「219」30分競作

2014月02月19日(水) 12:07-鈴松アリス


3×219=3×3×73 ~最後に4を添えて~

 

押しては返すさざなみを、ミナミはずっと眺めていた。こうしてひとりぼっちで座っているこの時だけが、彼女にとっての救いだった。難しいことなんて考えなくてすむ。嫌なことも全て、この小さな波たちがさらって行ってくれる。

「ミナミぃ!」

波の音にまぎれて、遠くからミナミを呼ぶ声が聞こえてきた。振り返ると、海岸沿いの通りを、叫びながらこちらに向かってくるサンの姿があった。

「あ、ミナミ!」

ミナミの姿を認めたサンが、大仰に手を振りながらこちらに走り寄ってくる。ミナミは最初こそ驚いたが、近づいてくるサンを見て心に靄がかかるのを感じた。

「来ないで!」

気が付けばそう叫んでいた。サンの足が止まる。サンは砂浜とアスファルトの境界線に立っていた。一歩踏み出れば、そこはミナミにとってを聖域だ。

突然の制止に、サンが反発する。

「なんで! ずっと探してたのにっ!」

「来ないで、来ないで!」

同じ言葉だけを繰り返すミナミ。でも今の彼女にはそうすることしかできなかった。もやもやした気持ちは、サンがこちらに近づけば近づくほど、強く感じるのだ。だけどそのワケはミナミにだって分かりはしない。

「うるさいっ! 今そっち行くから!」

ミナミの態度に腹を立てて、サンは躊躇うことなく砂浜に入っていった。俄かにミナミが怒りを顕わにする。それでもサンは全くひるむことなく、座り込んでいるミナミの隣に腰かけた。

「なんで来るの!」

「来たかったから!」

ミナミの剣幕は大人すら怯ませかねないほどであったのに、サンは全く怯まず、それ以上の剣幕で返した。思った以上に強く返されて、ミナミは思わず黙り込んでしまう。

そのまま沈黙。ミナミはそれから、再び波を見つめていた。自分の隣に誰がいたって関係ない。自分が好きなのは、この小波たちだけなんだと。

「・・・・・・見てるだけだと、飽きない?」

「別に。ほっといてよ」

ぽつぽつと湧いては途切れる会話。だけどもやもやが、徐々に消えていくのをミナミは感じた。最初は小波を見ているからだと思った。

「・・・・・・私、ここで波を見るのが好き」

「このちっこい波を?」

「うん」

呆れられるのだと思った。周りの人たちはみんな理解してくれなかった。変な子としか扱われなかった。でも好きなんだから。好きなんだからいいじゃない。

けどサンが返してきた言葉は。

「ふーん。まぁ、悪くないなぁ」

そう言って、さっきは飽きないかなんて聞いてきたくせに、ミナミと一緒になって小波を見るのだ。

なんでだろ、と思った。でも嬉しかった。

不意に、砂浜に投げ出されたミナミの掌に、サンが掌を重ね合わせてきた。思わずサンを振り向くが、サンはそっぽを向いたまま、じっとその先の波を見つめている。その耳が少しばかり赤くなっているのを見つけて、ミナミはそっと微笑むと、その手を握り返したのだった。


***


題名  ね・む・ろ!

「わたしたち、NMR219をよろしくお願いしま すね」
  ステージの上で流行りのアイドルグループが叫 んでいる。その前に群れをなす、一万人のファン も奇声を挙げてそれに答えている。
  アイドルも実に増えた。もはや、一グループ219 人。それが全国の至るところに。
  NMR ってどこか分かる? 根室だよ。クソ田舎 から、よくそんな大勢集めたものだ。

・・・

劇場から出るとき、わたしは一人の男性に声をか けられた。
「キミ、アイドルやってみない? そのサングラスの上からでも分かる美貌があれば、すぐトップ スターになれるよ」
「あんな下品な衣装着て、下品なダンスしたくあ りません」
  そう私は答えて、無視した。

・・・

芸能人が雑誌記事で語っていた。 「この業界では外見が全てです。正直、歌唱力 やダンス力より外見が大事。なにせ219人もいる んですから。オンチなんて分かりません」
彼は語る。
「可愛くないやつは風俗嬢。それより少し可愛い なら、AV女優。まだ可愛いとグラビアアイド ル。究極に可愛いとアイドルですね」
  わたしは聞きたくなった。だったら、アイドルより可愛い人はどうなるんですかね?

