
「え?」
「自殺。内側から鍵のかかった部屋で毒死なんて、自殺以外の何物でもないだろ」
探偵なんかじゃない僕にとっては、こんな拍子抜けの真相で充分だ。

正直なところ、安住小乃都は自殺であろうと他殺であろうとどうでも良かった。どちらにせよ彼女の死は、もっと穏当な『事故死』とか『病死』とかになるのだから。社会的には。
そういうことにするための作業の積み重ね、『隠滅』『掃除』『改竄』みたいな仕事で僕は生きている。学校みたいに清潔めいていて排他的なところがお得意先だ。数時間のデスクワークと下請け業者に電話を二、三通で済む話が多いので、依頼先を訪問することは実はあまりない。ときには物見遊山的に現場を訪れることもあるけれど。
自殺であろうと他殺であろうとどうでも良い――とはいえ、別に適当でまかせを言ったつもりでもない。あれは普通に考えて自殺だろう。他殺なら密室にする理由がないし、あの状況はどう考えても自殺だ。安住のカバンの中には、ラベルがはがされた痕跡の残る薬瓶も入っていた。遺書でもあれば完璧だったろうが……、まあ、あったとしても僕が処分するんだけど。
そんなふうに思っていたので、一週間後の月曜日、私立ディミヌエンド女学園にて新たな死者が出たという報を受けたときには、それなりに慌てた。驚きのあまり、ろくに詳細も聞かずにおっとり刀で駆けつけたというわけだ。
死者の名は松村涼哉(まつむら・りょうや)。
安住小乃都の友人としてデータに載っていた名前だ。
毒死の次は凍死だった。業務用冷蔵庫の中で発見されたという。
「どーも、今回も流れで案内役を務めることになりました。御伽アリスです」
「どうも……17+1です」
心なしか、先週よりも御伽のテンションが上がっているように思えた。あくまでダウナーなりに、といった感じだが。
公然と授業をサボれてうれしいのかもしれない。
「松村涼哉……さんって、女の子なんだよね?」現場である給食室までの道中、僕は訊いてみた。先週理事長から渡された資料を見たときから気になってはいたのだ。
「そうですよ。良い子でした」
資料によると御伽アリスと松村涼哉はクラスメイト、もっと言えば友達のはずなのだが、とてもそうとは思えない、あっさりとした返答だった。まあ、そのほうがこちらとしてはやりやすい。もしかしたら、こういう性格の子だから案内役に選ばれたのかもしれない。
「涼哉って、失礼だけど女の子では変わった名前だよね」
「あー。あの子はね、小さいころから男として育てられたんですよ」
「へえ、そうなの」
「狼に」
「狼に!?」
思わず大声で訊き返してしまった。
狼に、男として育てられた。
すごい字の並びだ……。
「? そういうのってデータには書いてなかったんですか?」
「クラスとか部活動とか基本的な情報はあったけど、そんな突飛な設定までは……」
先週話しておけば良かったな。
会話、通じるのだろうか。
「名前と言えば、17+1さんって本名ですか?」
涼哉という名前の謎は解決したどころか逆に深まった感があり、もう少し掘り下げたいところではあったが、御伽は会話が一区切りついたと判断したのだろう、逆に質問されてしまった。
「そんなわけないだろ。仕事用の名義みたいなものだよ」
「りょうちんと負けず劣らずの変な名前ですね。いえ、楽勝で勝ってます」
「本名だと何かと差し障りがあるからね」
りょうちん? ああ、松村のことか。
「学園内で事件が起こるといつも来ますよね。去年の夏も来てましたよね、プールが盗撮されてたとかそんなの」
「ああ、よく覚えているね」
本当は、盗撮なんかよりも数段やばい事件だったのだが、どうやらちゃんと隠滅できているようで何よりだ。今後誰かに語られる機会もなく、あの事件は人知れず消えてゆくのだろう。
「17+1さんって、てっきり探偵さんなんだと思ってました」
「推理力が乏しいのは、先週ので分かっただろ」
「そうですね、まさか第二の被害者が出るなんて……」
と、そこで御伽は立ち止まった。給食室に到着したのだ。人払いは済ませてあるようで、辺りには誰もいない。
発見当時のまま安置されていた(さすがに冷蔵庫からは運び出されていたが)松村涼哉の亡骸は、さして特筆することのない、ただの凍死体であった。自然解凍されつつあるが、まだ臭いはしない。当然のことながら、僕に死亡推定時刻など分かるわけない。普通に考えれば、先週金曜日の昼休み以降から今朝までの間だろうが……範囲が広すぎる。
問題は、松村が第二の被害者と呼ばれる理由だ。
「りょうちんの死が自殺でも事故でもなく他殺なのは、あたしたちにとっては明らかでした」御伽は制服のスカート――いや、よく見るとキュロットだった――からスマートフォンを取り出し、画面をこちらに向かって見せた。
それはツイッターのアカウント画面だった。アカウント名から想像するに、松村涼哉のものだろう。ツイートはたったひとつきり。投稿日時は今日の早朝五時。内容は画像のみ。
冷蔵庫に押し込められた、松村涼哉の死体の画像。
「これの隠滅はちょっと骨が折れるかもしれませんね。まあ、りょうちんは鍵アカだったから見れるのはあたしたちだけですけど」
「これをツイートしたのは……」
「きっと犯人でしょう。ずーみんとりょうちんを殺した」
「どうしてわざわざ、こんなことを」
「さあ? でも17+1さん、わざわざなのはこれだけじゃありませんよ。よく見てください。ツイートに位置情報が付加されてます」
御伽は一旦スマートフォンを自分が見られるようにひっくり返し、なにやら操作してから再度こちらに腕を伸ばした。
『位置情報:愛知県岡崎市松村町』
わざわざ死体の画像をツイートするだけでなく、わざわざツイートする場所を移動している。
「松村町……、そうか、そういうことなのか。だから凍死で、じゃあ――」
「そうです。また、ディミ女科学部の迅速な調査によって、ずーみんの飲まされた毒が何かが分かりました」
「科学部って、たしか安住さんが所属していた」
「はい。だから調査と言っても部室の薬品庫をチェックしただけっぽいですけどね」
コノトキシン。
イモガイの針に含まれる、猛毒だそうです。
御伽アリスの口ぶりは、いつのまにか気だるげなそれに戻っていた。
「なら、密室というのも理由があったのか……」
安住――ベッドのある保健室。鍵がかかっていれば『安住』できる。
小乃都――『コノト』キシン。
松村――愛知県岡崎市『松村』町。
涼哉――冷蔵庫の『涼』しい冷気。
「これは、連続見立て殺人だったのか……!」

