ロックマンXセイヴァーⅡ エピローグ


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

『――であります。卒業生一同様の益々のご発展をお祈りし、ここに締めさせて頂きます』
『卒業生・在校生起立。礼、着席』
 ガタガタっと騒々しい椅子が擦れる音。立ち上がる生徒達。自分では最高り演説を演じたつもりの市長。
淡々とプログラムを進めるナレーター。既に泣き出してしまっている父兄。
 そして、伝統に基づいて綺麗に飾りつけられた体育館。普段の空間とは一線を覆す、華やかな場所。
 そんな体育館内には所狭しと椅子やテーブルが並べられ、それと同じ数だけの人間・レプリロイド達が座っている。
 ステージの天井から吊るされたプレート。体育館の側面に控えた吹奏学部。ここぞとばかりに着飾った者達。
窓の外を見ればガラス面いっぱいの桜の花を見ることが出来るだろう。三年前、今まさに祝われている生徒達が見たものと同じ、蔓延の桜を。
 彼は市長の長い癖にそれ程内容のない、最悪テンプレートにしか聞こえない演説がようやく終わったのをいいことに、思わず大あくびをかいてしまった。
昨晩はこんな行事の前日だというのにやるべきことに追われ、睡眠時間をたっぷりととっていなかった所為なのかもしれないが、
彼はあくまで市長の演説がつまらなかったことの所為にするつもりだった。
 こつん。流石に目立ったのか、隣に座っているクラスメイトに肘でつつかれた彼は、慌てて姿勢を正す。
幸いに次のプログラムに以降する為にその他大勢が慌だしかったお蔭で、彼の怠惰は周りには勘づかれていなかった。
「卒業式くらい、しゃんとしろ」
「う、うん」
 小声で耳打ちされ、睨まれる。流石に言い返す言葉がないので、彼は小さく返すと縮こまってしまった。
 そういえば入学式――ではないが、それに近い式がかつてあった――の時も同じように前日夜更かしをしてしまい大あくびをかき、
隣に座っていた兄に肘でつつかれたことがあった。それを思い出すと途端に顔が熱くなってしまい、彼は片手で顔面を覆った。
 ああなんて恥ずかしいのだろう。と。
「――卒業式」
 ようやく顔の火照りがおさまった彼は、ふと顔を上げてステージに吊るされたプレートに目をやった。
 『第八回フロンティア学園卒業証書授与式』の文字が大きく描かれたプレートはなんということはない、ただのプレートだ。
だが彼にとってはそれだけでも大きな意味があった。
 もう死んでしまった、大切な人が自分の為に無理を云って入学させてくれた学校。
 沢山の友達と出逢い、ぶつかり、それでも楽しかった学校。
 自分一人では判らなかったことを、沢山教えてくれた学校。
 一時は卒業出来ないとまで覚悟した学校だったのに、今彼はこうしてここにいる。卒業生の列の中で座っている。
それはなんて奇跡で、素敵なことだろう。それを思い彼はふわりと口もとに小さな笑みを浮かべた。
『卒業証書授与』
 そしてようやく準備が整ったらしく、ナレーターが次のプログラムを続ける。この卒業式というイベントの中でもメインのメイン。
これをする為に卒業式という儀式があるのだというコアの部分。ついにそれが始まるのだ。
 思えばここまで漕ぎ着けるのに随分と時間があった。無駄に長い話をする校長先生。出だしを失敗してやり直しになった校歌。
どこぞのお偉いさん方の演説。無論さっきの市長もそれに含まれているが。
 本当ならばこれを一番じっくりとこなさなければならないというのに、ここまで来るのに一時間弱とはまた困ったものだ。
この後もプログラムはずらりと並んでいる。きっと他の生徒達は心底うんざりしていることだろう。
 けれど彼は違う。今まで散々焦らされた分、このプログラムが来ることへの期待感がどんどんと大きくなっていったのだ。
『三年A組起立』
 卒業証書は立体映像装置によって手渡される。
渡された機器を操作することで映像の卒業証書が表示され、それをいつでも劣化なく見ることが出来るという寸法だ。
機器をPC等のデジタル機器に接続すればデータ保存も簡単ということで、最近ではそれが一般化しつつある。
 呼び出されたA組の生徒達。一人一人の名が呼ばれ、それに返事をし、彼等は壇上へと上がっていく。
そして一人一人が校長と顔を合わせ、手渡しで卒業証書を渡されるのだ。
