お題「宇宙」30分競作

2014月02月19日(水) 11:20-鈴松アリス


飛翔(お題「宇宙」)

 

あの人は、この大空の中へと飛び立っていった。見果てぬ世界の先を目指して、燦然と煌めく太陽の下へ。

その姿を見失ってもなお、あの人のいる大空から目を離すことは出来なかった。やがて朽ちる定めの翼でも、あの人は飛び立つことを選んだ。嘘偽りで固められた翼は、必ずその身を焼かれて爛れ、栄華と盛衰、その輪廻のごとく落ち行くのは誰しもが分かっていたことだった。自らの胸に刃を突き刺す、その行為に等しいことを誰もが知っていた。それでもあの人は諦めなかった。

あの人の胸中を察することなど、私にはもって不可能である。私もあの人を揶揄し、侮蔑し、罵倒する彼らと同じだからだ。虚飾の翼を真実で覆い隠してしまうことなどできなかった。だがあの人の翼を手折ることもできなかった。それが如何に無謀なことであるのかを知りながら、あの人を地に括り付けることを選べなかった。そして私は知っている。たとえその手をもがれようと、たとえその足を切り裂かれようと、幾度となく生まれ変わる翼だけあれば、あの人はきっと同じことをしたということを。

真実という鋭い光を投げかける太陽が沈みゆく。なだらかな丘陵を紅蓮の炎が包んでいく。あの人の姿はどこにもなく、彼を見つめる人たちも、既に言葉を失ってしまった。

私たちはようやく気付いたのだ。あの人の行為は、無謀であっても偽りなどではなかったということに。

***

タイトル「うゅちう」

「問題は宇宙なんだ」
  僕はそう言ったけれど、目の前にいる佐藤くんは理解してくれなかった。
  だから、僕は言葉を続ける。
「えぇと、つまりだね。トマトは上から読んでも下から読んでもトマトじゃん」
「回文」と彼は呟いた。
「そう、それ。でも『うちゅう』はどうなんだろう?  回文に当てはまるのかな?」
「下から読んだら、『うゅちう』だね。回文じゃない」
  そう彼は言いにくそうに発音した。
  僕は誇らしくなって頷いた。
「そう。可愛いだろう?」
  目の前で彼は怪訝そうな顔をし 、「はぁ?」とだけ発音した。
僕は気にせずに続ける。
「まるでどこかのお菓子みたいな可愛さ! 素晴らしいだろう! ほら、想像してみてごらん。目の前で女の子が『うゅちう?』と言いながら、首をかしげる光景を」
「ぶん殴ると思う」と佐藤くん。
「ねぇ、『うゅちう』に何かしらの名目を与えるべきなんだと僕は思うよ。回文という地位を与えなければ、誰にも認められない単語になる。そんなの可哀想じゃないか」
必死に主張こそしてみたが、彼は相手にさえしてくれずに首を振って席を立ってしまった。
取り残された僕はなんとなく寂しくなり、そして、こういう時こそと閃き、喫茶店の僕しかいない席で一人「うゅちう」と呟いてみた。
けれど、実際は可愛くもなんともなく、変なおっさんにしかならなかったので、僕は今後「うゅちう」を主張することは辞めることにした。

***

「アオダヌキのくれた夢」

「そ~らを自由に、とっびたっいぬぁ~♪」
「はあ? じゃあ宇宙飛行士になれば?」
ということで俺は宇宙飛行士になった。厳しい訓練をいくつも乗り越え、宇宙飛行士になったのは良いが、どうも違う。宇宙に行けば確かに宙を漂うことができるのだが、これは飛ぶというよりも浮いているという感じで、これなら別に宇宙まで行かなくとも近くの市民プールか何かで水に浮いていれば済むことであり、宇宙船を追いかけてくる彗星だとか、頭のおかしな二足歩行の宇宙人からの危険にわざわざ身をさらす必要はない。こんなの全然自由じゃない。
宇宙飛行士という職業について疑問を持ち始めた俺のもとに、ある日突然それが訪れた。俺の乗る宇宙船の無線連絡機器に、こんなメッセージが届いたのだった。
“私はかわいい女の子です。実は今、隣の惑星の宇宙人によって私の星が破壊されようとしています。どうかお助け下さい”
俺は無線連絡機器の示した情報から、その電波の来た方角と距離を割り出し、すぐにかわいい女の子の待つ星へと向かった。
そこは火星と呼ばれる星だった。そこの住民は俺を温かく迎えてくれた。
「あなたが私たちを助けに来てくれた方ですね。ありがとうございます。私が連絡を差し上げたかわいい女の子です」
その子は四本の足がすらりと伸びたまあどっちかというとかわいい姿をした女だった。子ではない。
「で、どうすれば?」と訊くと、「私を宇宙に連れて行ってください」と言うので、俺たちはすぐに飛び立った。
その後、しばらくしてから隣の惑星から二本脚光線が発せられ、火星は滅んだ。
女と俺は間一髪で生き残った。俺が空を飛んでいたのは、この時のためだったのだと思う。

最終更新:2014年03月17日 19:59