理事長から受け取ったデータにある参考人――安住小乃都と松村涼哉の共通の『友人』にも話を聞かなければならない。僕はそう考えた。僕の仕事は殺人事件の犯人を突き止めることでもないし、第一の事件の密室の謎を解くことでも、見立ての動機を看破することでもない。『事件をなかったことにする』のが依頼内容だ。なのにどうして聞き込みなどという、刑事めいた真似、もっと言えば探偵めいた真似をするのかというと、そんなものは決まっている。第三以降の事件を未然に防ぐ――『なかったことにする』ためだ。
連続殺人事件である以上、これからも連続する可能性がある。
見立てまで仕込まれちゃ尚更だ。
「これ以上忙しくなりたくないし、事件が続くようじゃ隠滅失敗、信用問題にもかかわるんでね――と」
独りごちていると、ノックの音がした。
舞台は代わって、ここは部室棟の空き教室だ(部室棟に空き教室があるということに、私立ディミヌエンド女学園の規模の広さが窺い知れる)。理事長の許可を得て、取調室として使わせてもらっているというわけだ。『友人』たちとの面会のセッティングは、御伽アリスにやってもらった。
その御伽も『友人』の一人――ぶっちゃけてしまえば容疑者の一人なので、彼女には事件当時のアリバイなどといった軽い質問をいくつかしてから帰らせた。授業に戻るのが嫌だったらしく、すこし不満そうにしていた。「ぶー」って言ってた。女子高生が「ぶー」なんて言うの初めて聞いた。
「どうぞ」
「失礼しまーっす!」
元気いっぱいの声とともに教室に入ってきたのは小柄な女の子だった。第一印象としては、そのへんをちょこまかしてそうというか、小動物じみているというか。茶色がかった髪をポニーテールにしている。体育の授業の途中だったらしく、紺のジャージを着ていて、全体的に砂まみれだった。校庭でスライディングでもしたのだろうか。
「中等部3年H組、三水夏葵(さみず・なつき)ですっ」
「どうも、17+1です」
「あの、松村せんぱいのことで呼ばれたんですよね、ぼく……」
「そうだよ。まあ、君だけじゃないんだが、松村さんのお友達にはいくつか訊きたいことがあってね」
「あ、やっぱりそうなんだ……」
表情がわずかに憂いを帯びた。
「ちょっと時間かかるけど、協力してもらえるかな?」
「はいっ!」
良い返事だ。ちょっと良すぎるくらい。
僕は三水にいろんなことを訊いた。連続見立て殺人事件に関係することも、まったく関係ない普段の授業の話も。僕には知りようがない人間関係も、既に把握している人間関係も。心理テストめいた質問も、誘導尋問めいた質問もいくつかした。
無理に答えなくてもいい、嫌な気分になったり体調が悪くなったりした場合はいつでもやめてもらって構わないと最初に告げたのだが、三水はすべての問いに対して明朗快活に答えていた。
否、ひとつだけ、はっきりとしない回答があった。
「実感がないんですよね」
そう、三水は言った。『一連の事件についてどう思うか?』という、我ながらあまりにも漠然とした問いへの回答であった。
「安住せんぱいのことは御伽せんぱいとかから聞いて知っていましたし、松村せんぱいの画像も見ました。ツイッターで。でも、なんだか本当のこととは思えないというか、なんというか、松村せんぱいがもういないってちゃんと分かってはいるつもりなんですけど、受け止めているつもりなんですけど、それでも全然ショックに感じていない自分がいるし、何にも感じていない自分がいるんです。二人ともまだニュースになってないし、お葬式だって行けてないし、緘口令しかれてるから、やっぱりよくわかんないんですよね、何が起こっているのか。だから普通に学校来れちゃうし、普通に部活にも参加できちゃう。あれ松村せんぱいどこ行ったのかなって、プールで探したりもしちゃうんですよね……」
三水と松村は二人とも水泳部に所属しており、部活の先輩後輩という関係にもあった。グループの中でひとりだけ学年の違う三水にとっては、同じ部活の松村は他の『友達』とはまったく異なる存在であっただろう。
そんな三水の様子を見ていて、松村の事件を隠滅しようとしていることに罪悪感を覚えないわけでもなかったが、かといってこんなところで取り止めにするわけにもいかない。連続見立て殺人事件はこれからも連続するかもしれないのだ。
「――まあ、今日はこんなところかな」
「今日はってことは、今後もこういうのってあるんですか」
「かもしれない。まあ、何か事件について思い出したり、すこしでも心当たりがあったら、いつでも連絡してもらえると助かるよ。これ、連絡先」
「ありがとうございますっ」
名刺を受け取りつつお辞儀をする三水。
本来お礼を言うべきなのは僕のほうなのだが……。
三水が退室するのを見届けてから、僕は聞き込み中に書き取ったメモを整理することにした。事件当時のアリバイなどを新たに表にまとめる。松村の事件はともかくとして、安住の事件は毒を盛られた時刻を特定できないからアリバイもへったくれもないのだが、何にせよ訊いたことはしっかりとまとめておく必要がある。次の『友達』が来るまでに終わらせておいたほうがいい。
ふと、視線を感じた。
「……あの」
今さっき出て行ったばかりの三水が、戸の陰から覗いていた。
なんだろう。
「あの。あのあのっ」
「ん? 忘れ物かな。それとも何か心当たりがあったのかい?」
「17+1さんって、かっこいいですねっ!」
僕はずっこけた。
「えっと、今、何を……?」
「いや、だから、17+1さんって、かっこいいですねっ! って」
「………………」
なんだろう、全然うれしくない。
女の子にかっこいいって言われているのに。JCなのに。ぼくっ子なのに。
むしろ、細かく描写すればするほどつらい気持ちになっていくような……。
「えーと、用件はそれだけ?」
「はいっ」良い笑顔だ。
「そうか、うん、どうもありがとう」
「どういたしまして!」
そう言うと三水はたったったっと駆けて行った。