 それが常識。数百年前から普通のことだが、彼にはとても素晴らしいものに見えた。
 校長という最も権限の高いものが、生徒という何百人も存在する者達と一人一人顔を合わせ、証書を渡す。
生徒一人一人の存在を認め、それに祝いの念と共に渡すのだ。たった一人の生徒の為に、僅かでも時間を割いて。
 生徒達はそれに向き合って受け取る。三年間自分達が学び、頑張った印を。そしてこれから先の未来へと歩きだす切符とも云える証書を。
『三年B組起立』
 壇上を降りていく生徒達の中には、泣き出してしまっている者達もいる。それぞれの沢山の想い出が頭を巡ったかのように。
 そんな者達を見て、彼も思わず涙が溢れそうになったのを必死で堪えた。まだ泣くときじゃあない。その涙は彼等のものであって、
自分が流す涙は別にある。今日流す涙は、誰の為のものでもない。自分の為に流すものだから。
 途中で隣に座っているクラスメイトが彼の様子を心配して横目で声をかけたが、彼はふるふると首を振って笑った。
哀しいのではない。ただ、嬉しいだけなのだ。そう伝える為に。
 その笑顔にクラスメイトも釣られて笑い、また壇上を見上げた。
ボーッとしていると波のように過ぎていってしまう生徒達。一枚、また一枚と消えていく卒業証書。
 彼はその光景を目に焼きつけるようにジックリと見た。証書を受け取り、それぞれの表情で壇上を降りていく生徒達の顔も、姿も全て。
学校だけではない。彼の三年間を彩ってくれた者達、全てを忘れない為に。
『三年C組起立』
 そして最後の号令がかかる。彼を含めた周りの生徒がその声に一斉に立ち上がった。
 思えばクラスが三つとは随分と少なくなったものだ。彼が入学した時は少なくとも五つはクラスがあったというのに。
辞めていった者もいる。転校していった者もいる。しかし何より減ったのは教室だった。
イレギュラーが学校に現れたことで被害を受けたのだ。仕方なしにクラスが幾つか統合され、今のクラス数となったのだ。
 しかし今となっては昔の話だ。実際に死傷者が出たわけではなく、学校が傷ついただけだというのは幸いだったと、
さっきの校長の長い話の中でも云われていたことだ。彼もそれでいいと思っている。
『――』
 程なくして出席番号順に生徒の名が呼ばれ始めた。並べられた椅子の端っこから壇上へと昇り、証書を受け取っていく。
 さっきまでと全く同じ光景。同じパターン。しかし三年間付き合ってきた者の多いクラスメイト達が証書を受け取っていくのは、
さっきに増して不思議な感じだった。
『クリストファー・ケビン』
「はい」
 クラスメイトのクリスが名を呼ばれ、壇上へと昇っていく。
 一旦校長の前まで歩いたクリスは、礼儀よくお辞儀をすると、左手、右手と順番に証書に手をかけ、もう一度お辞儀をし、壇上を降りていく。
 思えばクリスはこの学校に入って、彼に初めて声をかけた生徒だった。
 学校という空間に慣れない彼をよく助けてくれた。宿題をする時間がなかった時にこっそり映させてくれた。
それがばれて二人で廊下に立たされたこともあった。隠し事がばれても、彼女は何も云わずにそれを受け入れてくれた。
 別に彼女とはどうという関係ではなかったが、ただいい友達だった。彼女はこの先この学校の高等部に進むと云っていたが、
成績優秀な彼女ならきっと素晴らしい道を開いていけるだろう。
『フレッド・ミルド』
「ういす」
 次はフレッドだ。
 思えば彼は二年前はいわゆる不良生徒だった。世の中を斜めに見て、なにかといちゃもんをつけて。
なんだってこの学校に在籍しているのか本当に謎の生徒だった。
 しかし彼は変わった。いや、本当の彼を曝け出したというのだろうか。
 彼は本当は優しい少年だった。正義漢や勇気を人一倍持った、純粋な少年だった。
 ただそれを理解してくれる人が周りにいいなかっただけだったのだ。この三年間で、彼は自分の居場所を見つけられたのかもしれない。
 壇上を降りる時に目が合ったフレッドは、彼に向かってニッと笑った。彼も肩を竦めてそれに笑顔を返す。
 いつの間にかこんな関係が出来ていた。初めて出逢った時はいちゃもんをつけられ、喧嘩をふっかけられた仲だというのに。
 フレッドは自分に助けられたといつも云っていたが、それは違うと彼は思う。
