愛の形(3)

2014月01月06日(月) 23:28-K

愛と嘘
      
頭の打ち所が悪くて、彼女は自分のことを世界だと思い込んでしまった。
私は、大学の実践形而上学科で詩を、つまり言葉から不純物を取り除いていって最終的には自らも消えていく手法を研究することをあきらめて、工場で働き始めた。
毎朝六時に起きると、あおなみ線に乗って工場に行き、薄汚れた町の空色の作業服に着替え、ベルトコンベアーの上に乗って次々と流れてくる対称性にすっと刃を差し込んで破っては、ボゾンとフェルミオンを分けていく。
そして、三原色に塗り分けられ香り付けられたマーク大将のための鳴声三唱を二色の糊でつないでは、光速とプランク定数を最適に調節し、重力質量と慣性質量を正確に一致させる仕事に、毎日くたくたになって部屋に帰った。部屋では、今日も自分が世界で、自分の中に何千億の銀河があり、銀河の中にはまた何十億もの星が輝き、その星の周りには幾つものガスと大地の惑星が周り、そしてその惑星の上にはさまざまな姿かたちの生物たちが、百花繚乱の文明を花開かせ、愛と憎しみで互いを繋いでいると信じ込んでいる彼女が待っている。
私は彼女が、本当のことに気づかないように、彼女の周りを嘘で固めたのだ。私が工場で身を粉にすることで、何とかまるで、何も無い代わりにに何かがあるかのように見せかけていることができる。
これはやさしさなんかじゃない。ただ、もし彼女が自分は世界なんかじゃなくて、そして世界なんて本当はどこにもないんだと気づいてしまったら、彼女の妄想であり、彼女自身でもあるこの世界が消えてしまうことを恐れただけなのだ。
しかしこの恐れは一種の愛であり、世界を成り立たせているものは、愛と嘘、害のない言いかえをさせてもらえば嘘と愛、少々害のある言いかえをさせてもらうと、嘘の愛であり、愛のある嘘なのだ

 

最終更新:2014年03月17日 19:56