「ええと、S2Cの、鈴生れいです」
「どうも、17+1です」
次の『友達』は、三水とは一転して、大人しそうな女の子だった。大人しいというよりも、弱々しいと形容したほうが適切かもしれない。軽くウェーブのかかった長い黒髪が表情を隠している。膝の上に揃えられた握りこぶしがぷるぷるしていた。よく見ると、何か首からぶらさげたお守りみたいなものを握り締めている。紐のついた小刀のような。殺傷力は無さそうだけど。
「その、手に握っているのは?」
「こここれはサイトシープといって、わたしの人工精霊です」
「サイトシープ?」
人工精霊?
やっぱりお守りみたいなものかな。
「人工精霊というのは、まあタルパとかイマジナリーフレンドとかいろいろ言い方はありますけど、要は意図的に創り出した脳内の架空人物のことですね」
「え、それって」大丈夫なのか?
「だから正確にはこれは依り代ですね」小刀のようなお守りのようなものを顔の前にかざす鈴生。「人工精霊の現実世界での器と言いますか、人工精霊を生成するにあたって思考の手助けとなる物質的な存在と言いますか。身につけられるものにしておくことでより効果が高まるわけです」
鈴生はよどみなく喋りつづける。
まるで何かがのりうつっているかのようだ。
「いえ、あくまで架空の人物、わたしの場合はサイトシープちゃんですね、を想定して、彼女がどのようなことを考えているか、どういう言動をするかを予測し、ルーチン化するということなので、そういったオカルト的なものではありませんね。はじめは自分で相手の返事の内容も考えないといけないんですけど、訓練を積むことで次第に自動的に会話が成り立つようになって、それでそれで……」
「………………」
「…………あっ! わたしったら、突然、こ、こんな話しちゃって、すすすすみません」
「あっ、いや、別にいいよ」
元に戻ったようで、ちょっとほっとする。
どうも彼女も、単なる大人しい子というわけではないらしい。
「すみません、本当、すみません……はい、事件のことですよね、何でも答えます……」
「そんなに畏まらなくてもいいからね。別に君を犯人扱いしているわけじゃないし、とって食、おうとしているわけでもないから」
「はっ! はい……」
こちらの台詞に反応して、ぶるっと背筋を震わせる鈴生。
とってもやりにくい。
しかし、鈴生のほうからならともかく、こちらから聞き込みを中断するのは良くない――僕は三水に対して行ったのと同様の質問を、鈴生に対しても問うた。連続見立て殺人事件に関係することも、まったく関係ない普段の授業の話も。僕には知りようがない人間関係も、既に把握している人間関係も。心理テストめいた質問も、誘導尋問めいた質問もいくつかした。
無理に答えなくてもいい、嫌な気分になったり体調が悪くなったりした場合はいつでもやめてもらって構わないと最初に告げたし、中盤でももう一度告げたし、終盤に至っては一質問ごとに「大丈夫? やめようか?」と確認したけれど、鈴生は最後まで答えぬいた。
責任感は強いほうなのかもしれない。
一度引き受けたことは最後までやり抜くというか。
悪く言えば、引き際を知らないというか。
「怖いんです」
質問に答える合間に、鈴生は何度も『怖い』と繰り返した。
「安住さんと、松村さん、身近なひとが二人も学校で亡くなって、し、しかも、殺人だっていうじゃないですか……。わたし、怖いんです。怖いんです。怖いんです。怖くてたまらないです。でも、学校には行かなくちゃいけないし。こんなことじゃ休めないし。サイトシープちゃんは大丈夫だって言ってくれるんですけど、でも、でもでも、こんなに怖いのに。どうして学校は警察を呼ばないんですか。それか休校にするとか。この学校はおかしい……」
「うん、僕もそう思うよ」
私立ディミヌエンド女学園はおかしい。まったくもって同感だった。一番おかしいのは理事長の頭なのだが、そのおかげで仕事をいただいているのだから文句は言えない。
「でも、警察の代わりに僕がいる」
「え?」
「学校の代わりに僕が君を休ませる」
「17+1さん、が……」
「そう。安心して。僕には謎を解くことはできなくても、鈴生さんや他のみんなを恐れや苦しみから解放することはできるから。記憶や思い出の嫌な部分は、絶対に消し去ってみせるから」
などと大見得を切ってみる。
これは三水への聞き込みのときに抱いた罪悪感を晴らすための言動であって、あくまで自分本位のものでしかないのだけれど。
「そう、ですか。なんだか、ちょっとだけ、ほっとしました……」
そう言う鈴生の握りこぶしが、すこし緩んだ。小刀のお守り――『サイトシープ』だったか――の刃の痕が手のひらにある。よっぽど強く握っていたのか。
そのとき、常に俯きがちだった鈴生が初めて顔を上げた。
ようやく見えた表情は、想像していたよりも大人びていて、それでいてほころんでいて。
そして、
「17+1さんって、その、かっこいいですね」
「ストップ」
鈴生の顔の前に手のひらを突き出して、制止する。
「ごめん、そのくだりはさっきやったから、できれば省略してもらえるかな……」
「え……あ、すみません……」