・・・

  握手会に手ぶらで言った。
  その辺の人にわたしはこっそり声をかけたのだ。
「握手券、わたしにくれるなら、わたしが握手してあげますよ」 百枚ほど集めて、わたしは飽きて帰った。

・・・

かつて、後輩が言った。
「みんな、キミが悪い。アイドルというのは本物 の代用品なんだ」
彼は笑う。
「本物が踊らないから、あのブスが踊る。本物が 水着にならないから、ブスが脱ぐ。全部、キミの 代用品なんだ」
「わたしを批難するの?」
「まさか。本物は優雅に生きればいい。『可愛 い』って言われたいブスがアイドルなんかやれば いいのさ」

・・・

だから、わたしは何もしなかった。 アイドルなんか下品だと罵倒した。 「恋愛禁止な癖に、恋の歌とか吐くな」
「清純派が水着になるな」
「一人の男性を幸せにしろよ 」
そう叫ぶことに徹底した。 わたしは間違っていないはずだ。
  好きでもない 男の前で恥ずかしいダンスなんて下品だし、薄っ ぺらい恋の歌なんか歌いたくない。
  219人の1人として消費されたくない。
けれど、社会はわたしを批難した。

「可愛いならアイドルやれよ」
「アイドルは神聖だ」
「美少女がアイドルやらないなんて、もったいな い 」

そんなにアイドルって、凄いものなんですか ね?

・・・

わたしは部屋に引きこもる。
テレビではアイドルが踊る。ファンはみんな笑 顔だ。わたしより遥かにブスな人間が、わたしよ り一万倍の人間を幸せにしている。
「いいんだよ。彼女たちはキミの代用品なんだか ら」
後輩はそう言うけれどーー。

ねぇ、教えてください。 可愛くないのに、アイドルにならなかったら、 わたしは生まれてきた価値が無いんですか?

あぁ、もう。 死んじゃいたいね。 


***


タイトル「21.9の良いこと悪いこと」

ここに、今までに私の身に降りかかった21.9のいや~なことを列記しようと思う。
1、この世に生まれたとき「殺す気か!」と言わなければならなかったこと。
2、息をしようとしたらとんがりなんとかという円柱型のお菓子が喉に詰まったこと。
3、こけたこと。
4、すべったこと。
5、ボケを無視されたこと。
6、新しく買った靴がよく見たら筆箱だったこと。
7、冷蔵庫のドアが、左開きなので使いづらいこと(割と切実)。
8、すれ違った男性にカフェオレとカフェラッテの違いを延々と説明されたこと。
9、記憶を改ざんされたという記憶だけは残っていること。
10、写真を撮る時いつも目を半開きにすること(ウインクではない)。
11、しりとりがいつも「ん」から始まること。
12、じゃんけんで最初はいつもグーを出さないといけないこと。
13、3秒ルールが俺の場合いつも2.19秒くらいだということ。
14、この世界が夢なこと。
15、もう疲れたこと。
16、前歯に青のりを付けられたこと。
17、青のりに前歯を付けられたこと。
18、青のりではなくお歯黒だったこと。
19、金の亡者であることがばらされたこと。
20、プリンのカラメルだけひたすらすすり続ける。
21、こちょこちょ一時間。
21.9、体のうち、前頭葉だけくすぐられたこと。

今までこの私が受けた21.9の悪いことの全貌がこれである。でも人生悪いことばかりではない。いいことも22くらいはあった。それもここに列記しよう。
1、「お前はとっくの昔に死んでいる」。
2、鏡を見るといつもそこに自分以外の誰かが映り込んでいること。
3、左腕の方が右腕より長いこと。
4、左腕の方が左脚より長いこと。
5、目が悪いので、自分に対して他人がいやな顔をするなどといった、見たくないものを見なくて済むこと。
6、ゴキブリホイホイにホイホイされたこと。
7、人間ホイホイにホイホイされたこと。
8、夢の中で指相撲が毎日できること。
9、バラバラ殺人されたけど、瞬間接着剤でくっついたこと。
10、自分の心が読めること。
11、物理攻撃が利かないこと。
12、O型。
13、O脚。
14、皮が厚い。
15、顔の皮が厚い。
16、覆面マスクだから。
17、何枚でも剥がれる。
18、21.9面相。
19、顔の皮が熱い。
20、餃子の皮も厚い。
21、鮫肌。
22、ハンマーヘッド。

最終更新:2014年03月17日 20:00