黄金の20年


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【第二次文明戦争に至る道】

第一次文明戦争の後、ユグドラシルは皇帝ガノッサ・エル・ユグドラシルの指導のもと、融和路線へと進んだ。
国内には軍拡を叫ぶ派閥も存在したが、国民の支持を得られずその活動は小規模なものであった。
一方、ソレグレイユは無理な軍拡による国内の貧富の差が広がり、経済の調整に力を注がざるをえなかった。
この両国の平和的な活動が続いた時期を“黄金の20年”と呼ぶ。

ガノッサ帝の死後、帝位は父から英才教育を受けた一人息子、アーサー・フォン・ユグドラシルへと受け継がれた。
しかし、将軍イザベル摂政マイスナーの二人が主導権を握っていた王宮では、幼い彼は発言することすらできなかった。

こうして、ソレグレイユ征服論を唱える二人が国の実権を握ったことにより、黄金の20年は終焉を迎えた。