「私立ディミヌエンド女学園高等部2年A組の学級委員長を務めています、花庭(かてい)です」
最後の『友達』は、一言でいえば曲者だった。
黒髪ぱっつんストレートの曲者だった。
「どうも、17+1です。えっと、下の名前は……」
驚くべきことに、彼女だけは下の名前がデータに載っていなかった。安住の事件時に理事長から得たデータには、安住小乃都、松村涼哉、御伽アリス、三水夏葵、鈴生れい、そして花庭、の六人の『友達』たちの情報が記されていたのだが、具体的には学年クラス委員会部活動、身長座高体重スリーサイズ、エトセトラエトセトラ――と基本的な情報は大抵記されていたのだが、しかし唯一、彼女の下の名前だけが抜け落ちていたのだ。
そのことにはデータを受け取った時点で気づいていたのだが、単なる記載ミスだと思って特に理事長に指摘はしなかった。下の名前なんて『友達』の誰かに訊けばいい、なんなら本人に会ったときに直接訊いてみてもいい――そう思い、実際に花庭に訊いてみたのだが、
「ありません」
花庭はそう言ってのけた。
「え? いや、あるでしょう、下の名前」
「いえ、ありません。ありえません」
それこそありえない返答をする花庭。
「学級委員長である私に、下の名前など不要です。私のことはただ花庭委員長と呼べば良いのです」
「あ、そう……」
どういう理屈なのか、ちょっと僕には意味不明だ。
知ろうと思えばいくらでも彼女の名前を知る手段はあるが、なんとなくやりたくない自分がいた。知ってはいけないような予感がした。
まさか、この子も男の名前だったりしないだろうな……。
「下の名前の話はさておき、安住さんや松村さんの事件について、花庭さんにいくつか訊きたいことがあるんだけど……」
「花庭委員長」
「……、花庭委員長にいくつか訊きたいことがあるんだけど……」
「諒解です。学園の問題は花庭の問題。委員長のこの私に何でも訊いてください」
気を取り直して、気の取り直し方を思い出すところから気を取り直して、僕は三水や鈴生に対して行ったのと同様の質問を、花庭に対しても問うた。連続見立て殺人事件に関係することも、まったく関係ない普段の授業の話も。僕には知りようがない人間関係も、既に把握している人間関係も。心理テストめいた質問も、誘導尋問めいた質問もいくつかした。
花庭は、ひとつとしてまともに答えてくれなかった。
無理に答えなくてもいい、嫌な気分になったり体調が悪くなったりした場合はいつでもやめてもらって構わないと最初に告げたのが馬鹿みたいだった。花庭は無理にでも質問の意図を誤解した回答をひねり出し、嫌でも追及を諦めざるを得ないような迂遠な物言いをし続けた。巻かれた煙でこちらの体調が悪くなる有様だった。向こうは何故だか楽しそうだったが……。
いくら煙に巻かれようとも、それでも僕はなんとか粘ろうとしたのだが、そうすると決まって「分かりません」で無情に打ち切られた。
「分かりません」
「知らないので分かりません」
「覚えていないので分かりません」
「考えたこともなかったので分かりません」
「質問の意味がよく分かりません」
「言葉の意味がよく分かりません」
「分かったか、とはどういう意味でしょうか」
「今何とおっしゃったのかよく分かりません」
「えっ、さっき私がそう言ったんですか? 分かりません」
「何が分からないのかよく分かりませんが、分かりません」
アリバイを主張することもなく、動機の不在を訴えることもない。さあ自分を疑えと言わんばかりだった。
そして、それは逆に、誰かを庇っているようにも聞こえた。
「はあ……じゃあ、この辺で今日は終わりにしようか……」
「そうですか。あまりお役に立てずに何よりです」
「え?」
「いえ、あまりお役に立てず、何よりまず詫びねばならないだろう、と」
「そう……まあいいや。お疲れさま」
僕は自分に労いの言葉をかけた。
花庭との不毛なやりとりに疲弊したというのもあるが、三人も連続して聞き込みを行うというのも相当ハードだったな、と今になって反省する。そういえば三人の前に御伽に対しても軽く質問しているか。何にせよ、お疲れさま、17+1。
「あ、そうそう、ところで17+1さんってかっこ」
「ストップ」
「いいですね。素敵ですね。素晴らしいですね」
押し切られてしまった……。
なんでみんなして嫌がらせのように褒めちぎるんだ? 御伽の差し金か……? いや、もう何も考えるまい……。
そんな疲労困憊状態の僕の鼓膜に、福音のごとく鐘の音が響いた。
授業の終わりを告げる鐘だった。