フレッドは彼が自分を見失った時、一番初めに引き留めに来てくれた友達だったからだ。
 下手をすれば傷つけるだけでは済まなかったというのに。あの時のフレッドの勇気は、今でも彼の記憶に鮮明に残っている。
『――ウィド・ラグナーク』
「ん」
 彼が証書を渡される者達一人一人に想いを抱いている内に、終わりが近付きつつあった。
校長の手元に残っている証書はもう最後といってもいい。それは同時に卒業式の一番の山であるプログラムが、もう終わるということを意味していた。
 名を呼ばれたウィド・ラグナークはゆっくりと壇上へと上がった。あれ程注意したというのに直っていない不作用な礼をし、ウィドは証書を受け取る。
 ギシギシとまだ馴染みきっていない義手が音を立てた。一年前の闘いで負傷した腕は回復が見込めず、結局義手になってしまったとウィドは云っていた。
 その時に受けたウィドの痛みは彼には計り知れない。が、今では殆ど日常生活には差し支えなく振る舞っていることから、
もう殆ど大丈夫なのだろう。
 彼もまたこの学校に来て変わった者の一人だったと思う。
 人付き合いが苦手で、気を許した相手にしか表情すら変えない、そんな少年だったウィド。それがこの学校に来て、このクラスに触れ、除々に変わっていった。
 今でもまだ人付き合いは苦手だとウィドは云うけれど、それでも一年前に転校してきた時の彼とは違う。
自然に笑みを零せるようになったウィドは、立派なクラスの一員だった。
「・・・」
 ウィドが席に戻り、三年C組の生徒達が腰を降ろす。校長の手元の卒業証書入れも空っぽだ。
 しばしシンとその場に静寂が走る。二秒、いや三秒か。そしてその沈黙を破るべく、ナレーターが次の言葉をマイクにぶつけた。
『そして卒業生代表・徳川健次郎』
「・・はい!」
 彼――徳川健次郎が椅子から立ち上がった。この学校を巣立っていく卒業生――その代表として。
 三年C組の端っこの席に座っていた健次郎は、壇上に昇る為、必然的に全ての列を前を通る。
つまり卒業生全員の視線に晒されることとなるのだ。
 普通ならばとても緊張する行為だろう。無論健次郎自身この瞬間、とても緊張すると覚悟を決めてきた。
けれど、本当は違う。健次郎の心を埋めたのは緊張よりも喜びだったからだ。
「みんな・・」
 思わず言葉が漏れてしまう。
 何故なら健次郎を見送る生徒達の視線がとても優しく、暖かだったからだ。
 健次郎は胸の内が暖かくを通り越えて熱くなるのを感じながら、壇上への階段に足をかけた。
 たった五段の階段。たったそれだけの数に過ぎない段数。だが、今まで過ごしてきた三年間と同じくらいの重さが、この五段にはあるのだ。
 一段――登校日数が極端に少ない自分が、こうしている卒業式を皆と共に迎えられるとは、なんて素晴らしいことなのだろう。
 二段――その為に沢山助力をしてくれた仲間達、先生達。きっと健次郎は彼等を生涯忘れないだろう。
 三段――何度もイレギュラーの手から護った学校。破損は何度もしてしまったけれど、今こうしてここにあるのは、自分がここを護ったからだと胸を張って云える。
 四段――エックスとゼロの弟であるということは誇りである。が、ここはそれ以外の自分をも創り出してくれた、大切な場所。
 五段――卒業生代表として生徒達によって選ばれた健次郎は・・きっと、いやとても幸せ者に違いない。
「卒業おめでとう。徳川君」
「はい。慎んでお受けします」
 礼を交わし、校長と向き合う。実際に校長と会話をしたのはこれが初めてだったが、この一瞬でもこの校長の人間性が確かに判る。
 目を細め、小さく笑んだ校長先生。セイアは静かに左手を出し、右手を出し、卒業生代表用に別途用意された証書を受け取る。
「立派になったものだ。君だけではないよ。ここにいる卒業生全員が、君と同じように立派になった」
 そう云う校長の目は健次郎を通して、後ろの卒業生全員に向けられていることが判る。
 健次郎はそれに笑みで応えた。きっと、そう入学したばかりだったハンターとしてもレプリロイドとしても未熟な彼には出来なかった笑みで。
 そして健次郎は頭を下げた。この学校を巣立つという、最後の儀式を。けれど頭を上げても校長が返礼をした気配はない。
 何事かと首を傾げると、校長はまるで何か愛おしいものを見るかのような顔で囁いた。
「徳川君。振り向きたまえ」
「えっ・・・?」

