試製次元航行実験機XD-01 エンタープライズ
次元科学の研究が進むにつれ、次元航行には11次元の物質が必要なのではないかという仮説が立てられた。
しかし、11次元に行くために必要な物質が11次元にあるとなっては、検証のしようが無い。
科学者たちは頭を抱えた。
するとかつてラムオン社に勤め、
悪魔について研究していた
久平系の科学者コルネリウス・ヘルシングが、
「悪魔を利用してみては」ということを提案した。
すなわち、彼はゲートを通って襲来する悪魔の肉体を構成する物質に、解決の糸口があるのではないかと考えたのだ。
しかし、悪魔の存在が確認されて以降、悪魔を文字通りの『絶対的な悪』と位置づけ、
徹底的に殲滅してきた
ソレグレイユの人間からすれば異様な提案であったため、なかなか受け入れられることはなかった。
それでも研究が行き詰っていた現状を鑑み、科学者たちは悪魔の死骸を回収し、構成物質の解析を始めることとなった。
科学者たちはまず悪魔の体内に含まれる物質のうち、所謂三次元でも確認できる物質を除外していき、
残った物質全てに『次元素』という仮称を与えた。
そしてメルシュテル・エレクトロニクスのアレックス・デラポーア技術主任の下、機体の開発が始まった。
『冒険心』と名づけられたこの機体のボディには、圧縮・固形化した次元素の一つ
『クロノ粒子』を配合した合金が使われている。
これは悪魔の皮膚の角質から抽出された物質であったため、時空間の構成物質と
何らかの化学反応を起こすことで次元移動が為されるのではないかという仮説が出されたのだ。
その他に亜光速まで瞬時に加速出来るエンジンとその補助専用の主翼を持ち、
後の実験時に記録された最高速度は未だ破られていない。
━━そして遂に、試作一号機が完成する。
テストパイロットにはソレグレイユ軍内でもトップクラスのエースパイロットと名高く、
第一次文明戦争にて『告死鳥』の異名を取ったファルコ・ダブロフスキー空軍准佐が選ばれた。
ダブロフスキー准佐を乗せた『エンタープライズ』は
レザインⅠ級1番艦『レザイン』に搭載され、ラザウラン軍港を発った。
周囲には民間人を乗せた艦艇が勢揃いし、地上の全ソレグレイユ国民も中継を見守る中、
『レザイン』の特設ハッチが開いた。
そして、運命の時は訪れる。
『エンタープライズ』が加速を開始すると、機体は何故か前方に進まず、急激に振動を始めた。
そして次の瞬間、機体が光ったかと思うと、准佐との通信が途絶え、『エンタープライズ』はその場から忽然と姿を消した。
5秒…10秒…。
『レザイン』艦内にて成り行きを見守っていた科学者たちがやはり駄目だったかと頭を抱えようとした瞬間、
突如彼らの冒険心は還ってきた。
消滅から18秒後、何も無い宇宙空間に孔が穿たれたかと思うと、突如『エンタープライズ』が姿を現したのだ。
同時に通信が復活し、准佐の快哉の叫びがソレグレイユ中に轟きわたった。
…━━━━━━《やったぞ!!やった!!次元の壁を突破したぞ!!!!》━━━━━━…
刹那の沈黙が流れた。そして准佐に呼応するように科学者たちは叫び、狂乱し、涙した。
その中でも最年長の、レザインⅠ級の開発にも携わった老科学者クレイグ・デーレンダールの喜びようは凄まじく、
子供のようですらあったという。
そして得られた僅か18秒の映像からは11次元の視覚的な構造など様々な事柄が判明し、
ソレグレイユは遂に、『次元航行』の技術に足を踏み入れることとなったのである。
━━彼らの、留まる事なき『冒険心』は、こうして人類にとって新たな道を切り拓いた。
それが、どんな道かも知らないで。
彼らの冒険心で、誰かを傷付けようと企む者がいることにも気づかずに。
『私はその時、死を覚悟した。恐れを感じる余裕はなかった。
だが私を待ち受けていたのは、死などというありふれたものではなかったのだ。
次の瞬間、私は時空の向こう側を垣間見た。幾多の星々と無限の光、それら全てが私を魅了した。
私は自らの『冒険心』が目醒めるのを感じていた。
今自分が、何故ここにいるかなど、とうの昔に忘れてしまっていた。』
―――ファルコ・ダブロフスキー著『冒険心』より
最終更新:2014年05月06日 23:42