「どうです、17+1さん。何か掴めましたか」
授業が終わって戻ってきた御伽が、開口一番に尋ねてくる。
「駄目だ」僕は即答した。「さっぱり分からん」
さっぱり分からん。それは本音だった。何を分かろうとしようと考えていたのかさえも、御伽アリス、三水夏葵、鈴生れい、花庭委員長の計四人の聞き込みを終えたころには分からなくなっていた。これでは花庭を悪く言うこともできない。
――まず、アリバイだ。
安住小乃都が死んだのは、安住が保健室の鍵を借りた午前七時五十分から御伽が安住の死体を発見した午前八時三十分までの四十分のあいだのこと。鍵はしっかり管理されているから貸出し記録の改竄の可能性はほとんどないし、御伽の連絡を受けた教職員の証言から、死体発見時刻も間違いないと考えていいだろう。しかし、それは安住が午前七時五十分から午前八時三十分までの四十分のあいだに殺されたという意味にはならないし、午前七時五十分から午前八時三十分までの四十分のあいだ保健室がずっと密室状況にあったという意味にもならない。安住が保健室に入る前からすでに毒物――コノトキシンを摂取していたというのもありうる。というか、まず間違いなくそれだろう。安住のカバンの中の薬瓶がややネックとなるが……。
ネットで軽く調べたところ(探偵ではないので、こういう調査はあまり慣れていない)、コノトキシンは神経毒の一種らしい。御伽の言った通りイモガイに針に含まれる猛毒で、しびれやめまい、嘔吐、発熱、全身麻痺などいった症状が現れ、やがて呼吸困難に陥り死亡する。血清は存在せず、生きながらえるためには毒素が体内から抜けきるまで生命を存続させる他にない。数時間で死に至る例もある――つまり数時間は毒を摂取しても生きていられるということだ。要するに、毒を盛られた時刻を特定できないからアリバイもへったくれもない。
話はそれるが、こうなってくると見立てと思われた保健室も密室状況も単なる偶然の結果である可能性が高い。『安住』とは、案外この私立ディミヌエンド女学園という空間――『学校』のことを指していたのかもしれない。笑えない。
閑話休題。松村涼哉の場合はもっとシンプルで、松村のツイッターアカウントから投稿された写真から、今日の午前五時にはすでに凍死していたと判断できる。死亡推定時刻こそ先週金曜日の昼休み以降から今朝までの間と広範囲だが、ツイート時刻が大きな手がかりとなる。今日の午前五時、犯人は岡崎市松村町にいたのだ。
これらのことから僕は、『先週月曜日の深夜零時から八時三十分まで』『先週の土日』『今週月曜日(今日)の午前五時前後』の時間帯についてアリバイの確認をとった。その結果を『名前:(アリバイのみを考慮して)安住を殺害可能か・松村を殺害可能か・松村町でツイート可能か』というふうにまとめると、次のようになる。

御伽アリス:殺害不可能・殺害可能・ツイート可能
三水夏葵:殺害不可能・殺害可能・ツイート不可能
鈴生れい:殺害不可能・殺害可能・ツイート不可能
花庭委員長:分からない・分からない・分からない

なんと、安住の事件については、ほぼ全員が殺害不可能であった。毒を盛られた時刻を特定できないのにもかかわらず。
何かを誤認しているか、根本から考え方を改める必要があるのかもしれない。
――次に、動機。
動機と言うより、人間関係の整理と言うべきか……、データにも書いてあったことだが、安住、松村、御伽、三水、鈴生、花庭は、本当に仲良し六人組だった。松村と御伽と花庭が同じクラス(S2A)、安住と鈴生が同じクラス(S2C)、三水だけが学年が異なる(J3H)となるが、松村と同じ水泳部。よく放課後に教室に集まり、トランプをして遊んでいたらしい。
彼女たち――『友達』たちの話を聞いていて、どうして安住が殺されたのか、どうして松村が殺されたのか、その動機のヒントになるようなことがらさえも掴むことができなかった。彼女たちが恨んだり憎んだりするようには思えなかったし、彼女たちが恨まれたり憎まれたりするようには思えなかった。これは僕の人生経験が乏しいためにひとを見る目というものが育っていない、端的に言えば鈍いせいなのかもしれないが……。
――最後に、見立て。
こちらも動機と言えば動機だ。見立てを行う理由が分からない。どうして密室状況の保健室(あるいは単に学校)で安住が死ぬような時刻に毒を盛ったのか。どうして『コノトキシン』による毒殺を謀ったのか。どうしてわざわざ愛知県岡崎市松村町で松村の写真をツイートしたのか。どうして給食室の冷蔵庫での『凍死』を狙ったのか。
何かをカムフラージュしようとしているのか。
何かを誤認識させようとしているのか。
それとも、何かを伝えようとしているのか。
……誰に?
「すっかりお手上げって感じですか」
髪をいじりながら、御伽は気だるげに訊いた。
身体をこちらに向けてはいるが、僕を見てはいなかった。
「そうだね。ハナから無理な話だったんだよ。連続殺人事件、それも見立てつきときちゃあ僕にはちょいと荷が重すぎる」
自嘲めいたことを口にしてから、僕は溜息を吐く。
御伽の前で溜息を吐いたのは、これで三度目になるだろうか。それまでの二度と今回のでは大きく意味が異なるけれども。
「僕の出番はここまでだ。本業の『隠滅』に集中することに決めたよ。校内の警備を強化するよう、それとみんなの心のケアとちゃんとしてもらうよう、理事長にはお願いしておく。あのひとも分かってはいると思うけれど」
「あたしは」
僕を見ないまま御伽は言う。
「あたしは17+1さんに真相を突き止めてほしいと思っていますけどね」
「どうして」
「恩人だから」
恩人?
「……17+1さんって、学園内で事件が起こるといつも来ますよね。去年の夏も来てましたよね、プールが盗撮されてたとかそんなの」
「ああ」その話は前にもした気が。「よく覚えているね」
「覚えているに決まってるじゃないですか」
御伽は僕を見ない。
金色の長い髪をいじっている。
「だって17+1さんは恩人なんだから」
――だから、絶対に真相を突き止めてくださいね。一年前みたいに。
そう、御伽は僕に言った。
去年の夏の事件。表向きはプールの盗撮事件で、裏には盗撮なんかよりも数段やばい事件があった。どちら側の事件も、具体的な内容はあまり思い出せない。一年も前のことだし、隠滅したことをいつまでも覚えているのは良くないから。
もしかして御伽は、存在しない盗撮事件の被害者だったのか?
僕が御伽を救ったのだと、思い込んでいるのか……?
「それそれ」
気づくと、御伽がこちらを見ていた。
表情はほとんど変わっていなかったが、声が笑っていた。
「そうやって真剣に考え込んでる17+1さんって、かっこいいですよ」