 健次郎が振り向いた瞬間に、ナレーターが、次のプログラムを、口にした。

『卒業生・在校生斉唱』

 そして健次郎が知らない間に用意を完了していた吹奏楽部が、壇上の隅っこのピアノの前に座っている教師が、一斉にそれを奏で始める。
 それはよくある卒業の歌でもなければ、洒落たポップスでもない。
プログラムシートに書かれていない――健次郎は全く知らなかった、イレギュラーなプログラム。
 それでも彼等は歌い出した。いつか音楽の時間か何で健次郎も聞いたことのある、健次郎が一番好きだった合唱曲を。
 マイバラードを――


――みんなで歌おう 心をひとつにして

  悲しいときも つらいときも

  みんなで歌おう 大きな声を出して

  はずかしがらず 歌おうよ

  心燃える歌が 歌がきっと君のもとへ

  きらめけ世界中に ぼくの歌を乗せて

  きらめけ世界中に 届け愛のメッセージ

  みんなで語ろう 心をなごませて

  楽しいときも うれしいときも

  みんなで語ろう 素直に心開いて

  どんな小さな 悩みごとも

  心痛む思い たとえ君を苦しめても

  仲間がここにいるよ いつも君を見てる

  僕らは助け合って 生きてゆこういつまでも

  心燃える歌が 歌がきっと君のもとへ

  きらめけ世界中に ぼくの歌を乗せて

  きらめけ世界中に 届け愛のメッセージ


           届け愛のメッセージ――



「みん・・な。みんな・・・ありが・とう」
 今日は流さないと決めた涙が、健次郎の頬を伝わっていった。





 そしてこれが、現代でセイアが最後に流す涙――



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 遂にイレギュラー・ハンター上層部の決定が揺らぐことはなかった。
 客観的に見てその決定は至極当然のことだろう。
イレギュラー・ハンターがイレギュラー・ハンターである限り、始める前から方針は決まっていたようなものだ。
 それでも少年が残してきた功績は偉大だった。最後の最後で処分が軽くなったことは奇跡に近い。
いや、今まで奇跡を起こし続けてきた少年だからこそ、最後の最後で自らの為の奇跡を起こしたと云ってもいい。
 それが本人にとって奇跡と呼べるかどうかは定かではない。寧ろ少年の心を晴らすには余りにも稚拙過ぎていた。
 少年は言い渡された処分をただ静かに受け入れたという。
その瞳の奥にどんな色が宿っていたのか、一番近くに座っていた彼の父ですらわからない。
その日の少年の顔は永遠に謎になってしまった。
 小さな希望を訊ねられたとき、少年は猶予を彼等に求めた。
それは無意味な時間にしがみつく為の足掻きでなく、彼の最も大切な者に示すけじめの為の時間。
 少年が終始纏っていた服装からも、それは明白だったことだろう。
 時間は与えられた。高く歌う北風が柔らかな春風に変わるまでの、ほんの僅かな時間が。
 そして今日が最後の日だった。少年が待ち焦がれ、また最も恐れていた時が来てしまった――