翌週の月曜日、御伽アリスが死んだ。安住の事件について気になることを思い出したため、こちらから学園へと連絡を入れようとした矢先、僕は彼女の死を知った。
撲殺だった。
殺害現場は図工室。御伽の身体は、美術部の製作したドールハウスに無理やり押し込められていた。両手両脚を小さな窓やドアから突き出していて、頭は赤い屋根をぶち破っていた。後頭部に鈍器で殴られた痕がいくつかあった。おそらく、近くに落ちていた血痕つきのハンマーが凶器だと思われる。
小さな家から飛び出した手足。
そこから連想するのは、かの有名な物語『不思議の国のアリス』の一場面。
御伽『アリス』。
「それで、安住の事件について思い出したこととは何だったのですか?」
先導して廊下を闊歩していた花庭が、こちらを振り返って訊いた。今は現場検証を終え、図工室のある特別教室棟から部室棟へと移動しているところだ。この現場検証も、ほとんど意味をなさないルーチンワークと化している――そんな気がしていた。
「大したことじゃないよ。記憶違いだったかなって、ちょっと気になっただけだ。それに、もう確認することはできない。保健室にはもう事件の痕跡は何ひとつ残されていないし――僕が消してしまったし、写真も撮っていない。第一発見者の御伽は死んでしまった」
得意の隠滅が仇になったというわけだ。
「そうでしたか……。それは残念です」
「ああ。残ったのは後悔の念だけだ」
「こちらです」
特別教室棟を抜け、中庭を横断する渡り廊下を進む。
今回の案内役は花庭だった。同じクラスの委員長として、御伽から役目を引き継いだかたちになる。先週はあれほど飄々として見えた立ち居振る舞いも声の調子も、今日はややぎこちない。無理もない話だ。
先週だって、彼女なりに精一杯強がっていたがための「分かりません」だったのかもしれない。虚勢を張っていたというか、なんとか自我を保とうとしていたというか、とにかく通常の精神状態ではなかったのだろう。否、過去形ではない、今だってそうだ。
そしてそれは僕も同じだ。
今までに、これほどまでの無力感を抱いたことがあっただろうか。
――絶対に真相を突き止めてくださいね。
僕は結局、御伽の望みを叶えることができなかった……違う。叶えようとさえしなかった。
この一週間、本業の『隠滅』に集中していた。他にやったことと言えば、校内の警備を強化するよう、生徒の心のケアを徹底してもらうよう、理事長に依頼しただけだった。今日まで学園を訪れることもなかった。本来、今日だって訪れるつもりはなかった。御伽の死を知るまでは。
安住の事件も松村の事件も、死体が発見されたのは月曜日だった。月曜日に新たな死体が発見されるのは、想定されてしかるべきだ。それなのにどうして学園に行くつもりがなかったのかと訊かれたら、御伽たちに会わす顔がなかったからとしか答えようがない。
真相が分からなかったから、と。
「……17+1さん。17+1さん、着きましたよ」
「ん、ああ……」
気づくと、部室棟の空き教室の前にいた。
先週も聞き込みに使っていた教室だ。
「鈴生と三水は中で待たせてあります。今回の聞き込みはひとりずつではなく、全員同時に、ということでよろしいですよね?」
「ああ」
「どうですか、17+1さん。安住の、松村の、御伽の仇を取ることはできそうですか」
「分からない」
「犯人は私たちの中にいるのでしょうか」
「分からない」
「警備を強化しても犯行が行われたということは、外部犯の線は薄いと見るべきでしょうか」
「分からない」
「被害者はこれからも増えるのでしょうか」
「分からない」
「先ほどの現場検証で、何か分かりましたか」
「分からない」
「これから行われる聞き込みに、はたして意味はあるのでしょうか」
「分からない」
教室の戸を開ける。
音に気づいて、こちらを振り向く女生徒が二人。一人は三水夏葵。まだ死の実感が沸いていないのか、あっけらかんとした顔をしている。もう一人は鈴生れい。先週よりも一段とおびえていて、今にも泣き出しそうだ。
僕の隣には花庭委員長。僕を質問攻めにしていたときから、彼女の表情は読めない。
僕は彼女たちと閑談に時を費やす。
その内容はよく覚えていない。

そして翌週の月曜日、鈴生れいが死んだ。
毒殺、凍殺、撲殺ときて、今度は斬殺だった。
斬殺にして――惨殺だった。
理事長によると、午前五時四十分、連続見立て殺人事件以降新たに雇われた警備員――月曜から金曜までしか働かない役立たず――の一人によって、裏門近くにて最初に鈴生の死体が発見されたそうだ。そう、最初に、だ。その後、警備員らによって、校庭南側の倉庫、体育館裏、部室棟屋上など計八箇所で同時多発的に鈴生の死体が発見された。鈴生れいの死体は、全身をバラバラに分割され、各部位がすだれ状に吊るされていた。死体は当然のごとく全裸で、鈴生のものと思われる衣服や所持品のたぐいはまとめて焼却炉に捨ててあった。
すだれ状に吊るされる――『鈴生』り。
想像するにおぞましい。
だが、理事長の知らせを受け取った僕が鈴生の殺害現場を確認することはなかった。残された『友達』たちに聞き込み・取調べを行うことはなかった。
会わす顔がなかったから?
真相が分からなかったから?
違う。
何故なら、すでに真相を突き止めていたからだ。
鈴生れいの死によって、ようやくすべてが分かったからだ。
私立ディミヌエンド女学園連続見立て殺人事件の、真相が。

鈴生れいが殺されたのと同じ週の――木曜日。
人気のない早朝。
私立ディミヌエンド女学園の特別教室棟と部室棟のはざま。庭園と言い換えてもいいほど、草木と花実にあふれた中庭。その中心に、人影が二つあった。
一つは石畳に横たわり。
一つはその頭部を抱え。
そして、力を込めて、その頭部を――
「やめろ!」
そこで僕は声を上げ、二人の前に姿を現した。
三水を殺そうとしている花庭の前に。
花庭に殺されようとしている三水の前に。
どちらも僕の姿を確認して、驚いたような、それでいて喜んでいるかのような、そんな不思議な表情を浮かべている。
「17+1さん、どうしてここにいるんですか」
「鈴生せんぱいのときには来てくれなかったのにっ」
「いや、君たちには会わなかっただけで、学園には来ていたよ」僕は二人に答える。自分が辿りついた真相の正しさを確信しながら。「月曜からずっと僕はいた。私立ディミヌエンド女学園に」
「そう……ずっと監視していたってわけ」
「さすが委員長。理解が早くて助かるよ」
「えっ? 月曜っていつの月曜ですか? どういうことですか花庭せんぱい?」
「……最初から」三水を無視して花庭は言う。「最初からその手を使えば良かったのでは? 私たち全員を監視していれば、もっと早くこの惨劇を止められた、そう思いませんか?」
「いやいや。町全体を敷地とする、敷地全体をもって町とする、この巨大な学園において特定の人物を監視しつづけることは不可能に近いよ。僕がやったのは定点観測だ。いくつかの場所にカメラとセンサを仕掛けて、月曜からずっと、不眠不休の覚悟で見張りつづけた。次に事件が起こりそうなところ。見立てができそうなところ。水や花、庭のあるところ。プールとか、園芸部のビオトープとか――ここ、中庭の噴水とか」
そう、三水は花庭に溺死させられそうになっていた。
中庭の噴水。
真水(さみず)――『三水』。
「水や花、庭のあるところですか。ということは、生き残りが二人になってもまだ真相が分からないから、やむを得ず監視することにしたという感じなのですね。17+1さんのそういう強引なところ、嫌いじゃないですよ」
「だいたい合っているけど、正確には『生き残りが二人になってようやく真相が分かったから』だよ」
「ほう」
花庭は笑った。嬉しそうに。
うっとりしているかのように。
「それは是非とも聞かせていただきたいですね」
「見立てが雑になっている」前置きなく僕は言う。話の順番も考えちゃいられない。論理展開も知ったことか。こんな探偵じみた真似はさっさと終わらせたい。「安住の事件と松村の事件では姓名ともに掛かっていたのに、御伽の事件以降はどちらか片方にしかかかっていない」
安住の事件。安住――ベッドのある保健室。鍵がかかっていれば『安住』できる。小乃都――『コノト』キシン。
松村の事件。松村――愛知県岡崎市『松村』町。涼哉――冷蔵庫の『涼』しい冷気。
御伽の事件。不思議の国のアリスの一場面――『アリス』。
鈴生の事件。すだれ状に吊るされる――『鈴生』り。
そして、つい先ほど未遂に終わったが、三水の事件。真水――『三水』。
「僕が真相に気づいたきっかけは鈴生の事件だ。どうして犯人は見立てに小刀の形をしたお守り、サイトシープを使わなかった。人工精霊――『れい』になるというのに。その理由は、もう無理に見立てを行う必要がなくなっていたからだ」
さらにもうひとつ口に出しておかなければならないことがある。
安住の事件について気になっていたこと。
「安住の摂取した毒物が本当にコノトキシンなのか、僕は疑問を抱いていた。神経毒の一種で、イモガイに針に含まれる。体内に入ると、しびれやめまい、嘔吐、発熱、全身麻痺などいった症状が現れ、やがて呼吸困難に陥り死亡する――しかし、僕の記憶では、安住は血を吐いていた。これはコノトキシンの症状とは一致しない」
科学部の記録を御伽アリスが偽装した可能性が高い。
連続見立て殺人だと最初に言ったのも御伽だ。
御伽は僕を誘導していた。
「何故、見立てを行ったのか。何故、最初の二件だけ見立てが念入りだったのか。何故、見立てを装ったのか。殺人であると誤認識させたかったからだ。連続殺人であると誤認識させたかったからだ。安住は実際には自殺していた。松村以降の事件は同一犯によるものではなかった」
おそらくは。
安住が自ら毒を飲み。
御伽が松村を凍死させ。
鈴生が御伽を殴殺し。
三水が鈴生をばらばらにしたのだろう。
「連続殺人事件と見せかけて、その実は自殺と殺人――否、自殺と自殺幇助の組み合わせだった。各事件のタイミングから考えて、一連の事件は――安住の自殺さえも――すべて計画的に行われたものだ。加害者と被害者の協力のもと行われたものだ」
その動機は。
どうして彼女たちは、そこまでして。
「こんな有名な心理テストがある。サイコパス診断と銘打ってはいたが、眉唾ものだし、今となって有名すぎて役に立たなくなってしまった質問だ――『貴女は夫と子供の三人家族だったが、病気で夫を亡くしてしまった。その夫の葬儀に参列していた男に貴女は魅力を感じた。数日後、貴女は自分の子供を殺してしまった。殺した動機は?』」
一般的な回答例として想定されているのは『再婚するのに子供が邪魔だから』らしい。
しかし、サイコパスは『その子供の葬儀でまたその男に会えるから』と答えるという。
「君たちは、この心理テストを地で行った。この学園で起こった重大事件の『隠滅』を担っている僕に会いたいがために、君たちは毎週一人死者を出し、連続見立て殺人事件を演出していたんだ……!」