 ――徳川健次郎。正式名称ロックマン・セイヴァー。第十七精鋭部隊の副隊長にして最強のイレギュラー・ハンター。
   エックスを殉職にまで追い詰めたDr.ワイリー。並びにその遺産であるデス・リミテッド。
   レッド・アラートを名乗る自衛団との小競り合い。フォース・メタルを巡るギガンティスでの闘い。それらを終結させた名誉隊員。
   ・・そして今後イレギュラー化が大きく懸念される危険分子。
   上層部が彼に下した処分は――




「それは一体どういうことだっ!」
 滅多に声を荒らげないウィドの怒号が研究室内に騒々しく響いた。普段殆ど大きな声を出さないウィドの怒号は途中で裏返る程のものだったけれど、
それを向けられた健次郎は――セイアは怯むことなく真っ直ぐにウィドの瞳を見詰めたままだった。
「どういうことも何も、言葉通りだ」
「言葉通りだと?ふざけるな!」
 キリキリと金属音を立てるウィドの義手がセイアの胸ぐらを掴んだ。生身の腕とは比べ物にならない腕力で壁に叩き付けられるも、
セイアは未だに冷静な顔を崩そうとしなかった。
 セイアの真っ直ぐな視線に射抜かれて、ウィドは更に表情を歪める。しかも流石の機械腕の腕力もセイアには全く通じず、容易く振りほどかれてしまったものだから、
ウィドはただセイアを睨むことしか出来なかった。
 セイアは二、三歩歩いて窓に手を当てた。紅のアーマーを身につけた彼の後姿は凜々しいが、今はなんだか小さく見えるような気がした。
「セイア・・あれからもう一年だ。あれ以来お前の身体に特に異常はなかった筈だ!それなのにどうして・・!」
「・・・・」
 振り返り、セイアはウィドの顔を見た。その瞳に感情はない。ただ淡々と見返す瞳だけがそこにはあった。
「セイア・・!!」
「僕の体内にはリミテッドが残っているんだ。検査結果はいつも同じ。何度やっても取り除くことはできなかった。
 取り除く為には、長い年月をかけてゆっくりとやるしかない。君だって判っているだろう・・?」
 握り締められた鎧の胸部が軋みを上げる。いっそ砕けてしまえばどれだけ楽だったことだろう。
セイアがどれだけ力を入れても決して壊れないアーマーが、まるでその奥にあるものの根深さを暗示しているようにも見えた。
「・・・何故、黙っていたんだ。何故だ、答えろっ!」
「・・云い出せなかったんだ」
 蚊の鳴くような小さな声で答えるセイアの頬を、ウィドの鉄拳が殴りつける。セイアは抵抗することなくそれを受け入れた。
二度三度殴られて壁に押し付けられても、ただ黙って身を任せる。ウィドにはそれが悔しくて仕方なかった。
「云い出せなかっただと・・!?貴様・・!」
「隠すつもりはなかったんだ。ずっと云おう云おうと思っていた。でも、いざ云おうとするとどうしても無理だったんだ。
 なんて云えばいいかわからなかった。本当は・・・!」
 言葉を最後まで紡ぐ前に、セイアは顔を背ける。
 これ以上口を開けば逃げ出してしまいそうになるからだ。決して流さないと決めた涙が溢れそうで、必死にそれを押しとどめた。
 ウィドにはそれが痛みを堪えているようにしか思えない。自らを置いて消えようとする少年の心など、彼にはもはや関係のないことだった。
「博士、もう時間ですね」
「・・そうだね。そろそろ始めようか」
 押し黙っていたDr.ゲイトが息子の呼びかけに口を開く。
 普段の軽い印象などどこにもない。二つや三つ挟んでもおかしくなかった言葉すらなかった。
 既に用意されていた休眠カプセルは口を開けている。棺おけと称するべき、休眠カプセルが。
「待て、待てセイア!俺達は友達じゃなかったのか、またお前は俺を置いていくのか!?待ってくれ、セイアっ!!」
「ウィド・・・」
 カプセルへ入り、寝そべるセイア。それが封印されているゼロの姿に重なって、ウィドは半狂乱になって叫ぶ。
「ごめん、ウィド」
 セイアはウィドの名を呼んだ。もうスイッチを軽く押し込むだけで封印という名の闇に陥れられる状態で、
セイアは最後に云う。セイアが最後に向ける、ウィドへの・・親友への言葉だった。
「君を、忘れない」
 セイアの瞳から一粒の涙が滑って落ちる。
 ウィドの目にそれは映らなかった。
「セイ・・!!」
「それじゃあ始めるよ、セイア。予定では約百年後の夏頃に封印が解ける筈」
「・・はい。お願いします、博士」
「待・・!!」
「お休み、セイア。ボクの最後の息子」
 そしてウィドの制止も聞かず、ゲイトはスイッチを押し込んだ。
 「お休みなさい」と呟いたセイアの姿を、ゆっくりゆっくりカプセルの蓋が覆っていく。
ウィドが見ているスピードよりも蓋が閉じる速度は速かった。
ウィドがカプセルの蓋にかじり付いた時、既に内部にはレプリロイドの活動を停止させる霧が噴出した後だった。
「セ・・・イア」
 半透明の蓋から見えるセイアの姿は、本当にただ眠っているかのように静かで、綺麗だった。
 ウィドは糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
 セイアが消えてしまった。セイアが目の前からいなくなってしまった。セイアが、もう自分の名を呼ぶこともない。ウィドにとっては――永遠に。
 沈黙。
 ただ沈黙だった。
 俯くゲイト。膝をついて崩れ落ちたウィド。眠るセイア。誰も口を開かない。
 低く唸る様々な機械の駆動音も、廊下から聞こえてくる雑音も、何もかも聞こえない。
 世界は真っ白になってしまった。真っ白になって、何も見えない。
「・・・・・セイア」
 その名を呼ぶ声を、ウィドとゲイトは聞いていた。無意識に呟くウィドのそれでなく、そう云ったのはゲイトの方だった。
「体内にリミテッドを残留させるロックマン・セイヴァーはいつまたイレギュラー化するかわからない。
 誕生した三体のリミテッド体の戦闘力を計算に入れれば、次もまた勝てる保証などどこにもない。
 一歩間違えばセイア自身がボク等の最大の敵になる危険性だってある。
 ・・懸念した上層部の決定さ。勝手なものさ、今までセイアに頼りきりだったのに、アクセルが入った途端に危険分子は排除するなんて」
「何故、誰もそれを俺に云わなかった」
「・・極秘だからさ。他の隊員は何も知らない。セイアは殉職したとでも伝えるんだろうね。・・・それにこれはセイアの意思だ」
 あの幼い少年が自らに課せられた運命とどれだけ闘ったか、ゲイトだけが知っていた。
 一体セイアはどう思ったのだろう。最強のハンターとして無遠慮に自らを戦火に投入しつつ、最後には己を消そうとする組織に対して。
 いつか伝えなければならない親友への別れを、少年がどれだけ恐れていたのか。
 ゲイトの白衣をぐしょ濡れにするまで泣いた幼い息子の顔を、ゲイトは生涯忘れることはないだろう。
「あーあ、思ったとおり。二人して湿っぽい顔してる」
 場違いな明るい声。反射的に振り返ると、呆れた顔の少年レプリロイドが立っていた。アクセルだった。
「セイアは――そうか、もう寝ちゃったんだね。全くボクに挨拶もなしに寝ちゃうなんて水臭い」
 重苦しい雰囲気を逃がすようにドアを開け放ち、アクセルがセイアの眠るカプセルに歩み寄る。
 そっとそれに手をあてて、中に眠る少年の顔を見た彼は、振り返らないままに言い放つ。
「羨ましいよ。二人がね」
「羨ましいだと・・?」
「ああ、羨ましいね」
 全力で殺気をまき散らすウィドに、アクセルは変わらぬ口調でそう返す。
それどころかウィドに顔を近づけて、小さく口の端を持ち上げて見せた。
「ボクはセイアに一言も別れの挨拶をして貰えなかった。それに較べて君はどうだい、ウィド?」
「黙れ!貴様に何がわかる・・!」
「わからないよ。ああ、わからない。わかりたくもないね、そんな自分勝手な気持ち」
 掴み掛かってきたウィドを軽く躱し、アクセルは尚も云う。
 擦れ違いざまに足を引っ掛けられたウィドは、受け身も取れずに床に倒れ込んだ。
「・・それとも君みたいに取り乱して見せれば満足?」
「貴様・・!」
「そりゃ悲しいさ、ボクだって。ゲイト博士だってそうに決まってる。それとも不幸なのは自分だけだとでも思った?」
 レプリロイドは泣かない。泣く機能を持っているのはエックスとセイアだけだからだ。
 それはアクセルも例外ではない。それでもアクセルは泣いていた。感情を押し殺したまま泣いていた。涙声のまま、ウィドに囁いていた。
「セイアはボクに一言も云わずに眠っていった。でも君にだけは別れを告げていったんだ。それがどれだけ辛かったか、君にはわからない?」
「・・・」
「そりゃセイアは勝手だよ。せめて別れの挨拶くらいして欲しかった。君の気持ちだってわからないわけじゃない。
 でも・・きっとセイアだって必死に闘って」
「もういい」
 ウィドが立ち上がった。ヒヤリと冷たい声を放ちながら。これがあのウィドかと思う程、哀しく声を響かせながら。
 その瞳には、生気がなかった。まるで自分の中の全てを奪われたように、その目は酷く機械的で・・。
「もういい。もう、いい」
「ウィド」
 バグった音楽プレイヤーのように、ただその一言を繰り返すウィド。アクセルは目を細めて彼の姿を見た。
 ウィドはなんの感情も宿さなくなった瞳で、ゲイトの机の上にまとめて置いてあったセイアの武装のうち、一本のサーベルを手にとった。
いつもセイアが愛用していたエックス・サーベル。それを懐にしまい込むと、ウィドはひたひたと幽霊のように出口へと向かっていった。
「ウィド君、どこへ行くんだ!」
 ウィドは答えない。
「ウィド!」
 ウィドの肩を掴んだゲイトの腕を、閃光が斬り落とした。ウィドが振り抜いたエックス・サーベルによる斬撃だった。
 途端にゲイトの肩からオイルが勢いよく噴出し、床を染める。
至近でそうされたウィドも当然オイルを浴びるが、何も云うどころか表情すら変えなかった。
「ウィド、何を・・!」
「邪魔を、するな」