10

いつのまにか花庭も三水も寝ていた。
マジかよ。
「……ん、んん? あ、ごめんなさい、ちょっとうとうとしてしまいました。四時起きは流石につらくて……」
「……むにゃむにゃ……レバ刺しがいっぱいだあ……ぼくもう食べられないよ……」
絶句している僕に気を遣ったのか、花庭が慌てて「あ、正解です。17+1さんの言うとおりです。やっぱりかっこいいですね。素敵ですね」とフォローする。
フォローになってない。
「花庭委員長。ひとつ、訊いてもいいかな」
「ええ。どうぞ」
「もしも僕が止めなかったら――三水さんを殺して、ひとりになったら、そのあと君はどうするつもりだったの?」
「私としては、むしろ17+1さんが今の私たちをどうするかに興味がありますけれども……、そうですね、すべてを告白して死ぬつもりでしたよ。付き合えるだなんて思っていません。不公平ですもの」
「不公平って言ったら、安住さんや松村さんはどうなるの。彼女たちも僕のことを、その、いや、僕に会いたいと思っていたんだろ。というか、そもそもそういうグループだったんだろ、君たちは」
「ええ。公平に、大富豪で決めたんです」
この花庭が大富豪。
三水が富豪。
鈴生が平民の一。
御伽が平民の二。
松村が貧民。
そして安住が大貧民。
「だから、みんな納得ずくなんですよ。安住の事件で17+1さんが予想外の行動に出たので若干予定が狂いましたけれども」
「でも、それにしたって」
こんなことをしても、何の意味もないじゃないか。
ただ無為にひとが死んだだけで、誰の何の気持ちも伝わっていないじゃないか。
そう言いたかったけれど、僕はそれ以上何も言うことができなかった。
もう遅いのだ。何もかも。
彼女たちはあらゆる意味で終わっている。
いや、終わっているのはこの小さな世界(リトルワールド)――私立ディミヌエンド女学園のほうなのかもしれない。
「それに、みんなからは手紙を預かっているのです」
花庭は通学カバンから手紙の束を取り出した。小さな便箋からちょっとした小包までサイズは様々だ。
本来は私が死ぬ直前に17+1さんに読み聞かせる予定だったのですが――そうぞっとしないことを前置いてから、花庭は順番にみんなの手紙を読み上げていった。あたかもそれが大富豪としての責務と言わんばかりに、朗々と。

富豪、三水夏葵の手紙。
『ぼくたちのプールを盗撮魔から守ってくれたときから、ずっと気になっていました。
ぼくはもうこの世にはいませんが、もう一度会ってお話しすることができて、本当にうれしかったです。ありがとうございました。』
「まだ生きてますけどね」花庭の横から、目覚めた三水が茶々を入れた。

平民の一、鈴生れいの手紙。
『わたしはみんなの話でしか17+1さんのことを知らなくて、
勝手にこんなひとだろうなって想像してただけで、
だから聞き込みのときが初対面でした。
だからわたしが本当に好きになったのはあのときです。』

平民の二、御伽アリスの手紙。
『どーも。御伽アリスです。
ごめんなさいm(_ _)m
……いや、いろいろウソついちゃって(汗)
でも、ずーみんの自殺を見やぶったの、やっぱりすごいと思いました。
あれで殺人じゃないとダメだとか見立てとかやらないとってなったし。
ほれなおしちゃいました><』

貧民、松村涼哉の手紙。
「………………………………字が読めない」
十数秒黙りこくってから、観念したように花庭は言った。

そして大貧民、安住小乃都の手紙。
『おそらく私の手紙が最後に読まれることになるのでしょう。
だって、大貧民なんですから。(ツイてないんです)
でも私が一番想っていたのは確実ですよ。
私のこと覚えてますよね?
まあどっちでもいいか……もう。
それではさようなら。
なお、この手紙は自動的に消滅します。(みんな滅びてしまえ)』

「え、なにこれ」
カッコ閉じまで読み上げてから花庭が素でつぶやく。
「ちょ、その小包!」三水の叫び声。
花庭の手中にある小包が閃光を放つ。
どっか~ん!

 

 


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最終更新:2014年03月17日 19:50