 アクセルの制止も振り切って、ウィドは行方を眩ませた。

 そして二度と帰ってくることはなかった。

 この世から処分されたロックマン・セイヴァーは、目の前の惨劇にも目覚めることなく、ただ静かに眠り続けていた。


 その後ゲイトの必死の捜索にもウィドは見つからず、何年もの時が過ぎていく。
 ゲイトはその後ベースの担当研究員の任を降りた。最後の息子までをも失ってしまった自分にけじめをつける為に。
 抹消されたロックマン・セイヴァーは未だ眠り続けている。いつ目覚めるともわからない、永遠の時を。
 その後も大きな闘いは何度もあったけれど、決してセイアは起きなかった。アクセルを始めとする現存のハンター達がそれをおさめていったからだ。
 やがてシグナスが任を降り、エイリアが退職し、ダグラスは戦火へと消え、セイアが存在していた頃の世界は少しずつ姿を消していった。
 それでもウィドは見つからなかった。ウィドを知る者さえ、少しずつ少しずつ消えていく。
 そしてセイアとウィドの存在を知る者が全ていなくなった頃、世界は大きな変化をとげるのだった。
 ネオ・アルカディアという、大きな変化を・・・。






 ありがとう 兄さんへ――

 あなたは沢山のことを教えてくれました 沢山のものをくれました

 ありがとう 兄さんへ――

 あなたは強い心をくれました あなたは僕に剣をくれました

 ありがとう――友人達へ

 あなた達は僕を受け入れてくれました あなた達は僕に笑顔をくれました

 ありがとう――みなさんへ

 あなた達がいてくれたから 僕は楽しかったです

 とてもとても楽しかったです

 暖かな人生を歩めました 全てが僕の想い出です


 ごめんなさい――親友へ

 あなたを置いていく僕をどうか許してください

 あなたと過ごした時間は 僕の宝物だから...

 さようなら――親友へ